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柘榴の封印  作者: 御影
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第三章 宵闇の襲撃者 1

1


 グルズのもたらしたしらせは、チェインを唸らせるに足るものであった。この時期、自らの立場もわきまえないお忍び行をスピカがしている理由――。仮に自分の置かれた状況も判らぬ程の浅薄せんぱくな娘だとしても、父親のパロス卿は切れ者の人格者だ。娘のそんな我がままを聞くはずがない。むしろ大事のないように館に留め置いておきたいはず。だがそれが輿こし入れの儀とあればパロス卿とて首肯する他ない、という事らしい。これがグルズのつかんだ内情であった。さらにそれが代々のしきたりであるとの裏づけまで取れているとあっては、チェインとしても一応の納得をするしかない。

〝だが…〟

と、チェインはこの話に釈然としないものを感じていた。そういう事情であれば確かにお忍びという形をとってでも神殿に参詣するかもしれない。が、逆に、パロス卿程の男がそんな因習に囚われて一人娘をただ危険な目に遭わせるだろうか。むしろ、それを利用し、敢えて娘を囮に、こちらの牙を抜こうとしていると考えた方が良くはないか。だからこそ――お忍び行は仕方ないとしても――〈オクルス〉を護衛に選んだとしたら? 子飼いの騎士ではなく、傭兵などをどうしてと思ってはいたが、それなら何かあった時、口を封じる事になったとしても後腐れがない。スピカと〈オクルス〉の出会いまでは知らぬチェインは、宮廷に出入りする者にとっては茶飯事的なものとはいえ、それ以外の者の肝を冷やすには十分な冷徹さで導き出した推論に口の端をかすかに吊り上げた。

〝いいさ、乗ってやろう〟

 ともあれスピカは今現在、暗殺して下さいと言わんばかりの状況下にある。パロス卿の真意はまだ判らないが、最終的にこちらが勝てばいい。そう結論付けたチェインは、企みの続行を指示すべく、細く薄い紙に羽根ペンの先を走らせた。


 一方スピカ一行は、街道を順調に北上していた。

「今日もなんだかこのままで行けそうね」

 穏やかな行程に馬車の中の女性陣は安堵の微笑みを交わす。しかし外ではまたしてもささやかな攻防が繰り広げられようとしていた。きっかけはもちろん新参であるアンゲルス神官である。

「いやあ、良い天気で本当にようございましたなあ」

 馬上の神官はのんきな声音で天を仰いだ。

「いかに初秋とはいえ、雨にでもたたられたのではかないませんからなあ」

「そうですね」

 礼儀正しく相槌を打ったアクルクスに、神官は屈託のない笑顔を向ける。しかし〈オクルス〉は、自分の面前を通り過ぎた会話に全く関心を示さなかった。現在アンゲルス神官は馬車の左を、アクルクスは少し先行する形で馬車の右を進んでいる。どちらかといえばアンゲルス神官ののんきな発言は、固く口を結んだままの〈オクルス〉との会話のきっかけになればと考えてのものだっただけに、こうもきっぱりと流されたのでは立つ瀬がないどころの話ではない。加えてアクルクスの方も敢えて会話を楽しもうという気はないらしく、気まずく宙に浮いてしまったアンゲルス神官は、

「あー…」

と、ありもしない助け手を求めて視線を泳がせた後、諦めの吐息を吐いた。そして、改めて〈オクルス〉に声をかける。

「あー、ローラ殿?」

 途端、場の空気がびしりと音を立てて凍りつく。だがアンゲルス神官は気づかないのか、そのまま続けた。

「まだきちんとお話しした事はありませんでしたね。見ればまだお若いのにご苦労をされたよう…――おや、どうされました?」

 アンゲルス神官は、馬車馬越しにアクルクスが見るからに嫌そうな表情を浮かべてこちらを見ているのにようやく気が付いて首を傾げた。しかしアンゲルス神官は、せっかくのこの兆候を読み違える。〈オクルス〉が、どこで自分の名を嗅ぎ付けたかと警戒したものと取ってしまったのだ。

「ああ、これは失礼しました。スピカ様がそう呼ばれているのを耳にしていたもので。いやしかし、よくお似合いの美しいお名前ですねえ。私と違って名前負けしておいででは…」

