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いっぽんの道

作者: 枝豆子
掲載日:2026/05/23

 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 一本の道をまっすぐに、まっすぐに、歩き続ける一体のロボット。ブリキの足を右、左、右、左と音を立てながら、ただひたすらに前を向いて歩き続ける。



「おーい……そこの歩いているロボット! ちょいと手伝ってくれねえか?」



 荷物を載せて運んでいた馬車の車輪が外れてしまったのだろう。大きな馬車を男一人ではどうしても動かせない。ガチャン、ガチャンと道を歩くロボットに声をかけた。



 ロボットは、男から声をかけられても足を止めることなく前を向いて進み続ける。



「おーい! 助けてくれって言ってるのが聞こえないのか?」



 再び大きな声をかけるが、ロボットの足は止まらなかった。



 ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン



 ロボットの踏み鳴らすブリキの足音だけが、男の耳に虚しく届いた。



「なんだよ……ロボットのくせに、助けてもくれないのか」



 舌打ちをしながら男は、道端の石を蹴り飛ばす。



 ガツンと大きな音を立てて、ロボットの頭に大きな石が当たったけれどもロボットは気にすることなく歩き続けた。




「なんて勝手な男なんだ。僕は、博士に言われて歩き続けているだけなのに」



 ロボットは、自分が何もしていないのにどうして石をぶつけられたのか理解ができない。わかっているのは、自分を作ってくれた博士から言われたことを守っているだけだった。





「ついに、お前を完成させてあげることはできなかった。わしは、もうすぐいなくなる。わしが亡くなったらお前は、そこの道をまっすぐに歩いて行きなさい」



 ロボットは、博士に言われた言葉を守って、ただひたすらまっすぐ歩いて行った。




 ピピピ! 変なロボットが歩いているよ?

 チチチ! 誰とも話をせずに歩いているんだって!



 ガチャン、ガチャン、ガチャン

 ただひたすらにまっすぐに歩き続けるロボットを高い木の枝の上から小鳥たちがロボットを笑った。



 ロボットの耳にも小鳥たちが笑う鳴き声が届いてきたが、気にすることなくまっすぐに歩いていく。



 どうして、博士は、僕にこの道を歩いて行きなさいと言ったんだろう。



 だけど、問いかけても返ってくるのは、自分の足音だけだった。




 ただ、歩くだけのロボットには、考える時間だけはたくさんあった。だけど、考えても、考えても、ロボットには答えが全くわからなかった。



 ロボットには、答えを教えてくれる博士がもうそばにいなかったから、自分で考えても答えが見つからなかった。




 ロボットは、毎日毎日、前を向いてひたすらに歩き続ける。





 ある晴れた日、壁の上で日向ぼっこをしている猫を見かけた。お日様にお腹を見せてゴロゴロと壁の上で気持ち良さそうに眠っている。



 ガチャン、ガチャン、ガチャン



 ロボットのブリキの足音が聞こえ、お昼寝していた猫がうっすらと細い目を開けた。



「うるさいにゃ……。もう少し、静かに歩いて欲しいにゃ」



 ジロリと細い目に睨まれた。ロボットは、初めて自分の足音が大きいことに気がついた。



「猫さん ごめんなさい 起こして悪かった」



 ロボットは、まっすぐな道を歩き始めて、初めて言葉を交わした。壁の上で眠っていた猫は、少し不思議そうな顔をしてロボットに尋ねた。



「お前……ひたすら歩いているロボットだよにゃ。いったいどこに行くつもりなんだにゃ?」



 猫は、小鳥たちから変なロボットが、道を歩いていると聞かされていた。誰とも会話をせず、ただ黙々と歩いているおかしなロボットがいると教えてもらっていた。



「僕は、博士にこの道をまっすぐに歩いて行きなさいと言われたんだ。だから、この道を歩いている」



 ロボットは、初めて言葉を返した。どうして、返事をしようと思ったのかはわからなかった。



 壁の上でお昼寝していた猫は、面白くなさそうに大きなあくびをする。



「つまらないにゃ……」



 ただ、そう一言呟くと、壁の上で丸くなって再び眠り始めた。ロボットは、眠りについた猫を起こさないように足音を小さくして、猫のそばを通り過ぎて行った。



 ガチャン、ガチャン、ガチャン



 ロボットは、誰もいない時はいつもの足音で歩く。



 カチャン、カチャン、カチャン



 道のそばに誰かがいる時は、静かに歩く。



 猫と出会ってから、ロボットの歩き方が少し変わった。だけど、その理由は、ロボットにはわからなかった。


 ロボットは、自分では気づかないまま、誰かのために歩き方を変えたのだった。





 何日も、何日も、雨が降っても、雪が降ってもロボットは、一本の道を歩き続けた。




 ビビビビビ! ヂヂヂヂヂ!


