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兄の話  作者: なみあと
Ⅲ 遊園地の話
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二 遊園地の話




 小さかったので、あんまり細かいことは覚えてないですけど。

 そう、あそこに行ったのはたしか、小学校に上がるくらいでしたね。まだ幼稚園だったかな? そうですそうです、幼稚園の親子遠足だったはずです。……あれ、お兄さん、親子遠足知りません? 時代ですかね時代、やっぱりお兄さんと私じゃカルチャーショックが……痛ったァっ!

 ……親子遠足っていうのは、園児だけじゃなく、その親も一緒に行く遠足のことです。お父さんが着いてきていたお家もありましたけど、やっぱりっていうか、あんまり数は多くなかったですね。行き先が毎年同じかどうかまでは知りませんけど、私たちのときはその遊園地でした。お昼を食べた後は自由時間になっていて、仲良しの友達とそのお母さんとで、一緒に遊園地を回ったんです。

 そのときに行ったアトラクションのひとつが、そのお化け屋敷でした。そうそう、パンフレットに書いてあるかと思うんですけど、館は海外で実際に使われていたものを解体して運んできたそうです。建物の左の方に教会みたいな感じのとんがった屋根がついていたりして、水色と白を基調とした、外から見る分にはとてもかわいいお屋敷でした。

 他にも、使用している小物や、お化けの服装なんかにも拘りを重ねているみたいです。そのせいか知らないですけど、椅子とかテーブルの脚が、くにっ、ってエス字型に曲がってるのが多かったです。ええっと、ほら、よく絵本に出てくるお姫様のお部屋にある家具っていうか、アンティークな感じの。でも、お化け屋敷のおどろおどろしい雰囲気のせいで、そっちは、かわいいとかそんな風には思えなかったですねえ……

 ……あ、デザート来ましたよお兄さん。えっすごい、可愛いー。カラメル固めて作ってあるのかな。食べてもいいですか? え。これ食べたらちゃんと続き話しますから。いいですよね? ……わ、わかりました、わかりましたからそんな怖い目で睨むのやめてください。

 ええと……それで、ですね。

 建物に入って、まず出てきたのは女性の方でした。メイドさんというか、女給さんっていう感じでしたね。最近流行しているような鮮やかな服装ではなく、本職のというか、薄青の落ち着いた感じの洋服を着た方で、火の点されたキャンドルを持っていました。その人の案内で、薄暗い館の中を導線に沿って一周するような手筈なんだと思います。私のときはゴール前に大騒ぎになっちゃいましたから、どんな終わり方をするのかは正確には知らないですけどね。

 そうだ、私は凄い怖かったですけど、ぶるぶる震えてしがみつく私に、お母さんは「大丈夫よ」って笑いながら言ってましたから、大人にはたいしたものではないのかもしれません。

 ああ、それから今、『メイドさんがキャンドルを持っていた』って言いましたけど、実際、明かりは館内のそこかしこにあって、もちろんお化け屋敷としての薄気味悪さを演出する程度の暗さはありましたけど、それがないと見えないというほどではなかったので、キャンドルは単に雰囲気作りのものだったみたいです。

 お化け屋敷の中で、今でも覚えているところが三箇所あります。




 一箇所めは、食堂です。

 メイドさんの先導で廊下を歩いて――ああ、この廊下も怖かったですよ。全体的に煤けているんですが、あちこちに飛び散った血の跡のようなものがあったり、花瓶が倒れていたり、首の取れたセルロイド人形が転がっていたりして。

 とにかくそんな廊下をずっと歩いていって、一階の奥にある大きな扉を押し開けると、そこには食堂がありました。

 結構広めのお部屋でした。暖炉には火はくべられておらず、壁に掛けられていたはずの二つの絵は、片方は斜めに傾ぎ、片方は床に落ちていました……白いテーブルクロスはところどころ黒い染みがあって、食べこぼしかな、お行儀が悪いななんて思ったんですけど、友達がそれを見て「この染み、血みたいじゃない?」って言ったのを聞いて、悲鳴を上げて遠ざかりました。

 ええっと、一番奥の席に、骸骨が座っていました。メイドさんがそれに近づいて骸骨を手で示して「こちらがお館のご主人様です。ご挨拶しましょう」なんて言うから、不気味で不気味で。

 だけどメイドさんが「ご主人様はきちんとご挨拶できない人にはお怒りになりますよ」ってことを言うので、友達は元気よく、私は涙目になりながら「こんにちは」って言うと、背後で突然、がたこん、って何かが落ちる音がして。叫んで振り返ると、斜めにかかっていた方の絵が床に落下していました。

 それを見たメイドさんが淡々と「ご主人様が歓迎の意を示してくださいました。次の部屋に向かいましょう」と言って歩き出し、それに付いて私たちは部屋を出ました。




 二箇所めは子供部屋です。メイドさんがこの部屋を「こちらはお嬢様のお部屋です」って紹介したんですけど、可愛らしい家具や玩具のたくさんあるお部屋になっていました。とはいえ、まあ、それらもまた埃っぽくなっていたんですけど。