「アンゲルス神官!」

 いつの間に回り込んだか、アクルクスがアンゲルス神官の左手に馬をつけていた。そして、「おや」とこれまたのんきに振り返る神官に耳打ちする。

「その名で呼ばない方がいい。〈オクルス〉、と」

「〈オクルス〉?」

 アンゲルス神官が目を丸くする。それから逆に、バツ悪げに囁き返した。

「それでは かえって失礼でしょう」

 アンゲルス神官が〈オクルス〉の隻眼に対する蔑称と受け取ったのを聞き、アクルクスは急いでかぶりを振った。

「本人がそう呼べと言っているんですから。それがあいつの通り名なんですよ」

「しかし…」

 まだ釈然としないアンゲルス神官に更に畳み掛けるアクルクス。

「奴とてよもやとは思いますが、そんな命知らずな真似はせずがよろしい」

 わざと半ば突き放すようにそう言い捨てて馬を戻したアクルクスに不安を覚えたか、アンゲルス神官は心もとなげに拳を口元に当て、ようやく沈黙を選んだ。

 もっとも、〈オクルス〉にしてみればアンゲルス神官の世間話たわごとなどに割く関心は微塵もない。今も背後に追尾する何者か、それが最大の関心事である。

〝二手に分かれたか〟

昨日神殿に入る前と今とでは追跡者の数が違っていた。それが〈オクルス〉の警戒心を刺激する。神殿に逗留したのは約一昼夜、これだけあれば見張り役に新しい指示が届いていても不思議はない。

〝さて、どう出る?〟

 実際、尾行者達は先日の襲撃者達よりずっと油断のならない相手のようだ。だが〈オクルス〉は、もっとも、とそれと判らぬ程に薄く笑んだ。

〝さすが正統派だな〟

 それは正統派すぎる(・・・)とさえ言えたが、無論〈オクルス〉だからこそ嘲笑わらえる失態であった。と、〈オクルス〉の顔が瞬時に冷たく冴える。どがらっ、どがらっ…という速足で駈ける複数の馬の蹄の音を、遠くに、しかし街道沿いにとらえたのだ。

「――アクルクス」

 冷淡な呼びかけに青年が眉間にしわを寄せて振り返るのを見やりもせず、〈オクルス〉は低い声で続ける。

「次の街で仕掛けてくるぞ」

「!」

 アクルクスの顔が緊張に強張った。が、次いでアクルクスは、押し殺した声で反論する。

「どうして判る?」

「今、横道を走って行った馬がいた。――勘だ」

「か…!!」

 絶句する。しかし完全否定するだけの材料があるでなし、アクルクスは苛立たしげに大きく舌打ちすると、上体を戻して正面に向き直った。

〝だが〟

 アクルクスに警告しておきながら、〈オクルス〉はどこか釈然としないものを感じていた。

〝数が増えたのはいいとして…〟

 人数の変化自体は大した問題じゃない。問題なのは、性質の違い(・・・・・)だ。どうも追尾者とさっき先を急いで行った連中とは毛色が違う気がする。無論これは、アクルクスにも言った通り、勘にすぎない。けれどこれまで幾度も〈オクルス〉自身を救ってくれてきたのも、この勘だった。

〝――難儀な…〟

 そう内心ぼやいた〈オクルス〉の顔はしかし、ぴくりとも動かなかった。


 その早馬に乗って次の街の指示された宿屋に入った男達は、彼らを待っていた者の姿を見て目をいた。

「遠路お疲れ様です」

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、入室した男達に深々と下げた頭をゆっくり戻した顔は。

〝〈顔のない男〉――!〟

 焦茶というよりはむしろ黒に近い髪、小柄で痩身、そして何より、何の特徴もない顔立ち。ともすれば人込みに埋没し、二度と見つけられなくなりそうなこの男の、嫌らしさ(・・・・・)を知る剣士達は揃って苦虫を噛み潰した。グルズは『奸物参謀』チェインの裏側を一手に受け持っている男で、これまでにも平々凡々たる見かけを最大限に利用して様々に暗躍していた。彼を知らない者には、グルズは何の特徴もない人の良さげな中年にしか見えないだろう。けれど、その奸計は――そのどこまでがチェインの指示によるものかは判らないが――お世辞にも後味の良いものとは言えない。たとえそれが見聞きした一端にすぎないとしても、剣士達がグルズを快く思わないのは必然というものだった。だがグルズは、剣士達のそんなあからさまな嫌悪の念を簡単に黙殺し、彼らに椅子を勧めた。渋々とその勧めに従った剣士達がせめてもの腹いせとばかりに土埃まみれのマントを肩へと大げさに払い上げたが、グルズは素早く杯を並べた小卓に退いており、男達は自らのたてた埃に咳き込む。

