第一話 赤い時計
赤い腕時計。
私がこの病室で始めに拾ったもの。
赤い花びら。
私がこの病室で始めて嗅いだ香り。
錆びた鎖。
私がこの病室で始めて夢に見たもの。
赤い血。
私がここの病室で初めて流した自分の血。
目が覚めたとき、私は病室に居た。
此処のところ猛暑が続いたためなのか、今年は熱中症で倒れた人が多かった。
私もそのうちの一人である。
軽い脱水症状。
点滴ひとつで済む筈なのが何故か入院させられてしまった。
医者は一応検査をしておくと言っていたが、どうも腑に落ちない。
まぁ、用心に越した事は無いので、良しとしよう。
4人部屋の病室なのだが、その病室には私一人しか居なかった。
他の3つのベットは空。何だか寂しい気分になる。
まぁ、いい。3日もすれば退院できるのだから。
ふと、机の脇にある棚が目に付いた。上にはテレビが乗っている、何てこと無い何処の病院にでもありそうな棚。
だけど私は異常なまでにそれが気になった。
棚というより中身が。
何か入っているのではないか?その期待と好奇心が私に棚を開けるという行動に踏み切った。
キィ…
果たしてそこには私の予想通りに物があった。
私はそれを手にとってみる。
時計だ。赤いベルトの。大きさからして女のものだろう。
以前入院していた人の忘れ物だろうか?
―普通、彼氏から貰ったものを忘れていくか?―
そう思い、私は可笑しな感覚に囚われた。
何故私は、その時計が彼氏からの貰い物だと決め付けているのだろう?
自分にそんな想像をさせたその時計が少しだけ気味悪くなった。
私はその時計を封印するかのようにもとの棚に戻した。
パタン…
棚は静かに、その時計を飲み込むように閉まった。
「稲見さーん。夕食ですよー。」
看護婦が夕食を持って病室に入ってきた。
別に重症患者なわけでもないのに、病院食にお世話になるとは。
「稲見さん、これお薬です。食後に飲んでください。」
そう言われて渡されたのは2種類の錠剤だった。
私は何の不信感も抱かず、看護婦から薬を素直に受け取った。
看護婦が去った後、私は疑問に思ったのだ。
熱中症ごときで何故薬が必要なのか、と。
どうしても気になって、私はナースコールを押し、看護婦を呼んだ。
看護婦はすぐに駆けつけた。
「どうしましたか?」
私はこの2錠の薬が何なのかを訊ねた。
すると看護婦は少しだけ笑みを…と言うより愛想笑いを浮かべて
「栄養剤です。ビタミン不足との診断が出たもので。」
と言った。
確かに私は、偏った食事を今までしてきたため、ビタミンが不足しているのかもしれない。
私が礼を言うと看護婦は病室を出て行った。