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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第五章 七月
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終業式 其の二

「このリア充めがぁ!!」

 体育館へ向かう廊下で、並び順も守らず俺の隣へやってきた田所が叫ぶ。

 クーラーもきいて過ごしやすい屋内だというのに、こいつは何がそんなに生きにくいんだと思いながら憐みの視線を向けると、ガタイの良いクラスメイトはまたしても雄たけびを上げる

「なんでお前はモテるんだ!!」

「モテてないわ」

「モテてるぅ!!」

 俺が言うと田所は涙交じりに叫びながら俺に詰め寄る。男の涙とか鬱陶しいだけだし田所に関しては声自体が不快なので半歩距離を取る。

「お前暑さにやられて幻見えてんの?」

 蝉の声も聞こえ始めたばかりの中庭を見つめながら言うと、なおも田所は気に入らないと言いたげに眉を吊り上げて俺に詰め寄る。

「後輩! 一年! 成川ちゃん!!」

「なに、あいつがどうしたの」

 俺が引き気味に言うと、田所は電源が落ちたかのようにその場でぴたりと止まる。いったいどうしたんだと訝しげな視線を向けること暫し、それでも反応がなかったのでその顔をのぞき込むように近づいた時だった。

「付き合ってんじゃねぇかぁぁぃあぁぁ!」

「うるさっ」

 ひと時の静寂と、そのスピーカーに近づいてしまったせいで俺は両耳を抑えてタップを踏む。

 いったいこいつは何なんだと田所にしらっとした目を向ける。

 すると田所は歯を食いしばり、奥歯をぎりぎりと鳴らして言った。

「あの子と付き合ってねぇって言っただろうがぁぁぁ……」

「……あー、そういうこと」

 こいつは何を思ってこんな奇行を繰り返しているんだろうと思って若干にらみを利かせて返そうとしたとき、田所が前にそんなことを言っていたのを思い出した。

「お前あいつのこと狙ってたんだっけ?」

 ポケットに手を突っ込みながら言うと、田所はぎっと俺を睨んでくる。

 俺はそれに対してため息を吐いて、手を振りながら違う違うと説明する。

「俺別にあいつと付き合ってないから、安心しろって」

 言うと、田所はさらにきつく俺のことを睨む。え? 何? なんでにらんでんの? わけわかんないんだけど。

 そう思いながら目を見開いていると、田所がなおも大きな声で言う。

「どっからどう見ても付き合ってんだろい!」

「いや付き合ってねぇし」

 元気よく言った田所に疲労困憊と訴えながら言う。

「ならキープか水谷! 羨ましいなオイ!」

「ちょっと落ち着いてくれへん?」

 いい加減面倒になってきて、似非関西弁で返す。関西人なら怒髪天必至だな、なんて思いながら田所に視線を向けてみると、肩で息をするボディビルダーもどきの姿が映った。

 自分を落ち着けようとしているんだろうか。そう思って、もしそうなら手伝ってやろうと頭の冷える現実を田所に突き付けてやる。

「そもそもあいつだってその気はないだろ。自分がどれだけかわいいかを証明したくてあんなあざといことしてるんだけなんだから。そんなことありえねえよ」

「…………」

 言うと、田所は肩でしていた息を静め、またしても電池が切れたようにぴたりと止まる。フリーズして頭も冷えてくれるかななんて期待して待ってみると、その思いが届いたのか、田所は声を落として言った。

「お前、本気で言ってる?」

 しかし予想外なことに、田所の表情は痛いくらいに真っすぐで、それでいてやけどをしそうなほど怒りに染まっていた。

 俺はそれに若干の恐怖を覚えながら、いつものように息を吐いて茶化し気味に言う。

「当たり前だろ、好きだなんだって言われても、俺は一度もあいつから付き合ってほしいなんて言われたことは無いからな」

「言われたら付き合うのか?」

「そんなこと言ってないだろ……」

 真剣な田所に、呆れ気味に返す。言葉の綾だとか、足元掬うだとか、そんなことをしている暇があるならしっかりと自分の正しい位置に戻れ。

 そんな風に思いながら田所に半眼で返す。けれど、田所はなおも真剣な眼差しで俺に言う。

「付き合う付き合わないの話が出ないのは、お前のせいじゃないのか?」

「はい?」

 田所の口にした言葉をかけらたりと理解できずに、素っ頓狂な声を上げた。付き合うだのなんだのと、そんなことは考えるどころかそれ以前の問題だと口にしたのに、その言い方だとまるで俺がそれを望んでいるようじゃないか。

 俺は少し腹立たしくて、ため息に隠しながらとげを向ける。

「そんな話しようとも思ってねえよ」

 いつも通り、感情をなるべく混ぜ込まない声で他人事のように言って見せる。けれど目を合わせている田所には、俺の気持ちがわかったのか勘違いしたのか、ふうと息を吐いてから呆れたように言った。

「お前にその気はなくても、相手にその気があるだろ」

「いやないだろ」

 感情の読めない変に間延びした声の後輩の姿を思い浮かべて言う。あいつからそんなのは一切感じられない。本当に好きならもっと効果的なアプローチをするはずだ。あんなあからさまであざといやり方で、工夫も何もないアプローチばかり見せられていれば、その気がないと思われても仕方のないことだろう。

 そう思いながら嘆息交じりに言えば、田所は世話の焼ける奴だなと言わんばかりに腕を組んでため息を吐いた。

「そもそも、好きだって言われてんのに真面目に答えないのは男としてどうなんだよ」

「男だからどうとかいう考え方嫌いなんだよねー俺」

 呆れたように言った田所にふざけて言うと、田所はダメだこりゃと言いたげにため息を吐いた。

「お前、ぬか喜びさせんのはよくねえぞ」

 困ったように言った田所は、まるで俺のすべてを知っているとでも言いたげだった。クラスメイトとしては数年の付き合いと言えるかもしれないが、まともに話すようになったのはつい最近のことだ。それまでは挨拶はおろか目線だって合わせる機会もなかった。

 たった数か月、その程度の付き合いで知った風に言われたから、俺はそれが少し気に食わなくて全然関係のないことを口にした。

「お前成川狙ってんじゃねえの?」

「お前がちゃんと振ってくれれば狙いに行くよ」

「男気溢れてんな」

 腕を組んで肩の筋肉を膨らませながら言った田所は、その雰囲気も相まってとても男らしかった。だから俺はそれを茶化すように言って目と鼻の先にある体育館へと視線を向けて言う。

「本気で狙ってんならそんなの気にしなくていいだろ」

 いつもの様に他人事を装って口にしたはずなのに、それはどこかいじけたような空気をはらんでいて、自分の声なのにそれがやけに気に食わなかった。

「勝ち目があるなら、それもいいかもな」

 すると田所はそれを聞いてか聞かずか、妙に皮肉っぽく言って見せた。

 俺は、それが妙に気に食わなくて、呆れたわけでもないのにため息を吐くふりをした。


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