「どうされました?」

 けろりとした顔で杯を運んできたグルズを、剣士達は黙ってにらみつけた。墓穴だったとはいえ、判っててなお素知らぬ振りして訊いて来たグルズへの苛立ちと敵愾心はいやがうえにも募っていく。が、肌にぴりぴりと感じる程に張り詰めた空気をよそに、グルズは変わらぬ落ち着きをたたえて皆の前に冷えた杯を並べた。よく冷えた金属製の杯はうっすらと細かい水滴を表面に浮かべている。乾燥した道中を休まず馬を飛ばしてきた一同は目の前の杯に思わずぐびりと喉を鳴らしたが、否定しきれぬ毒殺への危惧と、何より「こんな奴から」という矜持から誰も手を出そうとはしない。構わず彼らの向かいの席に腰を下ろしたグルズは、またも気づかぬ振りして自らの杯を軽くあおった。そして、剣士達の視線が手にした杯に釘付けになっているのを承知の上で、ゆっくりと口を開いた。

「さて例のお嬢様の件ですが、私めがお調べさせて頂いたところによりますと――」

 グルズは、淡々と調査結果をかいつまんで語り、次いでほぼ一方的に今夜の襲撃計画を説明にかかった。当然、その提案でも要請でもない命令・・に剣士達が諾と答えるはずがない。真っ先に声を上げたのは、このグループ内でまとめ役になっている年嵩としかさの男だった。大きな拳で古ぼけたテーブルを思い切り打ち据える。腹に響く低音の後で、杯のカタカタ鳴る音が耳についた。

「ふざけるな! どうして我々が貴様の指示に従わねばならんのだ!」

 しかしグルズは男の激昂にまるで動じず、それどころか逆に彼を不思議そうに見やった。

「納得できませんか?」

「当たり前だ!」

 胴間声に他の剣士達が一様に頷いた。

「誰が貴様なんかに!」

 そうだ、そうだという声に後押しされたかのように、男はさらに怒鳴り声を上げた。

「何か考え違いをしているようだが、我々はチェイン殿の部下ではない! ゼフ卿直属の配下だ! それを…」

「困りましたねえ」

 グルズは、ちっとも困っていないような口調で男の言葉を遮ると、大仰にため息をついてみせた。そして顔の前で指を組み、その奥に底光りする双眸を据える。

「それでは私はあなた方を殺さなくてはならない」

「何だと?」

 いきなりの展開に、口々に不満をわめいていた剣士達も絶句する。構わず、グルズは天気の話でもするかのように続ける。

「だってそうでしょう。私の指示に従って頂けないとおっしゃるのなら、私はあなた方の口を封じなくてはなりません」

 ひやり、とした風が吹いたような気がした。

グルズの表情も声音も、いささかの変化もない。それなのに、と剣士達は冷えた唾を飲み込んだ。冗談じゃない。たかが小者の間者に気圧けおされてどうする。だが彼らは――仲間の手前、必死に平静を装いながらも――次第に寒気を増していく雰囲気に背筋が粟立っていくのを止める事はできなかった。

「――確かに」

と、変わらず、グルズ。

「あなた方はゼフ卿の配下でいらっしゃる。ですがチェイン様のお手伝いに来られた時、ゼフ卿からチェイン様の命を聞くようにと申し付かっておいででしょう?」

「お、応。しかしそれとお前ごときの指示に従うのとでは訳が…」

「ディラル様」

 グルズは、ひどくやんわりと、先程拳を振り上げた男の反論を遮った。それなのに、ディラルは言葉を失って口を閉ざす。

「ディラル様」

 ことさらに名を繰り返し呼んだグルズは、やれやれと肩をすくめた。

「私はチェイン様の命で動いております。ですから、私の言葉はチェイン様のお言葉、ひいてはゼフ卿のお言葉と思って頂かなければ。ご協力頂けないとおっしゃるのでしたら、私としても気の進まぬ方法で皆様の口止めをしなくてはなりません。そうなればチェイン様にとても残念な報告をしなくてはなりませんし、私もひどいお叱りを受けてしまいます。どうか私をそんな目に遭わせないで下さいまし」

