決別と出会い
新連載です。
二つが連載ものなんて……いけるか?
大丈夫だ。問題ない。
あれは、確か8歳になった次の日だったと思う。詳しい日は覚えていないが、深夜だったはずだ。
私は、姫島家当主の肩書を持つ父――――姫島 弦鶴に呼び出されていた。
父は日頃から険しい表情をしていたが、今はその顔に深い皺を刻ませ、さらに。
「どうだ。魔法は使えるようになったか」
外見に伴う威厳のある低い声で、父は私に言葉を投げてきた。
――――――――姫島家。
優秀な魔法使いを数多く輩出し、先の戦争では常に前線で戦果を挙げている。国を支える十二家の一角であり、名門中の名門だ。
「い、いえ。まだ初級魔法も使えていません……」
私は父の鋭い視線に挫けそうになりながらも、ただ結果だけを述べる。
そう、私は魔法を使えなかった。
名門の家に産まれて、この事実は笑い話にもならない。魔法使いの性能は遺伝的なもので、優秀な魔法使いの子供ならば優秀でなければならない。この家にとって私は異常だった。兄や姉、弟や妹も魔法は使えるし、双子の妹も魔法を軽々と使える。いずれも才能を開花させていた。
私はと言うと、魔法が使えないために家に閉じ込められていた。朝起きた時から魔法を扱うための勉強、訓練をして、それで一日が終わる。物心ついた時からその生活だったので、外の世界の事など書物で集めた知識しか知らない。
私の言葉を聞いていた父は、その表情を失望の色に変えていった。
「……そうか。なら、この家を出ていかなければならない」
「……はい」
8歳までに魔法を使えないようであれば家を出る。私が6歳の時、父から告げられた言葉だった。
一般家庭ならまだしも、名門に産まれてこの様だ。私の存在を世間が認知すれば、叩かれるのは目に見えている。そうなれば、姫島家の立場は危うくなるだろう。十二家は実力が伴う家が選ばれるので、その地位を狙っている者も少なくない。そういう者は十二家の落ち度を探そうと躍起になっている。
「お前は、昔から頭だけは良かったからな。理解してくれると思っていたぞ」
父の言うとおり理解はしていた。父は軽蔑の視線をこちらに向けており、厄介払いをしたいことは。
「さぁ、この家から出て行け。金は渡しておこう」
お札が入っているのだろう。封筒を懐から出した父は、私にも触れるのも汚らわしいように封筒を投げる。魔法を使っているのか、その封筒は私の足元に落ちた。それを手に取って深く頭を下げる。
「……今まで、お世話になりました」
別に、悲しいとか辛いなどの感情はなかった。この家には私の居場所はなかったのだから、逆に少しすっきりした気分だ。
父はすでに私に興味はないのか、早々と部屋を出て行った。
私はこの家を出ていくとしよう。
裏口から外に出て、当てもなく歩き続ける。持っているのはお金だけだ。姫島家と知られてはいけないので、何かを持っていくのは禁止された。裏口から出たのも目立たないためだ。
雪が降っており、アスファルトの上に積もっていた。歩くたびにシャリと音が鳴り、靴の中を冷たくしていく。
高級住宅街を抜けて街に出た。人通りは少ないが、それでもこの時間では多いほうだろう。カップルと酔った大人をぽつぽつと見かける。比較的明るく、いくつかの店は営業中だとわかった。
そこで何か買えば良かったのだろう。しかし、どの店に入れば良いか分からなかったし、そもそもお金を使い方さえ知らなかった。
フラフラと体を動かしながら歩き続ける。すでに体力は限界だった。8歳が過ごすには気温が低すぎる。疲れと寒さにより思考判断は鈍り、自覚はなかったが家を追い出されたことにより、精神的にも疲弊をしていた。
自分がどこを歩いてるのかも分からないし、足を動かしているのかも認識できない。焦点が合わず、目の前に何があるのかもわからない。
私は何もわからない。
微弱な衝撃と共に、肌を刺すような冷気を感じた。そうしてやっと視界が戻ってくる。どうやら私は倒れたらしい。
瞳に映ったのは少し汚れた雪だった。その雪が口に入ってくるが、それを吐き出す気力も残っていない。
もう、死ぬのかな。
漠然とそう思った。怖くはない。いや、恐怖を感じないほどに疲れていた。
急激な眠気が体を襲い、私は本能に従うように瞼を閉じようとする。
――――――――――――――――その時だった。
「ほう、日本でもこのような光景を目にするとは、この国も腐ったものだな」
凛とした声が鼓膜を震わした。声の主はどうやら私のすぐ傍にいるみたいだが、生憎眼球が動いてくれない。だが、瞼は再びゆっくりと開いていく。
「ガキ、貴様は運が良い。この私に拾われるのだからな。感謝しろよ。ちなみ、私がこんな善意を出すのは機嫌が良い時だけだ。よく覚えておけ」
冷たくて鉛みたいに重かった体が、ふわりと浮いた。持ち上げたのだろう。お姫様抱っこされたと気付いたのは、もう少し後になってからだ。
そして、“彼女”は私の顔を覗き込んできた。その顔は美しく、猫のように細い目が良く似合う。瞳は左右が違う色で、右が琥珀色、左が赤銅色だ。艶のある白銀の髪が私の顔にかかる。
「私の名前は黒沼格だ。ガキ、貴様の名前を聞こう」
それが私――――姫島奏と“彼女”との出会いだった。
小説を一人でも多くの人に読んでもらえたら嬉しいです。
感想や誤字の指摘などもよろしくお願いします。