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実らせむ


 頬に当たる空気が、冷たく刺さる。

 山道の道へと曲がると、そう遠くないところに人の姿が見えた。髪は白色、背で一つに結われていた。

 走ってきた奏多の足音に、()(ひと)はちらりと振り向いた。その目元には青い縁のフレーム眼鏡。大声で奏多は叫ぶ。

「あの!! すみま、せん……!」

そのまま立ち止まり、奏多の方へと体を向けたその人は、確かに背が高かった。はあはあ、と肩で息をし、膝に手をつけ前傾姿勢をとる奏多を心配げに見ていた。

「どうかしたのですか? 私に、何か御用ですか?」

低く、優しげな声音。息も絶え絶えに見上げたその人の体つきは男性らしさを持ちながらほっそりとし、愛嬌のある顔をしていた。

 声を出そうにも、喉に何かつっかえたように奏多は声が出なかった。冷たく乾いた空気が喉に刺さり、けほけほ、と咳き込むと、不思議そうに男はそれを見つめる。


「……とりあえず、場所を移そうか?」

そして、しばらく経っても未だ息の整わない奏多を見て、苦笑しつつ男はそう言ったのだった。



 二人が移動したのは、近くの(さび)れた神社であった。近くに住まう奏多も知らない、無人の神社である。

「どう、息は整った?」

「はい、ご心配をおかけしてすみません」

「そっか、ならよかった」

ふふふと笑った顔は整っていながらも柔和であった。全速力で走ったダメージにせいで力無くだが、奏多も笑みを浮かべた。

 辺りは静かで、寂れていれども流石は神社。霊験(れいげん)(あらた)かで、幽鬼(ゆうき)の類も声を潜めて静かにしているようだった。

「それで、私に何か用かな?」

「あ、えっと……」

そう言った男に真っ直ぐと見つめられ、奏多は視線を彷徨わせた。全て事実を言っても、まともに取り合う人間(ひと)はごく僅かか、その界隈の人々なら聞いてくれるだろう。なるべく辻褄を合わせて、かつ曖昧に話を伝えなければならなかった。しかし、今回ばかりは少し難しい。


 奏多は、単刀直入に話を切り出した。

「最近、この辺りで紅梅を見に行きませんでしたか?」

はっと、息を飲む声。驚いて、男は目を少し見開く。風に煽られて、ざわざわと木が騒いでいた。

「確かに、見に行ったよ。綺麗な梅だったね」

「……そこで、何か拾いませんでしたか?」

そう告げると、再び目を丸くする。そして、男はふふふ、ふふふふと笑い始める。予想外の反応に、どうしたことだろうかと慌てる。

「あ、あの、人違いだったらすみません。……今の言葉は、忘れて下さい」

「いや、すまないね。ただ、怖いくらいにお見通しなんだね、と思ってさ」

笑い声を止めて、真面目な顔に戻った男。くの字の曲げていた体を真っ直ぐにして、奏多に向きなおる。

「うん、拾ったよ。――割れた、ビー玉をね」

「割れた、ビー玉……ですか」

と、いうことは、彼女の言う“宝物”とやらはビー玉という事なのだろうか。しかし、ビー玉なんてありふれた物を、何故それほどあの少女は大事にしているのだろうか。

 片手を顎にやり、奏多は考える。また冷たい風が吹き始め、木々が震える。


 風に乗って香ったのは、(かす)かな甘い香り。


「大切な人に貰ったものだったのだ」

白髪の男の向こうに、いつの間にやら梅着物の少女が立っていた。灰色空を見上げて、呟くように言葉を紡ぐ。

「例え、小童(こわっぱ)が戯れに寄越(よこ)したのだとしても、私は嬉しかったのだ」

悲しげに、可愛らしい幼顔に似合わぬ笑みを浮かべる。なんとも言えぬ、人間味溢れたその表情に惹きつけられる。奏多は何も言えなかった。

「壊れてしまったのならば、……仕方がない」

少女は、空から視線を奏多に向ける。


「迷惑をかけたな、人の子よ」

そう言うと、ふわりと梅の香を(まと)って少女の存在感が薄くなる。


「まっ、待って下さい!」

奏多は思わず少女の方に駆け出し、手を伸ばす。しかし、すんでの所で少女は空虚に溶け込み、手は空を切るのみだった。

 冷たい風が、体の芯まで冷やすようだった。真一文字に、口を結ぶ。

 白髪(はくはつ)の男は最初驚いたように見ていたが、やがて口を開いた。

「君には、何か、みえていたんだね」

奏多は、はっと気がつき、しまったと振り返る。しかし、その目には人々と同じような奇異を見るような、嘲笑うような感情ではなく、単なる驚きが宿っていた。


「……気持ちが悪い奴だ、とか思わないんですか?」

何もないところに駆け出し話しかける奏多は、(はた)から見れば気の狂った青年であろう。

 柔らかな微笑を浮かべて、男は言う。

「私の知り合いにそのテの人がいるからさ。残念ながら、私はみることはできないけれど、ね。君、名前は?」

益野(ますの)奏多(かなた)です」

「ああ、達摩(たつま)和尚(おしょう)さんのとこの子か。私は言薙(ことなぎ)侑李(ゆうり)。しがない画家だよ」

「画家さん、ですか」

「うん、そう」

頷きながらにっと笑う侑李はがほんわかと心に安らぎをくれるような優しさに満ちていた。一種の特性のようなものだろうな、と奏多はまじまじと見てしまった。


「ところで、侑李さん。拾ったビー玉は、何か特徴とかありましたか? 色とか、……大きさとか」

「うーん、そうだねぇ……」

顎に手を遣り、侑李は唸った。そして言う。


「多分、ラムネの瓶とかに入ってるヤツだったと思うな。透明で、薄い青の、なんの変哲も無いビー玉だよ」

これくらいのヤツ、と言って、侑李は親指と人差し指とで小さな丸を作った。

「……そうですか、ありがとうございます」

ますます、よく分からなくなった。



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