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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第四章 六月
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梅雨空 其の三

「あの……先輩、嘘ついててすみませんでした」

 彼女に連れられて、十字路の下り方面――駅とは逆へ続く道を歩くこと五~六分。表札に成川と書かれた綺麗な一軒屋の前で彼女は心底申し訳なさそうに顔を俯けた。

「別に気にしてねぇよ」

 そんな彼女に俺はぶっきらぼうに返しながら持っていたコンビニの袋を差し出す。

「すみません、先輩に迷惑かけるつもりはなかったんですけど」

 それを両手で丁寧に受け取ってから成川はもう一度謝った。

 別に謝ることでもないだろうに、いつもと比べてだいぶおとなしい彼女は叱りを受けている子犬の様に目を合わせようとはしなかった。

 眼鏡姿というのも相まって、こいつは本当に成川本人なのだろうかという疑問が浮かび続けている。マスクと眼鏡で隠れてはいるもののその立ち姿と雰囲気はもはや見慣れてしまったあの成川と同じものだ。だから俺は彼女に声をかけてしまったわけだが。今は本人だとは思えなかった。もしかしたら成川の妹や姉の可能性だってある。彼女の家族関係を全く知らない以上、彼女にそういった、それこそ双子の姉妹がいても何の不思議もないのだ。

 しかし、彼女は俺のことを先輩と呼んだ。別にそれは不特定多数の人間にも使われる呼称だ。ただ、彼女の口にした先輩という言葉は、普段彼女が俺を呼ぶ時と同じ音をまとっていた。

 彼女は俺の知っている成川で間違いはない。間違いはないはずだ。

 それなのにいつもと違う姿に、彼女らしからぬ殊勝な言動。そんなものを見せられてしまうと彼女は本当に成川なのかと思わずにはいられなかった。

「成川、お前どうした。悪いもんでも食ったの?」

「え、なんでですか?」

 とってつけたようにいつものトーンで返した成川に疑念を抱きながらも問う。

「お前、そんな大人しい奴じゃねぇだろ。どうした」

「えっと、体調不良でー」

「それ言い訳にはなんねぇぞ」

「あははー」

 笑ってごまかそうとした成川に思わずため息。すると彼女は少し怯えたように視線を下げてしまった。

「……嘘ついてたから怒られるとか思ってんのか?」

「あ、え、えーと……」

 ため息交じりに問いかけてみれば、どうやらそれは図星だったようで成川はどう答えようかと視線を逃がしてしまった。思わずため息を吐いてしまう。

「お前自意識過剰か。怒るわけねぇだろ。んなことするくらいならストーカーとして通報するわ」

「わー、先輩それはないですよー! 本当に止めてくださいよー!」

「お前ストーカーしてる自覚でもあったのか」

「かなりありました」

「おいマジかよ」

 冗談のつもりで聞いてみれば予想外の答えが返ってきて思わず背筋が凍った。なのでスマホを取り出して一言。

「サツ呼ぶわ」

「先輩止めてくださいよー!」

 すると成川は電光石火のごとく俺の視界とスマホの間に手を伸ばして操作できないようにしてくる。っていうかなに、風邪ひいてんじゃないの? 何なのその瞬発力。

 そう思いながら成川の様子を覗うとはぁはぁと荒い呼吸で、本当に通報されることを怖がっているかのように瞳に影を落としていた。

「お前、昔通報されたことでもあんのかよ」

「ないですよー」

「説得力ねぇな」

「先輩にしかしてませんからー!」

「おいちょっと待て」

 ふざけ半分に会話を続けてみればドン引きを超えて恐怖すら感じとれるほどの言葉を耳にする結果となってしまった。何こいつ、本当にストーカーしてんの? やべぇ、もう気軽に外出歩けねぇわ。学校行くときくらいしか外出ねえけど。

 なんて怖がりながらもふざけているとようやくいつもの空気に戻り始めた。

 やっぱりこの方がいい。物静かな成川とか気持ち悪くて仕方ない。普段の成川が別段好きというわけではないが、その人らしさというものはやっぱりあるもので、らしくない様子を見てしまえばやっぱり気持ち悪いと思わざる負えないのだ。

 しかしまあ、こいつが成川本人だということは認めるまでもないし、妙な空気もなくなった。病人だから家までついては来たものの、ここまでくればもう何の心配もないだろう。そう思って安心半分、妙な疲労感半分にため息を吐く。それと同時に成川が笑顔を見せた。

「あはは…………はぁ、はぁ……」

 しかし笑いは途中で途切れ、最後には体の熱を何とか吐き出そうとする吐息だけが残った。

「辛いならさっさと家に入って寝ろ」

 そんな様子の彼女をこれ以上拘束しておくのも悪いし、何よりいつまでも家に帰れないことが嫌だったのでぶっきらぼうにそう言って踵を返す。

「あ、先輩待ってくださいよー」

 しかし、今まさに歩き出そうとした瞬間、成川がコンビニ袋をかさかさと鳴らしながら俺のことを呼んだ。最後の最後で何だ、と思いながら振り返ると成川はいつも通り軽い調子で笑顔を浮かべた。