 グルズの口元が歪む。どうやら笑ったらしい、と剣士達が気づくのに一拍かかった。が、彼らは逆に警戒心を強める。どんなにグルズが無辜むこの笑みを形作ってみせたとて、目が全く笑っていない。

 この男はあまりにも特徴がない。

 ようやく、剣士達はそれの意味に、グルズの恐ろしさに気がついた。容貌も目立たず、腰も低く、誰からも顧みられないような。しかしそれ故に、どこにまぎれ込んで何をしようとも、誰もグルズが何者かなんて考えつきはしない。いてもいなくても同じだと思い込ませてしまう程に存在の希薄な者くらい、暗殺や諜報活動に適した者はない。短剣を胸や腹に刺し込まれて初めて、相手はグルズに気づくのだろう。そしてグルズもまた、燻肉ハムにでも包丁を入れるかのように――。

 ディラル以下の男達が揃って化け物を見るような目つきに変わったが、グルズは全く気にせず、びる口調のまま、また唇だけ笑う。

「ねえ、ディラル様?」

 日の差さぬ地下牢で毒蛇に狙われているような、とでも表現すればいいだろうか? にたり、と笑わぬ目で笑いかけられたディラルは、じっとりと汗ばんだ拳を握り締めて反論しようと試みたが、言葉が出てこない。代わりに出た悔しげな唸り声に、グルズは訳知り顔で首を振った。

「ああ、もちろん判っております。たった五人では〈オクルス〉に対しがたいとおっしゃりたいのでしょう? 〈オクルス〉は恐ろしい女ですからねえ。あの女こそ魔物と呼ぶべきですよ」

 グルズはわざとらしく身震いする。

「そんな女相手にあなた方のお手を煩わせるのも何ですから、こちらでそれ用のかませ犬(・・・・)をちゃんと御用意致します。あなた方がお仲間以外の者をただ斬り捨てさえすればすむように、ちゃあんとね」

 慇懃無礼とはこの事か。ディラルらを気遣う振りをして無能呼ばわりした挙句の狂戦士バーサーカー扱いだ。だが少なくともディラル達が〈オクルス〉に抱いている恐れは本当の事であり、それを棚上げにしてまでグルズの無礼をなじる程男達は恥知らずではなかったから――そうでなかったらどんなに良かったか! ――受けた暴言に彼らはじっと耐えた。

「それでは私はの調達に行って参ります」

 そう言い残してグルズが部屋から姿を消すと、男達は知らず詰めていた息を残らず吐き出した。ディラルとて例外ではない。が、それが安堵のものと気づいた彼の顔が瞬時に紅潮する。

「くそッ!」

短く毒づき、足りずに卓上の杯を右手の甲でぎ払う。暗赤色の中身を撒き散らしながら、杯はけたたましい音をたてて壁や床に激突した。一瞬びくりと首をすくめた仲間達が、気を取り直してディラルに声をかける。

「デ…」

「ちくしょう! あんな下衆に!」

 仲間が肩に置いた手を振り払い、卓を殴りつける。

「俺は! 俺達は! あんな下衆に侮辱される憶えは! ちくしょう!」

 ディラルは、仲間に取り付く島も与えず卓を殴り続けた。

隙間だらけの床板に、既に温まったワインが染み込んでいく。

 ドアを閉めた途端響いた音に、グルズは驚くでなく、ただフンと鼻を鳴らした。

〝クズが〟

 実力そのものが欠けている者は無論の事、実力の伴わぬ自負を抱いているやからほど浅ましい者はない。その上その自負そのものに自分自身が引っ張り回されるなぞ愚の骨頂だ。チェイン辺りならばそれを哀れと評するかもしれないが、グルズはただ、嘲りの念を抱く。

〝家柄に守られてきただけのなまくら剣士が〟

 自分は違う。

 チェインに拾われる前も拾われてからも、生きるために必死だった。今ここにこうして立っているのは家柄によるものでも何でもなく、己の力だけでのし上がってきたからこそだ。