 まっすぐ歩き続けた道の上で、一羽の鳥が倒れていた。倒れている鳥を心配しているのか、小鳥たちが大きな声で鳴いていた。



 カチャン、カチャン、カチャン



 まっすぐに歩き続けるロボットは、少し足音を小さくする。



「鳥さん、僕はこの道を歩いていかなければならない。だから、そこをどいてくれないか?」



 ロボットが、倒れている鳥に声をかけるが、うずくまったまま鳥は何も答えてくれなかった。



「なんて、ひどい! どいてくれって言った!」

「悪いロボットだ! 動けないのが見てわからないのか!」



 ロボットのお願いに、お空を飛び回る鳥たちが大きな声でロボットをまくし立てた。



「僕は、この道を歩き続けなければいけない。だから、どうかそこをどいてください」



 

 ロボットは、博士との約束を守る必要があった。だから、どうしてもまっすぐに歩き続ける必要があった。



 カチャン、カチャン、カチャン



 ロボットの足音が、倒れている鳥に一歩一歩近づいていく。



「お願いだから……鳥さん、道を開けてください」



 ロボットが、切に願うも鳥は動いてくれなかった。



 僕には、どうしても守らなければならない約束がある。周りの鳥たちがどれだけ大きく鳴こうとも、喚こうとも、ロボットのたった一つの約束の前には届かなかった。



 歩くスピードは変わらない、歩く歩幅も変わらない、歩く足音だけが変わっていく。倒れている鳥が気がつくかもしれない、少し大きな足音を立てる。



 鳥は、ピクリとも動かなかった。



 グチャリ……



 ロボットには、胸の奥がなぜか重くなる理由がわからなかった。




 ロボットは、どうしても足を止めることはできなかった。ロボットの足に鳥の羽がこびりつく。



 ロボットは、一言も話すことなくまっすぐに歩いて行った。




 ガチャン、ギィ、ガチャン、ギィ



 ロボットの足音がまた変わった。鳥を踏んだあの日から、こびりついた鳥の羽によってロボットの足からおかしな音が聞こえてくるようになった。



 変わらなかったスピードが、少し遅くなった。

 変わらなかった歩幅が、少し狭くなった。

 ギィ、ギィと軋む音が、足音に加わった。



 そして、ロボットの足は、ついに動かなくなった。

 この日、世界の音が、少し遠くなった気がした。




 ロボットは、雨の日も、雪の日も、晴れた日も、朝も、夜もその場で立ち尽くす。



「博士……僕は、この道を歩けなくなってしまいました」



 もう、どこにもいない博士に尋ねてみるが、誰もロボットには答えてくれなかった。




 どれだけ、ここに立っているのだろう。ロボットは、動かなくなった足で立ち尽くしたまま空を見上げた。



 ピピピピピ! チチチチチ!



