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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第一章 二月
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バレンタインデー 其の二

「おい! どういうことだよ水谷みずたに!!」

 昼休みも終盤。みんな弁当を片付けて談笑しているなか、俺は普段あまり会話もしないクラスの男子に詰め寄られていた。

 半眼で睨むようにその声の主を見てみれば俺とは全く縁のなさそうなガタイの良い、本当に高校生かどうかも疑いたくなるような男子生徒が大声を出している。

「なんだ彼女か!! 彼女なのかよぉ!!」

「うるさいうるさい。耳痛くなるから口についてるアンプ切れよ」

「あの女の子! 誰だよぉぉおぉぉぉぉぉ!」

 静かにしてほしいと訴えたはずなのだが俺の願いは空しく、目の前の男子生徒の声が大きくなるばかりだ。

 大島だか島田だか高田だか名前もうろ覚えのクラスメイトが大声を上げる。俺は両手で耳を塞いで超音波に痛めつけられる脳内を落ち着かせようと息を吐く。

「水谷、彼女なんていたのかよ! 裏切者! 根暗なお前にはそんなのいないと思ってたのに」

「いないから、別にお前の仲間でもないしお前とそんな信頼関係結んだ覚えねぇから」

「いろんな意味でひでぇな!」

「お互いにな」

 耳を塞ぎながらでも会話ができてしまうほどにはこいつの声はでかかった。というかマジでこいつの名前何。田中? 町田? 田辺? とりあえずわからないからあだ名でいいか。そう思いながら俺はテキトーにこいつのことを音波君と名付けた。

「おい田所たどころ、声のトーン落とせよ。さすがにうるさいぞ」

「あ、会長悪い。でもよ! 会長も気になるだろ!?」

 昼飯を食っているときから俺の隣にいた会長が、おそらくは男子生徒の名前であろう名前をよんで注意をするが、それでもおとなしくなる気配はない。

 そんなクラスメイトを見た会長は苦笑いを浮かべながらなだめるように両手で制する。

「まぁ、確かに意外だったよ。水谷に彼女がいたなんてな」

「だろ会長!!」

 俺のほうを向いて問うように言った会長だが、俺が何かを言うよりも早く音波君が詰め寄ってきてしまって会話にならない。

 会長はそんな音波君を必死で制しながら俺のほうに視線を向けて問いかけてくる。

「どこで合ったんだよ。あの子後輩だろ?」

「そうなのか水谷! ……てか会長なんでわかったんだ?」

「上履きの色だよ」

 会長が説明すると音波君はなるほどとわかっているようなわかっていないような頷きを返す。というかなに、俺の返事はいらないの? なら俺に視線向けないでくれるとありがたいんだけど。それでさらにスピーカーも向けないでくれるとさらに助かる。

 今すぐにでもこの空間からいなくなってしまいたいと思うがそれを許さないと言いたげに二つの視線が俺のほうへ向けられている。

「で、どこで合ったんだよ。水谷部活とかやってないよな?」

「やってねぇよ」

「じゃあどこであったんだ?」

「さぁ?」

「いや、さあって……」

 俺がいうと会長は困ったように首を傾げた。まぁ、今の説明じゃ何もわからないだろうし第一説明にもなっていない。まともな応答にすらなっていないだろう。

 しかしそんな顔をされても困る。なぜなら俺は一つも嘘は吐いていないのだから。

「多分秋ぐらいにあったんだよ。どこかは覚えてねぇ。どっかの廊下だよ」

「廊下?」

「そう」

「どういうことだよ!!」

「うるさい田島」

「田所だ!!」

 せっかく俺と会長が静かな雰囲気を取り戻し始めていたというのにこの音波君は口を開けば大声が出てくる。そのせいでさっきからクラスメイトの視線を集めっぱなしだ。

「……どこって言われても覚えてねぇんだよ。廊下歩いてたら急に話しかけられたくらいの記憶しかねぇんだよ」

「逆ナンか!?」

「いやちげぇし」

 どうやら相当に頭の弱いらしい音波君に説明するために頭を動かす。そしてかみ砕いて一回でなるべく理解できるように言葉を選ぶ。

「文化祭の前とかであいつがなんか運んでたんだよ。それでそれを落として困ってたところに俺が通りかかって、それで運悪く目が合って手伝うことになったんだよ。それがあいつと初めて会った時のこと」

