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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第一章 二月
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バレンタインデー

 二月十四日。いつからかこの日はバレンタインデーなんて呼ばれるようになってしまったらしい。もともと宗教的な意味合いがあったような気がするのだが、製菓会社の思惑により好きな人にチョコレートを渡す日、などという一日に変貌してしまった。

 女子が誰に上げようかと悩み、男子はいくつもらえるかなどと考えてその日を迎える。

 けれど思ったよりもその日は何もなく、目立ったところはと言えば女子がお菓子を交換し合っている風景が頻繁に目に付いたり、カップルの甘い空気がいつにもまして漂っていたりとするくらいでそれ以上の何かなどありはしなかった。

 ある一部の人を覗いては。

「……お前、よく毎年そんなもらえるな」

 プラスチック製の弁当箱から冷凍食品の唐揚げをつまみ上げて俺の目の前にいる男子生徒に感心を態度に表して言う。

「別に欲しいって言ってるんじゃないんだけどね。くれるものは仕方ないよ」

 そう言いながら俺の真横に座っていた妙に顔立ちの整っている黒髪の男子生徒が自嘲するように言う。

「いやいや、さすがイケメン生徒会長は違いますね」

「からかうなって」

 俺が皮肉っぽく言うとわが校の生徒会長様が笑顔を浮かべて言う。

「なぁ会長、また女子が来たぞ」

「あー、そうか。今行くよ」

 教卓の上から見下ろすように俺たちの前に現れた男子生徒が俺の隣にいる会長に向かって言う。それを聞くと会長はまたかと呆れたようにため息を吐くと立ち上がって自分が来るのを待っている生徒のためにと立ち上がる。

「いってら」

 俺は視線も向けずにつまんでいた唐揚げを口の中に放り込む。会長も同じように俺のことを見もしなければ返事もしないで廊下のほうへと向かっていく。

 なんとなく気になって教卓の影に隠れたままに廊下のほうを見てみると、おそらくほかのクラスの生徒であろう女子が数人で会長の降臨を待ち構えていた。

「こんにちは。俺に何か用かな?」

 会長がさっきまでの自嘲気味の笑顔とため息をどこかに置き忘れてきたのかやけに自信満々に、それでも嫌みのない自然な演技で尋ねる。

「あ、会長これ。バレンタインチョコ、受け取ってくれる?」

 そう言いながら、尋ねてきた女子の中では一番行動力があるであろうギャルっぽい女子が小さな赤いチェックの袋を差し出す。

「あっ、もらっていいの? ありがとう。来月お返しするよ」

「あのっ、会長私のも、受け取ってください!」

「わ、私も!」

 するとそれを皮切りに教室のドアの前に集まっていた女子生徒たちが一斉に会長に向かって小さな箱やらビニールの可愛らしい袋やらを渡す。それにたいして会長は迷惑そうな顔もしなければため息一つこぼすことなくそれを一つ一つ丁寧に受け取って一言ずつお礼を述べている。正直、そこだけ異空間のようだった。いや実際そんな会長のことを見て怨念を募らせているクラスメイト達のほうが純分異質ではあるのだが。

 そう思いながら俺は半分ほど食べ切った弁当をさらに食べ進めていく。別にもらえないのを会長のせいにしても仕方ないのに、と思いながら再び視線をクラスメイトに向けた。

「……おかえり」

「ただいま……ふぅ……」

 気配を感じて言うと先ほどまで教室の入り口で何やらやっていた会長が戻ってきた。ちらりと見ればそこには張り付けたような笑顔があって、教卓の影に入った瞬間にそれが解けるかのように瓦解する。

「よくそんなもらうな。今度はいくつだ?」

「今のだけで七個だよ」

 そう言った会長の手元には様々な色のラッピングがされたチョコレートが抱えられている。

「合計何個?」

「確か、三十八個」

 俺は教卓の影に並べられた様々なチョコレートの袋を見つめながら言うと、会長は疲れたというように首を垂れる。

「モテる男はつらいねー」

 俺はテキトーなことを言いながら残り少なくなっていた弁当箱の中身を口の中へと放り込んでいく。

「テキトーなこと言って、これ全部返すの大変なんだからな」

「ならもらわなきゃいいだろ」

「それしたら俺のイメージ崩れるんだって」

 さっきまでの笑顔はどこへやら。教卓の影に戻ってくるなり会長はため息ばかりついていた。

「別に崩せばいいじゃん」

「簡単に言うなよーもう」

 俺のテキトーな物言いに会長が再びため息をこぼす。

 会長は今年に入ってから新任された、いわば新生徒会長ともいうべき人だ。内申点を上げたいという即物的な思いと、今まで築いてきた完璧超人というイメージを崩すまいと生徒会長になったらしいのだが。そのせいでご覧のありさまだ。

 今まではげ九年内で人気があるくらいだったのに公の舞台に立つようになったからかどんどんファンが増えていき、上級生下級生を問わず会長のとりこになってしまったらしい。よく言えばアイドル。悪く言えば珍獣扱いだ

「俺も誰かと付き合ってればみんな自嘲してくれるんだろうけど」

「じゃあ付き合えばいいじゃん。会長ならより取り見取りだろ」

「だからイメージがあるんだって」

 そう言って会長は不貞腐れたように肉団子を頬張る。

 さっきから会長がイメージイメージうるさいが、俺は何をそんなに気にしているんだろうと首をかしげたくなる。まぁ、こんなでも俺にとってはこの学校で一番仲のいい友人なのだからわざわざそんなことは言わない。それを口にすればなんて返ってくるかくらいわかっている。

