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山か機械か地球外生命体が出る結ばれない恋の話

作者: 高岡たかを

 


 都心を遠く離れた山奥に、夜の木々の中を高速で走り抜ける白銀があった。

 月と星の明かりをかすかに反射するメタリックなボディ。フルフェイスのヘルメットに覆われ表情を窺うことはできないが、全身から発散されるオーラには闘志の色が見える。

 その白銀はこう呼ばれている。

 ――銀河保安官スターシェリフ、と。

 危機を察したか、スターシェリフは走る勢いをそのままに跳躍。瞬く間に高度十五メートルの高みに至ると、眼下に爆発が起こった。

 燃え盛る炎に照らされ、現れる五つの黒い人影。夜空にあるスターシェリフを見上げる無機質な単眼は人のものではない。

 地球侵略を企む宇宙のならず者集団、アクントーの自動尖兵、チンピラーたちである。

「とうっ!」

 スターシェリフは空中で一度身をひねり、一体のチンピラーの背後に着地すると即座に強烈な蹴りを見舞う。まともに蹴りを喰らい、くの字に折れて吹き飛んでいくチンピラー。

 他のチンピラーが武器を構えるよりも早く、白銀のボディが腰のホルスターに手を伸ばす。

 取り出したのは円筒形のエネルギーカートリッジ。右腕の装甲にスリットが開き、エネルギーカートリッジを飲み込んだ。

 スターシェリフの両眼が戦意に輝く。

 右腕を腰だめに。

 一斉に飛びかかってくるチンピラーたちを見据え、引き絞った拳を限界まで高めた力とともに解き放つ。

「ファイナルギャラクシースターノヴァパンチ!」

 夜の山中に裂帛の気合いが響いた。

 闇をはねのける閃光を発して放たれた必殺の拳は、衝撃波だけで機械生命体を粉々に打ち砕く。

 空中で爆発するチンピラー。

 一瞬前まで自動尖兵であった機械部品がガラガラと落下してくる中、スターシェリフの右腕のスリットが開き、エネルギーカートリッジを排莢。放熱孔から勢いよく白煙が吹き出した。

