譚之壱:その男仙人につき1
暇に飽いた仙人が異世界でやりたい放題する話の予定。間に弟子話もまぜるやも?
くわぁ~~~~~っと気の抜けた生欠伸を洩らし雲の上に切り立った岩の上から遥か下方、雲海に垂らしていた釣糸を回収すると少年は釣竿を放り捨てた。
「つまらん!姜師叔の真似をして針の無い釣り糸なんぞ垂れてみたがちっともつまらん!」
「そもそもだ、人界がつまらんのが悪い。生まれる時代がもう少し早ければのう…」
ううむと独り言をぼやきながらごろごろと転がる。傍から見ても唯の駄々っ子である。そんな少年の動きがぴたりと停まるとずざざと這いずり崖下に目を凝らす。雲間に浮かぶ渦の様な歪みを見つけた少年は飛び上がって喜んだ。
「あれはなにやら面白い予感がするのう!次元の歪みのようじゃが何処に通じるモノか?まあ良い!入れば判るじゃろ!」
懐から一枚の藍い羽根を取り出すと投げ上げる、見る間にサーフボードぐらいの大きさになった羽根に飛び乗ると少年は渦へと飛び込んでいくのだった。
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光と闇が明滅交錯し収束したと思った瞬間、光が溢れると少年はだだっ広い草原に立っていた。
「ふむ、蒙古辺りの気候に似ておるのう?うん?あちらから血の臭いがするのう…」
ふんふんと鼻をひくつかせると軽くトンと歩を進める。瞬間、姿が掻き消えると15m程離れた場所に一瞬姿が見えたかと思うと掻き消える。とんとんと軽くステップを踏むような歩調でありえない距離をぐんぐん進んでいくと前方に道が見えてくる。その路上には三人ほどの武装した男女とその周りを囲む獣の群れが見て取れる。
「狼?にしては毛が緑色じゃのう。流石異界じゃな!青狼の様な妖の類かも知れんのう」
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ステップウルフの群れに囲まれローガンは依頼を受けたことを後悔していた。仲間の女魔術師のミュイがしぶしぶだったのは女の勘ってヤツだったのだろう…。残りの仲間のダートの背負う頭陀袋の中身を投げ捨てれば狼共は許してくれるだろうか…?駄目だろうなと溜息を吐き構えた剣の柄を汗ばむ手で握り締める。一斉に狼が飛び掛ってくるのに死を覚悟したとき、聞いた事のない呪文の様な掛け声が響き渡った。襲い来るだろう痛みを覚悟し閉じてしまった目蓋を来ない痛みにいぶかしみつつ開けると自分を押し倒した狼共が眼前で口を半開きにしまるで口蓋につっかえ棒でも突っ込まれたように眼を白黒させている。
「何処の誰かは知らないがありがたい!これなら狼共をぶち殺せる!」
腹上にのしかかる一匹を蹴り除け剣を振りかざした途端、聞きなれぬ言葉とともに後頭部に衝撃を感じローガンは意識を手放した。
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眼前で緑狼の群れが動き男女が飲み込まれる。
「いかん!牙を禁ずれば即ち傷つける事能わず!」
禁術で狼達の牙を封じる。狼達に異変が起きたのを理解したのか男女が身を起しそれぞれの得物を振りかぶる。一人の男が聞きなれぬ言葉で大声を上げ剣を振りかぶったのを見て少年は
「するでないわ!」
と袖口から張り扇を抜き打ちで男女を叩く。昏倒した三人を背に袖口に張り扇をしまいつつ少年は狼達に向き直る。どっかりと腰を地に下ろし胡坐をかくと狼に向かい
「さて訳を聞こうかの狼よ、餓えて襲うた訳ではなさそうじゃ。ああ、先に名乗っておこうわしの名は無蓋、仙道を学んで居る道士じゃ」
と語り掛けだすのだった。
用語解説
姜師叔:仙人伝奇小説『封神演義』主人公:姜子牙通称、『太公望』を他の仙人たちが呼ぶ時の一称、意味的には姜先生位の意味
禁術:仙術の一種。『何々を禁じるから何々が発揮する効果は発生できないよ』という言霊で相手を縛る術。爪や発声等を封じるぐらいならば代償はないが、存在そのものを禁じる等をすると『それなりの』代償を受けることもある。