「ほー、なるほど」

「そんなことがあったのか」

 俺の説明を聞いてようやくうるさい声が静まってくれる。会長も顎に手を当てて頷いている。

「じゃあ、それがきっかけで一緒に居るようになって付き合うようになったってことか?」

「いや? 別に付き合ってねぇけど」

「どういうことだ!!」

「だからうるさいんだよ田本」

「水谷、俺の名前覚えてるよな?」

 どうやらまた音波君の名前を間違えてしまったらしい。数瞬前までうるさくしていた音波君が不安そうに俺のことを見ている。

 まぁ音波君の名前なんて覚える気はないから別にいいんだけど、とりあえず静かになってくれて結果オーライだな。

 そう思って音波君のことを無視して会長のほうに視線を向ける。するとうーんと唸っていた会長が何やら考えながら口を開く。

「別に、仲良くはないってことなのか? 秋に遇ったときにちょっと話したくらいで、普段はあんまり話さないとか?」

 必死に状況を理解しようとしているのだろう。会長が考える人みたいに額にこぶしを当てて言う。

 会長を困らせるのはさすがによくないと思って俺は素直に質疑応答に戻ることにする。

「いや、毎日帰りは一緒だ」

「それって付き合ってるんじゃ……」

 素直に答えたのに会長はうなだれてしまった。

 これはさすがに俺の言葉が足りなかったと思って説明する。

「帰りに待ち伏せされてんだよ。それで家までついてくるんだ」

「…………」

 一応説明したのだが会長は難しい顔をしながら唸っている。

「本当に付き合ってないのか、それ」

「ないない」

 俺が心底困っているんだと欧米かぶれのオーバーリアクションで言うが、会長は依然唸り声をあげる。

「……あのさ、水谷。それってアタックされてるってことじゃないのか?」

「何、攻撃されてんの?」

「そうじゃない」

 俺が何食わぬ顔で返すものだから会長はさらに困った顔を浮かべて重いため息を吐く。

「それって、好意を持たれてるってことじゃないのか?」

「おい! マジかよ水谷!!」

 会長の言葉に続くようにガタイの良い拡声器君が声を荒げる。正直うるさくて仕方ない。

 そんな二人を交互に見つめて、会長に倣って一つため息をついてから言う。

「いや、それはない」

「…………なんでそう言い切れるんだ?」

「俺みたいなやつを好きになんてなるわけねぇだろ」

 言い切れる理由なんて、それだけで十分だった。

 俺は一息ついてから説明する。

「あいつはたぶん誰でもいいんだよ。付き合うとかじゃなくて、遊べそうな相手なら誰でも。面白そうならどんな奴でも。だから手近にいた俺で遊んでるだけなんだよ」

 言い終わると酸素を求めて大きく息を吸い込む。見れば二人はきょとんとした顔で俺のことを見ていた。

「なに、どうした」

 俺が訊くと会長は口に手を当てて呟くように言った。

「まぁ、あの容姿だし確かにそういうのは考えられなくはないかもな。……水谷が的になっているのはいまいちよくわからないが」

 会長の目から見てあの後輩はかわいいと呼べる部類なのだろう。

「だろ? だから誰でもいいんだよ。自分と接点が少しでもあるならだれでも」

 文化祭の準備中にたまたま遭遇しただけの先輩だろうが何だろうが、からかって面白そうだから、自分の可愛さに物言わせて相手を骨抜きにするのが好きだから。だからあんなにも周りを気にせず堂々と向かってくるのだ。