「先輩、一人は寂しいのでしばらく一緒に居てくれませんかー?」

「絶対思ってねぇだろうなー」

 いつも通りの間伸びした声を聞いて反射的に言えば、そこにはさっきまでと同一人物なのかと問いたくなるほどにあざとく唇を尖らせた成川の姿があった。というかなに、いつの間にマスク取ったの。風邪うつるの嫌だからマスク付けてろよ。

 そんなことを思っていると成川は変わらず間延びした声で、感情を出さないままにそれでもあざとく後ろ手に手を組んで言う。

「思ってますよー。私も女の子ですしー」

「俺お前のことを男だとは思ってないけど」

「そういうことじゃないですー」

 反射的に俺が言えば成川はやれやれといった感じで首を振った。おい、確かに俺は普段らしからぬお前の様子を見てやりにくいとは思ってはいたが、何もここまでいつも通りにやれとは言ってない。風邪ひいてんならせめてもう少し大人しくしてみろ。

 さっきとは真逆のことを考えながらジトーっとした視線を成川に向けると。成川はニッと歯をのぞかせて、かわいいでしょと言いたげに体を傾けた。

「そんな嫌そうな顔しないで……けほっ………んはぁ……」

 しかしその後に間延びした声が続くことはなく、いつも通りに浮かべた笑顔が自身をむしばむ病魔によって遮られてしまった。

 んな辛いならさっさと家入って休めと思いながらため息を吐くと成川ははははと元気なのか元気じゃないのかわからない笑顔を浮かべた。

「……すぐ帰る。わかったな」

「わかってますよ。もう家に入りますよー」

「ならさっさと入れ」

「わかって……え、先輩?」

 言いながら成川の横を通り過ぎて玄関の前まで歩みを進めると成川が素っ頓狂な声を上げた。

「早くしろ。俺も早く帰りたいんだよ」

「え、あはいそれはわかってますけどー……?」

 疑問符を浮かべながら小首をかしげる成川。それが狙ってやっているのかどうかの判断もいまいちできず。いつもそれくらい自然な感じでやってればときめきようもあるのにな、なんてしなくてもいい考察及び研究をしてしまうがそれをため息と成川に向けた視線で遮る。

「ならさっさと部屋行って寝ろ」

「…………もしかして、ほんとに一緒に居てくれるんですかー……?」

 言うと、成川は少し驚いたように目を見開いて、戸惑いがちに聞いてきた。

「そう言ってんだよ。いいから早く入れ」

 ここは成川の家だというのにまるで我が家のように顎で玄関の先を指し示す。すると成川はあたふたと慌てながら今更言い訳がましいことを言い始めた。

「あ、えっと、まさか本当にそうなるとは思ってなかったので、その……先輩そんな人だったんですかー?」

「何とってつけたようにいつも通りのテンションに戻してんんだ。出来ねえなら最初からやらなくていい」

 何事も中途半端が一番めんどくさい。学校の勉強だって切りのいいところまでやらないと次始めるときに面倒だし、仕事に関して言えば誰かが中途半端にやった仕事とか絶対にやりたくない。だってそれたいてい修正から始めなきゃいけないんだもん。余計に時間かかるに決まってんだろ。いやバイトもしたこと無いからよくわかんねえけど。

 とにかく、俺の言葉が心底意外で予想外だったのか成川はどうしたものかと思案している。そんな悩むなら最初からあんなこと言うな。

「嫌なら帰る。どっちにしろ早く決めろ」

 優柔不断なのは悪いことだ。もちろん慎重になることはとてもいいことだとは思うけれど優柔不断とはまた違う。優柔不断とは自身での決断を放棄している状態を指している。自称優柔不断な奴に限ってみんなそうだ。そういう奴はみな一様に決断できないさまを誰かに見せて代わりに決断してもらおうとしている。そうやって責任逃れをして自分は何一つ悪くないなんて顔をするんだ。ほんと新人に決断押し付ける上司とか最悪。……俺なんでさっきから仕事の話ばっかしてんの? 俺実は知らぬ間にめっちゃ仕事してる? バイトもしたことないのに?

 そんな風に思いながら結局どうするんだと成川に決断を押し付け続けること数秒。成川は掠れたうめき声をあげながら悩んだのちまたけほけほと咳込んだ。

「……とりあえず早く家入れ」

 このまま成川に決断を押し付けていても何も指示は飛んでこないだろうと思い、ついさっき通り過ぎた成川の隣をもう一度通り過ぎて道路へと出る。そして別れのあいさつの代わりにふっとと息を漏らしてからさっき歩いてきた道を引き換え――すところで大きな声が聞こえた。

「先輩! 一緒に……けほっ、いてくださ、けほっけほっ」

 大声を出したからか、成川は盛大にせき込んだ。

 俺はため息を吐きながらももう一度彼女のもとへ歩みを進めた。


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