譚之壱:その男仙人につき6
「千歳じゃと?確かに眼鏡に反応はないが…」
ニシシと笑うムガイにギルドマスターは困惑気な顔を向ける。
「具体的にどうするつもりだ?」
「なに大したことはせんよ?こやつとわがまま姫様と『お友達』になってもらうだけじゃ。」
ムガイの胸元、胴衣の懐がもぞもぞ動くと純白の仔狼が顔を出す。
「哮天の仔でな、名を儂が白王狼と付けた。まあハクとでも呼んでやっておくれ」
「ハクです!よろしくお願いいたします!」
「「「狼が喋った?!!!!!」」」
「驚くことかのう?仙骨があり仙道に入ったのなら普通に喋れるじゃろ?野の獣でも齢老れば人語ぐらい解するし喋るじゃろ?」
「そういうのをこの世界じゃ『魔物』っていうんだがな…しかも人語を喋るのはかなり上位のヤツだ」
「ハク、お主凄いらしいぞよかったのう」
「褒められてはいない気がしますよ?お師様」
「凄いと言うておるのだから褒めておると思うのじゃがのう?」
「で?どうするつもりじゃ?」ぐだぐだになりそうな会話の流れを断ち切りギルドマスターが問うと
「触れを出せばよい。かなりご執心のようじゃからお嬢様自身がくるじゃろ?」
「確かに確認のために本人がくる可能性はあるが…」
「依頼を受けておらん旅人が連れてきている為、引き渡し不能とでも言えば交渉のためにとんでくるじゃろ?」
「下手をするとムガイ殿に危害が及びかねんぞ?」
「そこまでやわにはできておらんわい。幸いまだギルドにも登録しておらんでなそちらに迷惑も掛からん」
「迷惑は掛からんが保護もできんのだが…」
「無問題じゃよ無問題」
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ギルドの入り口前でムガイがハクと戯れていると周囲に鎧姿の影が差す。
「そこの者、お嬢様がその仔狼をご所望である。礼はする故引き渡してはもらえぬか?」
「お断りじゃのう。ハクは我が友人より預こうた大切な仔じゃからの」
「ブランシェは私と一緒のほうが美味しいものも食べられますし絶対幸せに決まってますわ!」
金髪縦ロールに青い瞳の少女が兵士たちの間より進み出て言い放つ。
「ハク、お主ブランシェのほうが良い名と思うかの?」
「え~勘弁してくださいよお師様…それにブランシェってなんか雌っぽいです」
「「「狼が喋った?!!!」」」
慌てて少女を後ろに庇うと兵士たちはムガイに槍先を向けて誰何する。
「魔獣を街に運び込むとは貴様ナニモノだ?まさか帝国の手の者か?」
「帝国?知らんのう。そもハクは道士であって魔物なぞではないぞ?」
「ええい怪しい!怪我させても構わん捕えるぞ!」
「応!」
繰り出される槍先をひょいと躱すとまるで曲芸の如く隊長格の男の槍の先端にまったく重量を感じさせずに飛び乗るムガイ。
「なっ?」
「槍の扱いがなっておらんのう。ちょいと揉んでやるかの、ハクよよく見ておけ。」
袖口より一条の三叉槍を抜き放つムガイ。
「顕聖二郎真君より託されし三尖刀の切れ味、手加減はしてやるその身に刻め。」
まばゆい神槍を縦横無尽に振り回しムガイが無双していく。刃が触れた瞬間、バターに熱刃を当てる如く兵士たちの装備のみが切り裂かれていく。装備を失い愕然とした瞬間に石突の一撃が脛を払い転倒したところに鳩尾やこめかみに追撃が入り昏倒させられる。
「さてとじゃ。次はわがまま姫様にお仕置きじゃな。」
とん、と地を蹴り瞬時に間合いを詰めるとムガイは姫をひょいと肩に担ぎ上げる。
「放しなさい!無礼者!!」
裾が捲くれ上がり下履きが露わになり顔を赤らめ抗議する少女。
「姫様よい、名はなんという?」
「エ、エリザベートよ!降ろしなさい!」
「ふむ、エリザよ?親から子を引きはがすのは良いことかの?」
「そ、それは…」
口ごもるエリザベート。
「だからお仕置きじゃ!」
パァーンと乾いた音がギルド前の通りに響き渡る。
下履きに包まれた臀部を平手で打たれエリザベートの瞳が驚きと痛みに見開かれる。
両親が亡くなって以降、祖父にも教育係にも与えられたことのない衝撃、屈辱よりも衝撃をもたらした痛みが何度か響き渡った頃、エリザベートは目端からぽろぽろと涙しながら謝罪の言葉を発していた。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「よく言えたの」
謝罪の言葉を口にした少女を肩からひょいと降ろし目線まで腰を下ろしたムガイはよくできましたとばかりに少女の頭をわしわしと撫ぜる。
「ちゃんと謝罪できたのじゃから次はちゃんとお願いできるかのう?」
キョトンとする少女の前にハクを差し出すムガイ。
「言葉が通じるのじゃから伝えられる想いはあるじゃろ?」
ムガイの言葉の意味を理解した少女はおずおずと手を差し出しながら想いを口にする。
「あ、あの私エリザベートと申します。友達になって頂けますか?」
「白王狼です。よかったらハクと呼んでください。」
「わ、私もエリザと呼んで頂いて構いませんのよ?」