 真っ直ぐ正面を見据え、スターシェリフは先に進む。

 やがてスターシェリフは不自然にひらかれた土地に出た。

 人が作る明かりのない状況でも、スターシェリフは暗視が可能だ。暗視だけではない。サーモグラフィをはじめとした各種センサーが銀河保安官の視覚には備わっている。

 複合センサーが機能したその目には地面に巧妙に隠された地下要塞の扉がハッキリと映っていた。

 スターシェリフの周囲に重い金属の足音。

 スターシェリフを囲むように先ほど撃破したチンピラーとまったく同型の自動尖兵が現れた。その数、おおよそ五十。

『宙太郎。数が多い。背後に気をつけろ』

 フルフェイスのヘルメットの内側で、静かな声がした。

「分かっている。さすがに最後の戦いだからね。アクントーも出し惜しみはしないかな」

 スターシェリフ――諸星宙太郎は身体に宿った地球外生命体プライドルに応え拳を構えた。




 ほんの半年ほど前まで諸星宙太郎は普通の高校生だった。

 内向的で友人もほとんどいない彼が熱中し、時を忘れるほどに没頭したのは天体観測であった。

 ある日の夜、一人山の中で天体望遠鏡をのぞいていた宙太郎は、丸く切り取られた星空に流れ星を見た。

 ――異変が起こったのはその直後だ。

 衝撃と爆炎。

 宙太郎は為す術もなく吹き飛ばされた。

 隕石が落ちてくるなど、想像したことはあっても実際に体験するとは思っていなかった。

 目前に落ちてきた流星は大破した小型宇宙船であり、中から現れた瀕死の宇宙人プライドルは自らを銀河連邦保安局の保安官と名乗った。

 混乱する宙太郎にプライドルは告げる。地球は悪の手に狙われている、と。

 詳しく話をしようとするプライドルを遮るように、宙太郎の前に落下してくる飛行物体。

 乗っていたのは、保安官にトドメを刺そうと追ってきたアクントー一味の一体、機械化獣人ゴロッキーであった。

 目撃者である宙太郎も命を狙われるが、プライドルとメタルフュージョンし銀河保安官スターシェリフに変身することにより危機を脱したのであった。

 それが宙太郎と相棒プライドルの出会いであり、戦いの日々の始まりであった。 


 そうして今日。

 長かった戦いの日々はついに終わりを迎えようとしている。

 プライドルがアクントーの秘密要塞の在り処を突き止めたのだった。




 アクントーの自動尖兵たちを打ち倒したスターシェリフは要塞への潜入を果たした。

 襲い来るアクントーの再生機械化獣人に無数の罠。

 全てを破り、アクントー一味の首魁、ドン・ムホーの居室たどり着いたスターシェリフは重い扉をこじ開ける。

「よくぞここまで来たな。銀河保安官。そして現地人の少年、諸星宙太郎くん」

 スターシェリフを出迎えた声は重く、どことなく暗いオーラを秘めていた。

 玉座に腰掛け、悠然とスターシェリフを見下ろす巨体。

 あれが、宇宙最大のならず者、ドン・ムホーか。

 宙太郎の口を借り、プライドルが叫ぶ。

「ここまでだムホー! 銀河連邦保安局の名にかけて、キサマを倒す!」

「ふっ」

 ドン・ムホーは鼻で笑い立ち上がる。強さを極限まで求めた果て、機械化されたドン・ムホーの身体はスターシェリフの倍ほどもあった。

「保安官はそう言っているが、キミはどうかな? 諸星宙太郎くん」

「なにを――?」

 ドン・ムホーの視線はスターシェリフのコンバットアーマーを貫き、宙太郎の胸に刺さった。

「おかしいと思ったことはないか? 我々アクントーと銀河連邦保安局との差異はなんだ。その保安官をはじめ、彼らは寄生型の宇宙人だ。言にキミの身体も保安官と細胞レベルで融合し、そんな姿に変化してしまっている」

『宙太郎! 耳を貸すな!』

「それはある意味で侵略ではないかね? 今のキミは人でもあり機械でもある。もう元には戻ることは出来ない。私を倒してその後はどうする? この星の者たちはキミを受け入れないだろう。星を守るためにたった一人で戦ってきたキミのことを!」

『宙太郎!』

「私はキミを高く評価しているのだよ。さあ私の手を取れ。ともに歩もう。我々は差別をしない。キミがなんであれ同志であるのなら私はキミを受け入れよう。未来を見たまえ。諸星宙太郎くん。キミが流した血で築かれた平和な日常とやらの中で、守ったはずの人々から虐げられる未来が良いか。私とともに自由に生きるのがよいか」

