彼も自分も皆、役者だった
ふと思い出したことがある。彼は俺に質問を投げかけて、俺はただ思ったことを答えとして出したことを。そして、俺が彼に同じ質問をしたことを。
『森くんはさ、僕のどこを好きになった訳?』
もっともな疑問だったと思う。一般常識から外れた間柄。外国では認められている俺と彼の気持ちも、この日本じゃ理解できない部類に分類されていて、俺たちは誰にも相談できず、互いにだって想いを伝えることを躊躇って「気持ち悪いと思われたらどうしよう」「避けられたら」「今までと同じじゃなくなったら」と次から次へと不安が絶えなかった。それを打破した今でだって不安だらけだ。
『どこがって…。具体的になんてないですよ。俺はただ、“上地さんの傍にいたい”“上地さんの笑顔を誰よりも近くで見ていたい”“上地さんといつまでも一緒にいたい”ってただそう思ってるだけなんです。それを恋と呼んでいいのか正直、疑問でしたけど、俺はそれでいいと思っていますよ』
ただ彼の笑顔が俺以外の他のやつに向けられているのを見ると無性に腹が立ったりしたから、これは嫉妬なんだと思って、彼が微笑むと胸が苦しくなって、可愛いななんて思うから、自覚するしかなかったんだ。
忘れることなんて、どうしてもできなかったから。
『じゃあ、逆に上地さんは俺のどこが良かったんですか』
いつもバカな後輩としか見てもらえてないんだ、と思っていたから。
いつも“好き”と伝えるのは俺ばかりで、上地さんからはあまり聞くことができない。
『森くん。君はさ、“人間”と“自分自身”の違いってなにか、考えたことある?』
『…と言われても』
急に話の噛み合わなくなった事態に驚く。上地さんのことだから、俺の質問に何か関係はするのだろうけど、見当もつかなくて素っ気ない言葉しか出てこなくなる。上地さんの瞳は何故か悲しげに軽く伏せられていて、“どうしてだろう”と情けない考えしか浮かばない。違う、俺は上地さんにそんな顔をしてほしくないのに。こういうとき、何も演じられない。
『僕はね。人間は皆、役者だと思ってる。“役者”という職業を背負っていなくても、人間は皆役者なんだ。だからね、僕はどういうとき“人間”っていうアバウトな種類じゃなくて“僕自身”になれるのか探してみたんだ。いつでも演じられるはずの役を何も考えられなくなるくらいまで、何も演じられない“僕自身”になるのか、って。その答えが君なんだよ』
『へ?』
『僕は君の前だと“人間”じゃなくて“僕自身”になれる。何も飾らない、何も飾れない僕自身になるのは森くんの前だけ。それが僕が森くんを好きになった理由』
頭で考えなくても、心が求めているから自分でいられるんだと役者でなくなる瞬間を細かく教えてくれた上地さんは急に真っ赤になって、顔を俺の胸に押しつけてきた。
『こんな恥ずかしいこと、言うんじゃなかった』
そう言って彼は俺の背中に腕をまわしてぎゅっと抱きついてきた。
『ふふ、上地さんかわいいです』
『かわいいとか言わないでくれる? 恥ずかしさで僕今、死にそうなんだけど』
そういう彼がまたかわいくって、愛おしくなって顔が見たいと彼を引きはがそうとしてもそうさせてくれない。相当恥ずかしいらしい。確かに彼の本音なんてそうそう聞けるものじゃないし、こうやって自分で自分がコントロールができなくなってしまうまで彼を変えてしまったのが自分だけなんだと思うと嬉しくて仕方がない。一般じゃ理解できない間柄の自分が、だ。
『なんで森くんなんだろ。不安なんてたくさんあったのにさ、今はそれをも撥ね退けて…。僕は森くんが好きすぎる。なんか、納得いかない』
『どうしてですか!』
『だって、森くんずいぶんと気楽なんだもん。僕がどれだけ悩んだか分かってる? 見てて能天気で、ムカつく』
そんなことを言っても、それが愛情の裏返しだって知ってます。だってあなたは素直じゃないから。
『俺だって気楽じゃないですよ。毎日不安です。これが全部夢なんじゃないかって…。でも上地さんが俺のことをそんなに想ってくれていたって知って、もう不安になったりしませんよ。ずっとあなたを愛していますから』
『森くんのくせにムカつく…』
『ふふ』
小柄な体はずっと抱きしめていないとするりと逃げて行ってしまいそうで、俺はそれが怖い。あなたがいない世界なんて俺はもう覚えていない。
人間がすべて皆、役者だったとしても俺のこの気持ちは無意識で演じられるほど簡単な代物じゃないんです。演じられない無意識のものが本当だっていうのなら、俺のあなたに対する気持は全部が本当です。だって無意識じゃなかったら、一般から離れた恋愛なんてしませんよ。