譚之壱:その男仙人につき4
間が空きすぎましたすいません
甕の中に足を踏み入れるとそこは別天地だった。想像していた硬質の底の感触は感じられず柔らかい草地を踏みしめる感触に薄ら目蓋を開けると眼下に広がる広大な沃野。どうやら山の中腹の大岩棚にあるらしいこの草地にはまばらに生えた木々がたわわに実をつけ先ほどの狼の大群が思い思いに寝そべるのに十分な広さをもっていた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!」
「やかましいのうローガン。ほれほれ後がつっかえておるじゃろ、退いた退いた」
慌ててローガンが飛び退くとそこにある陽炎の様な揺らめきからきょろきょろ辺りを見廻しながら二人の仲間達とムガイが現れる。
「何なのここ!?」
驚きの声を上げるミュイに「わしの仙郷じゃ。蓬莱・崑崙に比べれば手狭じゃが桃源郷ぐらいの広さはあるかの」とそこそこの広さの家だろ?的口調でさらりと言い放つムガイ。
「亜空間?空間固定??」頭から湯気を上げているミュイに「そんなに驚くことかのう?」と小首をかしげるムガイ。
「師叔お帰りなさいませ。お客人ですか?」
「夾娘、今戻った。尖華と饗応の準備を頼む」
「承知いたしました」
気配もなく現れムガイと言葉を交わしたキョウニャンと呼ばれた妙齢の青いチャイナドレスを纏った女性の後姿を見送るローガンにミュイが肘鉄を叩き込む。
「ローガン!鼻の下伸びてる!」
「痛っ!綺麗な服だなとおもっただけじゃねぇか!」
「ふんっ!どーだか!」
そっぽを向くミュイに平謝りのローガン。
「お主もこの二人の守りは大変そうじゃのう?」
肩をすくめて返事するダート。
「にしてもお主、本気でしゃべらんのう」
返事はやはりなかった。
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「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!」
「やかましいのうローガン。少しは落ち着いて食わんか。別に取ったりはせんから…慌てるとのどに痞えるぞ?」
「だってよ!こんな御馳走食ったこと!んぐっ!」
「いわんこっちゃないのう。ほかの二人は口に合ったかのう?」
こくこくうなずきながら桃饅をはむはむと小動物のように食べ続けるミュイ。
「気に入ったのは解るが甘い物だけ食うと太るぞ?ダートはどうじゃ?」
「このスープ…美味いな…」
いかついダートの容姿に似合わぬ少年期的高音声に流石のムガイも面食らう。
「こりゃまた見た目を裏切る美声じゃのう!ほれほれそんなにしかめっ面になるでないわい仙骨さえあれば長囀の名手になれたやもしれん良い声じゃぞ」
「褒めてるのかそれ?」
「褒めとるんじゃがなぁ」
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「さてとじゃ、人心地ついたところで詳細を聞かせてもらおうかのう?」
「分かった、俺らが知ってる限りじゃこうだ…ある日領主の孫娘が遠乗りした際に一匹の純白の草原狼の子供を見かけた…いたくその子狼にご執心したお嬢様は組合に捕獲依頼を出し、俺らが受け…」
「敢え無く失敗して死にかけたところをムガイさんに助けてもらったってわけ」
「ふ~むということはじゃ小娘が諦めん限りは…」
「何度でも依頼は出るだろうな…まあここに隠れてる限りは見つけようも無いだろうが…」
「まあそれでもいいのじゃが…よしっ!お灸をすえに行こうかの」
「お灸って領主の孫娘にか!?」
「どちらかというと周りの大人にじゃな」
呵呵と笑するムガイを見ながらこいつだったらやっちゃうんだろうなと、ローガン達三人は複雑な表情で顔を見合わせた。
用語解説
蓬莱・崑崙・桃源郷:ホウライ・コンロン・トウゲンキョウと読む仙人の作る亜空間の有名どころ
長囀:仙術の一種チョウショウと読む。声楽や器楽によって生物や自然現象を呼び寄せ、力を借りる術。