「断る!」

 はっきりとした宙太郎の拒絶に、ドン・ムホーの声にわずかながらにあった温度が消える。

「……これは少し、力の差を教えてやらねばならないようだ」




 戦闘、と言うにはあまりに一方的だった。

 倒れ伏したスターシェリフのバイザーはひび割れて光を失っている。砕けた左肩のアーマーをはじめ、装甲のほとんどに亀裂が入っていた。

 満身創痍だ。

「ぐ、う、うう……」

 メタルフュージョンが強制解除され、スターシェリフは諸星宙太郎に戻る。

 スターシェリフの有機金属同位装甲は宇宙でも最高レベルの硬度と弾性を誇るが、その装甲をもってしてもドン・ムホーの攻撃を喰い止めることは叶わなかった。

「か、はっ」

 吐き出された血が、宙太郎の顔を汚す。

「ふむ。少々やりすぎたか。しかしこれで理解しただろう。私とキミとの差を」

 醒めた目で宙太郎を見下ろすドン・ムホー。

 相討ち覚悟で挑んだスターシェリフこと宙太郎とプライドルだったが、ドン・ムホーの胸に一筋の傷をつけるだけで精一杯であった。

 倒れた正義とそれを見下ろす悪。

 絶望的なまでの力の差がそこにはあった。

「しかし宙太郎くん。私のボディに傷をつけたのはキミが初めてだ。やはり、見込んだだけはあった」

 満足気に笑うドン・ムホーとは対照的にプライドルは絶望的に宙太郎の名前を呼ぶ。

『ち、宙太郎……すま、な、い……、奴がこれほどまで強いとは』

「いいんだ、プライドル……。それより、早く回復を……」

 この状況に陥ってなお、未だ諦めない宙太郎にドン・ムホーは感嘆する。

「ほお。ますます気に入った。やはりキミは私とともに来るべきだ」

「いや、だ、って言ったはずだ……」

「キミがそこまでして守っているこの星だが」 

 指を鳴らすドン・ムホー。

「!?」 

 部屋自体が鳴動しはじめ、一瞬の重力変化を感じた。

「見たまえ」

 音もなく壁がスライドして現れたのは青い星、地球だ。いかなる手段を用いたのか、アクントーの秘密要塞は地球を離れ宇宙空間に移動していた。

「美しい星だな。しかし、この星に住むキミの同胞たちは、今日も戦争を続けている。己の家とも呼べる環境を汚染し破壊し続けている。彼らのためにこの星を守っていったいなんになる? まったくの無価値だ。宙太郎くん。自由になろう」

「自由ね……」

 ボロボロの身体を叱咤し、ゆっくりと立ち上がる宙太郎。

「そうだ。何者にも支配されることのない、完全なる自由だ。素晴らしいと思わないか」

 ささやくドン・ムホーに向かって一歩を踏み出す。

『やめろ宙太郎……。これは罠だ。ドン・ムホーの罠だ』

「さあ、来るのだ少年」

 手を伸ばせばドン・ムホーが差し出す手を取れるまでの最後の一歩を踏み出しかけ、宙太郎は立ち止まる。

「正直さ、ボクにはどうでもいいんだ」

「宙太郎?」

「地球の未来とか、宇宙の平和とかスケールが大きすぎて、天体観測好きな一介の高校生ごときには荷が重いって言うかさ」

 少年の手が胸元に伸びる。指先に触れたのは、スターシェリフへの変身バッジだ。

「そんなボクにでも守りたいものがある。守りたい人がいる。守りたい未来がある!」

 ドン・ムホーの顔色が変わった。

「愚かな!? 己を犠牲にしてこの星を守るつもりか!? それはただの自己満足だ!」

「ああ、愚かな自己満足なのかもね。でもさ、人が人を好きになるってのはそういうもんだろ!」

 いつ終わるともしれない戦いの中で、宙太郎の心を支えたのは一人の少女の存在だった。

 恋人でもなく、友人ですらない。ただのクラスメイトにしかすぎない少女。

 地味で目立たず、教室では空気として扱われた諸星宙太郎に、ただ一人笑顔で接してくれた。

 ただそれだけ。

 完全な片思いだ。

 しかし、その片思いが少年の戦いの日々を支えたのだ。

 傷だらけの身体を立たせ、この瞬間まで導いたのだ。

 少女の笑顔を守りたい、そのかすかな恋心が。

「プライドル! 変身だ!」

 宙太郎の全身が眩い光に包まれ、白銀の装甲、スターシェリフが姿を現す。

 顔面を覆うバイザーはひび割れ、左肩のアーマーは砕けたまま。

 だが。

 右腕は――必殺の一撃を生み出す機甲部分だけは再生が済んでいる。

「これで終わりだドン・ムホー! ファイナルギャラクシースターノヴァマグナムパンチ!」

 狙うは、胸につけた一筋の傷。

 かすかな一点に向けて生命さえ賭した全力を解き放つ。

 ひときわ巨大な光がドン・ムホーとスターシェリフを飲み込んだ。




 その頃。

 深夜の臨海公園に一組のカップルの姿があった。

 男は大学生くらいで、少女の方は高校生ほどであろうか。

 未成年が外出するにはずいぶんと遅い時間だったが、「友達の家に泊まる」とアリバイ工作は済んでいた。

 少女は海を見つめている。

「悩みごと?」

 男が少女の肩を抱いた。

「んー。悩み、ってほどじゃないんだけど」

 少女は今日あった事を恋人に打ち明けた。

 学校でまったく親しくない男子が自分を見つめていた事。なにかを言おうとしていたが結局、何も言わずに早退していった事。その背中から、自殺でもしかねないほどの悲壮感が漂っていた事。

 男は少女を抱く力を強める。

「気にするなよ。アレだろ。惚れられたんだろ。お前って誰にでもやさしいから、そいつも勘違いしたんだろ」

「えー困るよ」

「どうして困るの? 人に好かれるって良い事じゃないか」

 少し意地悪げな余裕を見せる男に、少女は頬を膨らませて抗議する。

「だって……私には彼氏がいるし……」

「だよね」

 やがて二人の影がより深く重なった。

 夜空に流れ星が滑っていったが、二人は気づきもしなかった。


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