 この部屋は、ドアからして怖かったですね! 何せドアには、真っ赤な手の跡がべたべたべたべたあって一杯付いてたんですから。手の大きさは当時の私と同じくらいだったので、きっと子供の幽霊を連想させるようにしていたんだと思います。そろそろと入ると、部屋中にはクレヨンか何かでらくがきされていました。私たちはそれはなんとも思わなかったんですけど、お母さんたちが気味悪がってました……え? 「心霊云々じゃなく、家に落書きされること自体を怖がってたんじゃないか。お前、ガキの頃、クレヨンやマジックで家の柱にいたずら書きとかしたことないか。キャラクターシールべたべた貼ったりして親に叱られた記憶は?」って? ああ……うう、いえ、否定はできませんけど……

 そ、それはともかく、ですよ。

 部屋のタンスの上には、犬のぬいぐるみが、こちらに背を向けて置かれていました。かわいいっと思って私がぬいぐるみに手を伸ばした、ちょうどそのとき、部屋中のものがガタガタ揺れだしたんです。ええっと、そういうのなんて言うんでしたっけ――「ポルターガイスト?」あ、ハイ、それです。ぽるたーがいすと、です。

 タンスも大きく揺れて、その拍子にぬいぐるみが私の足元に転がってきました。しばらく後に揺れが収まって、落っこちちゃってかわいそうにってぬいぐるみを拾い上げたんですが……なんとも。それのお腹は刃物か何かで大きく裂かれていて、そこに大人の手が――作り物ですけど――が押し込まれていました。ぎゃあって叫んで放り投げると、メイドさんが困った顔で「お嬢様のおもちゃを粗末にしては、お嬢様が怒ってしまいます」って言うので、ぼろぼろ泣きながら、ごめんなさいって謝りました。

 そうそう私、その頃、お気に入りの犬のぬいぐるみがあったんですけど、そのあとしばらくは、夜は廊下に出して同じ部屋で一緒に寝ないようにしていましたねえ。お化け屋敷がそれだけショックだったし、怖かったんですよ。いやまったく、当時の私ってば純粋ですね。かわいいですね。ほんとかわいいですね。かわいいでしょ? かわいいって言ってくれてもいいんですよ?

 ……ハイ。続けます。




 他にも壁からいきなり無数の手が飛び出して来たりとか、いろいろな脅かしがありました。友達は怖がってましたけど、気丈に進んではいましたね。私はもう我慢できなくて、ぴゃあぴゃあ泣きながら「帰ろうよ、帰ろうよ」って母に縋りついてました。緊急用出口なんてないので、どっちにしろ進むしかなかったんですけど。

 で、三箇所めは、階段です。

 階段というか、階段の踊り場ですね。そこに鏡があって、それが凄い怖かったんです。母と友達は、鏡なんて気にしないでさっさと先に行っちゃったんだけど、少し遅れていた最後尾の私だけが、その前で足を止めました。鏡の大きさは、当時の私より少し大きいくらいだったから、だいたい一メートルあるかないかくらいかと思います。

 鏡って言っても、鏡に見せかけたガラスみたいなものだったんでしょうね。鏡には私や友達の姿も映ってはいましたが、少し奥に、男が一人、俯いて床に座っているのが映っていました。背後を見ましたけど、そこには誰もいなかったんで、鏡に何かの細工がされていたんだと思います。

 何だろうってじっと眺めてしまった私も悪かったですね……その男、いきなり顔を上げると、ニヤって笑って――突然、自分の腹を、右手に持っていた短刀で突き刺したんです。

 突然のことに驚きすぎて、声も出なくて、足も竦んじゃって。先に行ったお母さんたちを呼ぶことも出来ないでいたら、今度はその男の頭が落ちたんです。それはもう、ゴロン、って!

 お腹と首から勢いよく血が吹き出していて、鏡の中が真っ赤に染まって。そのまま私のほうに転がってきた首と目が合って、それが私を見てまた笑って……もう私はそれだけでもいっぱいいっぱいだったんですけど、友達の、きゃあっていう声が聞こえて二階を見ると、そこでは首を吊った女がぶらぶら揺れていたんです。

 鏡の中には生首で、階段の上には首吊りで。

 もう限界でした。嫌ぁって叫びながら階段駆け下りてって、それに気づいたお母さんが私を呼んだんですけど、構わずに逃げたら足踏み外して、盛大に落ちて。それに気づいた脅かし役のスタッフが、慌てて駆け寄って来てくれたんですけど、その人はその人で頭から血糊べったりで、逃げたくても足が痛くて動けないしで……思いきり叫んで。

 そのまま気を失って、気がついたら、救護室のベッドにいました。




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