 嫌な軋み音をたてる階段を一階へと降りながら、グルズは冷ややかにほくそえんだ。

〝せいぜい癇癪かんしゃくを起こせばいいさ〟

 坊ちゃま育ちの内弁慶め。

 それきり、グルズは剣士達の事を頭から閉め出した。

 外に出てみると、日はかなり傾き始めていた。スピカらがこの街に到着するのももうじきだ。グルズは既に酔客のドラ声が聞こえ始めた宿の一つに入っていった。入り口の自在扉付近で酒場の中をぐるりと見回すと、あまり品の良さそうでないグループが目に付いた。傾いたとはいえまだ十分に明るい今時分にすっかりでき上がっている。大声で下品な冗談を交わし、給仕女の尻を撫でては上がる悲鳴に野卑た笑い声を上げていた。それだけでも十分にろくでもないグループである事ははっきりしていたが、グルズにとってはおあつらえ向きの一団である。グルズは即座に人当たりの良さそうな顔にへつらいの表情を張り付かせ、彼らに近づいていった。

「あのぉ…すいません」

 ひどく気弱げにグルズが彼らの会話の中に割って入ったのは、それから少し経ってからであった。

「ちょっと…よろしいでしょうか」

「んだあ? 何か用かよ、おっさん!」

 せっかく興が乗っていたところに気弱で陰気そうな声をはさまれ、水を差された男達が不機嫌丸出しでグルズを一斉ににらむ。それにたじろいでみせたグルズは、ぎゅ、と口元を引き締めて卓ににじり寄った。

「失礼ながら皆さんのお話が耳に入りまして、その…皆さんお強いんですねえ」

 卑屈な笑みが顔に浮かぶ。酒の上の与太話を頭から信じ込んだ田舎者、といった風情に、男達は一瞬顔を見合わせふんぞり返って頷いた。

「おおよ、ここらじゃ俺らを知らない奴ぁモグリだぜ」

「ああ、やっぱり。すいません、この街は初めてなもので…。あの、その皆さんを見込んでぜひともお力を貸して頂きたい事がござい…」

「ああ!?」

 グルズは、言葉尻を乱暴に遮られて怯えた目で男達を見返したが、胡乱うろんそうな彼らに改めて「実は…」と切り出した。

「今日の夕方、ある女がこの街に着く予定なんですが、その女に天罰を下してやって欲しいのです」

 そうしてグルズは、いもしない息子がスピカに骨抜きにされ、家の金を持ち出す程に身を持ち崩したという話をして聞かせた。始めこそ胡散臭うさんくさげにグルズの作り話を聞いていた男達だったが、彼の巧みな話し振りと追従ついしょう、そして酔いも手伝って次第にその気になっていく。そしてついにグルズがわっとばかりに泣き伏し、元からいない息子の死で話を締めくくった時、男達はてんでに胸を叩いた。

「任せろや、おっさん!」

「そんな性悪女なんざ、俺達がシメてやっからよ!」

「色っぽい悲鳴かもしれねェがよ」

 ぎゃはははと下品な笑いが沸く。手近な男の足にすがりつき、グルズは涙ながらに訴えた。

「お願いでございます。息子はまだたったの一四だったんです! 私は虫も殺さないような顔をした、あの貴婦人のような振りをして息子を殺した女がどうしても許せない!」

 次いでグルズはズボンのポケットから小さな巾着袋を取り出して男に差し出した。

「お礼はこれだけしかありませんが…」

 んなもん気にするなよと言いながらも袋をひったくった男は、中をのぞいてぴたりと口をつぐむ。巾着には、確かに大金ではないが今彼らが呑んでいる安酒なら一週間は呑めそうな、銅貨が詰まっていた。間にちらほらと銀貨さえ垣間見える。仲間から袋をひったくった他の者達からもダミ声が消えた。好色さと暴力の色しかなかった彼らの目に、金への欲望が生まれる。うまくすれば女をもてあそんで売っ払った後、こいつからもっと金を強請ゆすれるかもしれない。不穏な沈黙にグルズは、下げた頭の下で口元を緩めた。色と金、これでこいつらは放っておいてもついてくるだろう。

 悲嘆に暮れる父親像を演じながら、グルズは男達に背中をせかされつつ、酒場を後にした。

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