母と娘
三日連続更新です。
がんばった!
「ちょっ、ちょっと待って!」
私は思わず立ち上がった。母さんは未だにドヤ顔で、未だにニヤニヤ笑っている。
……ちょっと殴りたい。
「す、皇総合魔法学園って、あの超エリート学園でしょ!私が入れるわけないじゃない。しかも理由をまだ言ってない!!」
――――――――皇総合魔法学園。
日本のある離島に作られた、魔法使い育成を目的とした学園だ。島の半分は学園の敷地で、小学校、中学校、高等学校、大学、寮、研究施設などが建てられている。島の残りの敷地は、ショッピングモールなどの娯楽施設が立ち並び、学生たちや観光客で賑わっているらしい。
学園には優秀な教師が揃っており、全て学長がスカウトしてきたという噂がある。教師陣は十二家出身の者や元魔法部隊に所属していた軍人、魔法研究施設に勤務していた科学者など様々な職種、人種が勤めている。生徒の方は、かなり難しい試験を合格した者だけで、20人に1人程度しか受からない超のつくエリートだ。その合格率で運営が上手く行くのか?と疑問が出るが、毎年世界中から受験生が来るので問題はないだろう。
基本的には魔法を中心とした学園なのだが、普通の授業や部活もやっており、特に運動部が盛んだった。学校行事なども豊富で、それ目当ての観光客も少なくない。
それでも、魔法使いの中でも超エリートが行く学園なのだ。私も初級魔法なら使えるようになったが、入学するには明らかに無謀だった。
「理由なら2つある。まず1つ目、これは依頼だ」
先程の不敵な笑いを消し、母さんは急に真剣な表情で話し始めた。仕事をしている時の顔だ。
そんな母さんの態度に私は落ち着きを取り戻し、再び椅子に腰掛ける。
「仕事なの?」
「ああ。最近、十二家の勢力図が変わりそうでな。十二家の連中は他の家を没落させようと必死だ。内輪で争って何とも滑稽だが、そうするとハイエナ共が群がってくるだろう?無能な奴らが虎視眈々と、十二家に入ろうと狙っているわけだ。そこで貴様には学園に入ってもらい、十二家連中の馬鹿息子と馬鹿娘を狙うハイエナ共から護衛してもらう」
母さんは淡々と説明すると、何もない空間からクリアファイルを取り出して私の目の前に置いた。私はパラリとファイルを開き、さっと目を通す。……って
「あの……護衛対象は何人でしょうか?」
「何で敬語なんだ。護衛対象は十二家出身の奴らで、学園に所属している奴ら全員だ。30人ほどだったか?」
―――――――――――――――はぁ!?
「いやいや無理!ぜっっっっったいに無理!!いくらなんでも多すぎるって!そんなに体が別れるか!某忍者漫画みたいに影分身使えってか!それに教師も混じってんじゃん!大人だったら自分の身は自分で守りんしゃい!!」
「HAHAHA、キャラが崩壊してるぞ。ボブは相変わらず面白い反応をしてくれるな」
「笑うな!って言うかボブって誰!?」
中学校の英語の教科書に出てくる外国人か!
とりあえず、深呼吸深呼吸。
す~は~、す~は~……。
「ひっひっふぅ~、ひっひっふぅ~」
「はいそこ茶化さない」
「ちっ、もう冷静になったか」
つまらなそうな顔になった母さんは、パクリと白ご飯を口に含む。
「もぐもぐ……ごくんっ。護衛対象の詳細はそれに書いてあるから、ちゃんと目を通しておけよ。次に2つ目。どちらかと言えば、私としてはこっちが本題だ」
母さんはそう言うと、いつもでは考えられないほどの優しい瞳で私を見てきた。
「この8年間で、貴様はずいぶんと人間らしくなった。だがな、貴様には相談をする友人がいないし、普通とはかけ離れた人生を歩んでいる。はっきり言って達観しすぎだ。まだ16歳なんだし、一回は学生気分を味わっても良いと思ってな」
先程とは打って変わって、優しい声で母さんは語りかけてくる。再び空中から何かを取り出すと、そっと私の手に握らせた。
「これが飛行機のチケットだ。一応3日後だから、準備は間に合うだろ」
「母さん……」
私は少し潤んでしまった目で、育て親をこの瞳に映す。そんな私の様子を見た母さんが、思わず苦笑した。
「くっはは、何だその顔は。“黒い氷”の名が泣くぞ」
「いくらで雇われたんですか?」
「なっ!?おい!!」
「あははははははははは!!」
あぁ、こんな時に素直に感謝出来ない心が憎らしい。
本当は、感謝だけでは足りないほどに救われているのに。
――――――――3日後。
「そろそろ時間だな」
母さんがポツリと言った。
空港内では多くの人が行き交い、様々な声が混じって鼓膜に不快感を与えてくる。
私はキャリーバックを手に持ち、プラスチックの椅子から立ち上がった。
「そうだね。もう行かないと」
今でも母さんの元を離れるのは少し寂しい。でも、これは母さんがくれたチャンスだ。私は任務をこなしつつ、学園生活を出来るだけ楽しむことに決めた。
「あんまり、しつこいのは私のキャラじゃないな。ここで見送ることにしよう」
隣に座っていた母さんも立ち上がり、私の体を少し強く抱きしめる。
「えっ?ちょ――――」
思わず顔が赤くなるのが分かった。こんなことは姫島家の頃も、黒沼として生きてきた今までも経験がなかったからだ。
「しっかりやってこい」
耳元で、いつもの凛とした声で、それでも温かくなる声質でそう言ってくれた。
私も母さんの背中に腕を回し、きゅっと抱きしめる。
「うん。行ってきます」
周りの人にかなり注目されていたけど、心が温かくなったのでよしとしよう。
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