修学旅行 其の一
蝉の声が聞こえないなと思ったのはつい数日前のことだったけれど、いつの間にか鈴虫の声も聞こえるようになっていた。少しだけ涼しくなったとは思っていたけれど、それでもまだ一週間に数回は蒸し暑い日があったため、まだ秋本番という気はしていなかったのだが、カレンダーを見れば十月に差し掛かろうとしていた。
残暑も薄れて近頃では早くも十一月の気温だなんて言われる日もある。そんな気象状況がめちゃくちゃになった秋の入り口を実感しながら、今日もまた学生の職場たる学校へと赴いてた。
「はぁ…………」
ため息が漏れたのは、苦痛を感じたからではなく溜まった熱を吐き出したかったからだ。涼しくなってきたとはいえ、歩いたりもすれば熱をため込む。ただそれだけのこと。
その証拠に、俺の隣にはあのあざとい後輩の姿はなかった。
そもそも朝から遭遇するのなんてあまりないのだけれど、最近はそう言った機会があったせいで少なからず警戒してしまう。
もうすでに、大通りは超えて学校までは数十メートルだ。今更あいつに発見されることもないだろうが、僅かながらに危機感を感じて肩越しに振り返ってみる。
けれどそれは杞憂で、俺の背後には、まばらな生徒たちが映るだけだった。
ふうと一つ息を吐くと、少しだけ体が冷たくなった気がして落ち着かなくなる。代わりに大きく息を吸い込めば元に戻るだろうかと思ってそうしてみたが、その感覚は消えてはくれなかった。
寒いという気温でもないのにどういうことだろうと思って今一度ため息を吐きながらちらりと左右に視線を配らせる。
するとそこで、いつもよりも周りを歩く生徒の数が少ないことに気が付いた。
時間の問題だろうか、と思うがそうではないだろう。数年かけて染みついた生活リズムに身を任せているので登校時間が大きく変わることなんてない。
ならば、運動部が活発に朝練でもしているのだろうかと思う。しかしそれも時季外れだ。夏場の大会やら何やらがあるときならばそういうこともあるのかもしれないが、十月直前のこの時期にそう言った大きな大会があるというのは聞いたことがない。単純に俺が部活をやった経験がないからそう思うだけなのかもしれないが、それはそれとして。
もちろん文化祭の準備だって始まっていない。文化祭は毎年十一月の第一週の休日に行われる。準備をするにはまだ早すぎるし、今から文化祭の出し物を決めているクラスなんてほとんどない。
ならばなぜ、周りを歩く学生の数が少ないと感じるのだろう。
「あー、そういや」
ただの気のせいだろうか、と思いながら首を傾げると去年のこの時期のことを思い出した。
夏休み空けて一カ月たたないくらいのこの時期。高校二年生だった俺たちは、修学旅行に連れていかれた。
それを思い出して、同時に成川もそんなことを言っていたような気がするとおぼろげに思い出す。
校門をくぐり、やはり人の少ない校舎を進んでいく。
「……そうか」
下駄箱のいる人の少なさを見てから、ようやくそれを実感する。
今頃はもしかしたら飛行機の中だろうか、なんて思いながら窓から空を見上げれば飛行機雲が見えた。
修学旅行は、二泊三日だったか。
去年の自分の経験を思い出しながら、俺は少しだけ物足りない学校生活に戻って行った。