 俺の悪友、生徒会長の深山快斗みやまかいとは自分というキャラクターを演じている。ほかでもない自分自身のために。

 彼曰く、顔もよくて人当たりもいい人であるならば、周りの人は少しの失敗も大目に見て、何かあれば寄り添ってくれて、特別扱いしたくなってしまうものらしい。

 イケメンというのは見た目だけでなく心も兼ね備えて初めてイケメンなのだと彼は言う。

 そんな真のイケメンとも呼べる人物を、彼は演じている。別に元が悪いということはない。それでも彼は演じているのだ、ほかでもない自分のために。

 彼自身、こういった意味の無さげに思える努力のおかげで生徒会長になれたと言っていた。いい人を演じていればあとは立候補するだけでほぼ決定だと。俺からしたらそもそも立候補する人も少ないんだからそんなの関係ないと思ってしまうのだが。

 ともあれ会長はそんなこんなで会長になれたわけで合って、そのイメージを壊さないためにもこういったことは必要なのだそうだ。

「ほんと、大変だな」

 俺が言うと会長はコクコクと頷きを返してくれる。返事をするのもためらわれるほどに急いで弁当を掻き込んでいる。

「何急いでんの会長」

 けれど俺は相手の事情なんて指して気にせずにそう尋ねる。すると会長は教卓の上に置いてあったペットボトルに手を伸ばしてそれを一気に煽る。そしてぷはぁと息を吐いてから俺に言う。

「もたもたしてるとまた誰か来る可能性がある」

「自意識過剰だな」

 とても真剣な顔でそんなことを言うものだからとっさに思ったことを口にしまっていた。この場合自意識過剰でも何でもない気もするが、まあいいだろう。もたもたしていたら新しい来客が来るというのは的外れな考えではない。実際この昼休みだけでも五回ほど呼び出されているからな。

 また会長にチョコを渡したい生徒がやってくるかもしれないな。そんな風に思いながら会長の横に置かれたチョコの群れに視線を向けると、案の定というべきかまた声がした。


「先輩いますかー? せんぱーい?」


 やけに明るい、気が抜けるような間延びした声が教室に響き渡る。外はまだ寒々しいのにそこだけ春の日差しでも差し込んだかのように暖かく、明るくなる。

 俺の位置からは声のした廊下のほうは見ることができないのに、そこだけが明るくなったと感じた。今いる場所だって、窓から差し込む日の光で明るいのに。

「あれ? 先輩いませんか? せんぱーい?」

 おそらく誰かを探しているのだろう。そんな風に言った声にクラスのみんなが振り返る。

「……会長、お呼びだよ」

 俺はあまりうるさくされるのも嫌だったのでさっさと相手をして来いという意味を込めて横にいる会長に言った。

「え、ああ、俺……なのかな?」

「それ以外にないだろ」

 昼食の時間は原則として自分の教室で食事をとることになっているので今この教室にはクラスメイトのほぼ全員がいるはずだ。そしてその中で廊下側からは見えない位置にいるのは会長だけ。それでなくともこの昼休みの間に五回も呼び出されているのだ。会長以外に誰のことを呼ぶというのか。

 俺はそんな気持ちを込めてジトーと会長に半眼を向ける。それを受けて確認と言いたげに教卓の影から廊下のほうを覗き見た。

「あっ、先輩いるじゃないですかー。返事してくださいよー」

 すると案の定というべきか、うるさくすら感じる声の主が探していた相手を見つけたらしく文句を言いながら足音を響かせる。その足音は、確実にこちらに近づいてくる。

 さっさと完璧モードを作ったほうがいいんじゃないかと視線で会長に訴えるが会長はそれよりも早く完璧モードに入っていた。

 笑顔を張り付け立ち上がってこちらに向かってきているのであろう女子生徒のほうへと視線を向ける。つくづく大変だなと思いながら俺は最後に残っていた卵焼きを口に放り込んだ。

「先輩、なんで無視するんですかー」

 早速何か文句を言われている。これはイメージに亀裂が入るかな、なんて他人事のように思いながら佐藤が多めに入った甘い卵焼きを堪能する。

「せーんーぱーいー。こっち向いてくださいよー」

「……は?」

 ふと、自分の視界に見慣れない上履きが入ってきて声を上げてしまう。別にただ目に入っただけならば何も言わない、しかしその上履きはつま先を俺のほうへ向けて、俺と真っすぐ向かい合うかのような格好をしたままそこにとどまっていたのだ。

「先輩? 寝てるんですか?」

 気付けば先ほど教卓の向こうから聞こえていた声も今は真上から聞こえる。いったいどういうことだと思って視線を上げると俺の頭上数センチほどの場所に女の子の顔があった。

「あ、起きてるじゃないですかー。無視しないでくださいよー」

 光に透けて綺麗に彩られた腰近くまである長い茶髪を揺らしながら、頬を膨らませて上体を前のめりに倒して言う。

「……何か用か?」

 もはや最近見慣れてしまっていたその顔に驚くことはなかった。俺はいつものように面倒だなと思いながらジトーとした視線を返す。

 すると彼女はぱっと輝くような笑顔を浮かべて言った。

「チョコレート、渡しに来ました。受け取ってくれますよね先輩?」

 間延びした明るい声の少女は、そう言いながら俺に小さな箱を渡してきた。


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