「だから、いくら好きなんて言われてもなんとも思わねぇのよ」

「…………………………はい?」

 俺が言うと、二人はちょっと待てと言わんばかりに俺のことを凝視した。なに、いきなりそんな風に見られるのは怖いんだけど、どうしたの。

「え、なに、お前告られたのか?」

 音波君が驚愕した様子で俺に問う。

「……水谷。お前どういうことなんだよ」

 困り果てたと言いたげに額を抑えてため息を吐く会長。

「どういうことって、お前らの反応がどういうことだよ」

『それはこっちのセリフだな……』

 二人に倣ってきょとんとしてみせると呆れた声が返ってきた。いや、その反応がよくわからん。誰か通訳さん連れてきて。

 そんな風に困って何も言えないでいると会長がまた口を開いた。

「水谷、告白されたってことか?」

「いや?」

「じゃあ、好きって言われたっていうのは?」

「帰り道によく言われる」

「……わけがわからん」

 今度こそお手上げだと言わんばかりに会長がうなだれてしまう。いや、わけがわからないのは俺のほうだよ。何でこんな質問攻めされてんだよ俺。

 すると今度は音波君が距離を縮めてきた。

「水谷、その子とは放課後一緒に帰ったりする仲なんだよな」

「近い近い離れろ気持ち悪い。一緒に帰るってか勝手についてくるだけだよ」

「それで好きだってよく言われると」

「向こうが勝手に言ってるだけだ」

「水谷、それアプローチされてんぞ」

「俺アクセサリー興味ないんだけど何それ、ブローチ的な何か?」

「…………」

 俺がふざけて言うと音波君はブレーカーが落ちたみたいに静かになった。静かなのはいいことだ。というか本当に何。何でこんな興味津々なのこいつら。

「……何? お前ら、あいつにそんな興味持ってんの?」

「あの子もそうだけど、お前との関係がな」

 聞くとなんだか妙に疲れ切っている会長が答えてくれる。

「ならあいつに直接聞けよ。真実話すかどうかは知らんけど」

「いや、クラスも名前も知らないんだから無理でしょ」

「聞きゃいいだろ」

「じゃあ教えてくれよ!」

「田…………うるさい」

「マジで名前覚えてねぇのか水谷……」

 またしても音波君が悲しそうな不安そうな顔になる。うーむ、名前か、なんだったかな。

 正直会長の名前もあんまり覚えてないし、人の名前覚えるのとか得意じゃないしね。仕方ないね、だってほとんど初対面だもんね音波君。

 そう心の中でフォローしてあげながら質問に答えてやろうと口を開く。

「あいつの名前ね。…………名前……………………川……えーと、川崎? いや違うな、川端だったか? いや、なんかちげぇな」

「名前知らないのかお前」

 俺が思い出そうと頭の上を見ながら言うと会長が頭を痛めたらしく額を抑える。

「いや教えてもらったんだけどな、なんだっけな」

「名前覚えてすらいないのに恋人みたいな関係ってどういうこと」

「会長、妄想は表に出さないようにな」

 どうやらこの一連の話のせいでだいぶ脳内にダメージが溜まってしまったらしい会長は呆れたように何かを呟いている。

 しかしそんな会長にかまっている暇はない。とりあえず名前を思い出そう。

「えーと、…………川上……。いや違うな。川が最初じゃねぇ気がする。…………山川…………ちげぇなぁ……」

 そんな風に考えているうちに、昼休みの終了を知らせる鐘が鳴る。

「水谷、とりあえずその話はまた今度聞かせてもらうよ」

「ああ、俺も頭痛くなってきたぜ」

 なんだっけなぁと天井を仰ぎ見る俺を置いて二人は自分の席へと戻ってしまう。

 するとほぼ同時、教室のドアがガラガラと音を立てて開き、若い男の教師が入ってくる。

「本令鳴ってるぞ。早く席に付けー」

 その声に促されて条件反射で窓際の一番前の席へと向かう。ほんの数歩先の自分の席に着くまでも必死で思い出す。かわかわかわたん。かわたんて古いな。

 本令が鳴っているにもかかわらず俺はゆっくりと自分の席を引いて腰かける。いやー思い出せない。本令鳴っとるいそがにゃならんー。と急ぎもしないのに頭の中で変なリズムを刻む。

「………あっ」

 そこでようやく思い出した。あの後輩の名前を。

「成川だ」

 そう呟いた声は、俺以外の耳に届くことはなかった。


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