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登校日 其の二

 高校生になれば恋なんて簡単にできる。そう思っていた。

 息をするように恋をして、瞬きする間もなく付き合い始めるようになるのだと。

 その思い込み通り、彼女は高校入学と同時に恋をして、一学期の間に付き合うようになった。

 相手はクラスでは大人しい雰囲気のある運動部の男子。派手とまではいかなくても地味と呼ぶには程遠い。まさに彼女にとっては理想通りの相手だった。

 優しく人当たりもいい。彼のうわさが溢れ返っているわけではないけれど、悪い話は一つもきかない。そんな相手だった。

 彼女は、決して積極的な性格とは言い難かったけれど、彼女のほうから告白した。

 友達の後押しもあって、告白できた。

 そして成就し、夏には秘密めかして付き合うようになった。

 クラスで有名なカップルではなかったけれど、彼女はそれでよかった。

 付き合う前の印象に違わず、その男子はとてもやさしかった。何か困っていれば何も言わずとも助けてくれて、どうすればいいか分からなければ助けを求める前に手を差し伸べてくれる。

 彼女はとても幸せで、どんどん彼を好きになった。

 もうこのまま、卒業してもこの人と離れることは無いのだろうと、心から思っていた。

 けれど現実は、そううまくいってはくれなかった。

 彼のことを好きになり過ぎた彼女は、次第に求めるものが膨らんでいった。優しい彼なら大丈夫、受け止めてくれる。わかってくれると。

 彼のやさしさに甘えて、何もしなくても大丈夫だと思い上がってしまった。

 最初は、本当に小さなことだった。

 部活をやっている彼との予定が合わなくて、出かけたり一緒に返ったりする時間が減ってきた。

 そんな些細なことがきっかけだった。

 実際には、一緒に居る時間は減ってなんかいなかったのに。

それでも、彼女は思ってしまった、ないがしろにされていると、付き合い始めた当初とは変わってしまったと。

 次第に噛み合わなくなった歯車は、そのうちお互いを傷つけ始める。

 電話を強請る様になり、そしてそれを口にしなくとも相手側からするべきだと彼女は思うようになった。だって愛されているならそれが当然のことだから。好きならば尽くしてくれるはずだからと。

 一緒に帰りたい。でも自分から言うのは間違っている、相手から、男のほうからそれを口にするべきだ。リードするのは男の役目だから、私は動かなくてもいいのだと。

 そんな風に彼女は思ってしまったから、気付いた時にはもう壊れていた。当然だ。

 二つの歯車のうち片方が動かなくなれば、もう片方も動かなくなってしまう。ましてや無理の動かそうとすれば、ひび割れ砕けてしまうのは必然だった。

 それなのに、それを理解せずただ動かずじっと待っているだけだった彼女は、それに気付くことが出来なかったのだ。悲鳴を上げるもう一つの歯車をそのままに、自分は動かず、相手のほうばかりに求め続けた。

 だから、その関係が壊れてしまうのは必然だった。

 期待の答えられなくなった彼は、付き合って数か月――夏休みに彼女に別れを告げた。

 もちろん、それを悟れないほど彼女も鈍くはなかった。うすうす、もうだめかもしれないと思っていたから。

 彼女は、図書室に呼び出された。あとになって思えば、それは彼女が喚き散らさないための防衛線だったのだと思う。人目の付かないところで二人きりでいれば、泣き叫び激昂し、嫌だと悲鳴を上げ続ければ、優しい彼なら仕方ないと折れてしまったかもしれないから。

 そんな彼の思惑通り、彼女は泣き叫ぶこともできず、それを止めきることが出来なかった。涙を流して嗚咽を漏らしながら嫌だと訴えたけれど、それでも彼には届かなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 頭を埋めていた腕が熱を持って、ほんのりと汗ばんだ肌が気持ち悪くて目が覚める。うつぶせで眠っていたことを思い出して寝返りの要領で顔の向きを変えた。

 まだ重い瞼をわずかに開けながら本ばかりが並んでいるこの部屋の入り口近くを見る。

 視線の先には、見慣れたあの人の姿がある。

 面倒くさがらずに淡々と図書委員の仕事をするあの人の姿が。

 私はそのことに少し安心して、誰にも気づかれないように小さく微笑んだ。

 すると安心したせいかまた瞼が重くなってきて、同時に意識がどこかへ飛ばされるような気がした。

おぼろげな意識が、もう二度と訪れることのできないいつかへ向かっていく。

 ああ、覚えている。これは忘れてはいけない大切な記憶。

 今の自分を形作った大切な出来事。

 そうだ、黒髪の彼女――成川沙彩なるかわさやは、一年前の今日、それを知ったのだ。


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