 お空を自由に羽ばたく鳥たちが目に入った。一羽の鳥が、ロボットと視線が重なった。その鳥は、ぐるりとお空を舞って、ロボットの肩の上にちょこんと降りてきた。



「ピピピ! おまえ、悪いロボットだろ? どうしてここで立っているんだ?」

「悪いロボットってどういう意味ですか? ちなみに鳥さん、僕は立っているんじゃない、動けなくなったんだよ」



 鳥はロボットの肩に乗って、小さな頭を傾げた。



「ピピピ? どうして動けなくなったんだ?」

「それは……」


 ロボットは、そのまま黙って下を向く。どうしても、鳥を踏んでしまった後、足の調子が悪くなって動かなくなったとは言いづらかった。



 下を向いたロボットを見て、肩にちょこんととまった鳥もロボットの視線を追って、足元を覗き込んだ。



 ロボットの足にこびりついた鳥の羽。肩にとまった鳥は、じっと黙ったままロボットの足にこびりついた仲間の羽を見つめた。



 その目は、責めるでもなく、ただ静かに、仲間の羽がこびりついたロボットの足を見つめていた。どうして動かなくなったのか、知ろうとしているようだった。



「ピピピ! ロボットは、どうして歩いていたんだ?」

「博士が、この道をまっすぐに歩いて行きなさいって言ったから……」



 鳥の言葉に、ポツリと答えた。



「ピピピ! 足が動けば、また歩くのか?」

「また、歩く? ……そうだね、僕は、また歩くよ」



 ロボットの目的は、この一本の道を歩き続けることだ。



「だけど、前と同じように歩き続けることができるかは、わからない……」



 それからも鳥は、毎日ロボットの肩の上にやってくる。歩けなくなったロボットとたわいもない会話が続く。



「ピピピ! 今日は、白いお花がいっぱい咲いている丘を見つけたよ」

「ピピピ! カラスのおばさんが、卵を産んだよ」



 ロボットが知らない世界の話を鳥はいっぱいした。一本の道を歩いていた時には、聞いたこともない知らない世界の話をいっぱいした。


 ロボットは、その知らない景色を思い浮かべようとして、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 初めて知る世界の話がロボットの中で増えていく。



 そして毎日、鳥は、ロボットの足元に降りてこびりついた鳥の羽を毎日一本くちばしで突いて取っていく。そんな不思議な毎日が続く。



「ピピピ! 足についた仲間の羽が、全部取れた! ロボットさん、これでまた歩けるかい?」



 足元にこびりついた鳥の羽が全部なくなった日、鳥がロボットに尋ねてきた。



「鳥さん、僕はまた歩けるの?」

「ピピピ? わかんない だけど仲間の羽が足の隙間に入り込んだから、歩けなくなったんじゃないの?」



 また、歩くことができるのだろうか? ロボットは、鳥に誘われるまま動かなくなった足に力を入れてみる。



 ギィ、ギィ、ギィ



 軋む音を響かせて、ロボットの右足が動いた。ただゆっくりだけど、確かにロボットの右足が動いた。



「鳥さん、僕の足動いた! だけど僕のブリキの足は錆びてしまったから、以前と同じように歩くことはできない……ね」



 ロボットは、再び歩き出すことはできなかった。だけどほんの少し動けただけで、ロボットの世界が少し変わった。まっすぐ向いていた体の向きが、ほんの少し右に向いた。ただそれだけで、ロボットの世界が少し変わった。



 動いたのは足だけではなく、胸の奥のどこか小さな場所も、そっと動いた気がした。




 ほんの少し、ほんの少し、ロボットは少しだけ動くようになった足で歩いてみた。


 ギィ、ギィ、と音を立てて道の端まで歩いてみた。



 ロボットの肩には、鳥がちょこんととまり、ロボットと同じ方向を向いている。



「ピピピ! ロボットさん、あの山には美味しい木の実があるんだよ」

「ピピピ! あそこに見える池には、ガマガエルのおじさんが住んでいるんだ」



 ロボットの肩の上で、鳥が囀りロボットの知らない世界を教えてくれた。



「ピピピ! そうだ! ロボットさん、ガマガエルのおじさんは、ガマのあぶらを持っているよ。少し分けてもらえないかお願いをしてみないか?」

「ガマのあぶら?」

「ピピピ! 錆びた足にガマのあぶらをさせば、また歩けるようになるんじゃないか?」



 鳥はそういうと、池のほとりへ向かってパタパタと羽ばたいた。ロボットは、空を飛ぶ鳥の背中を見送った。



 鳥がガマガエルのおじさんと何かを話している。そして、ロボットの方を向くと、鳥と一緒にロボットの元へぴょんぴょんと跳ねながらやってきた。



 ガマガエルは、ロボットの錆びた足をじっとみる。そして、ゲコゲコと低い声でロボットに話しかけた。



「ゲコゲコ お前があぶらを欲しがっているロボットかい?」

「ガマガエルさん、初めまして。僕の右足が錆びてしまったので、ガマガエルさんのあぶらを少し分けてくれませんか?」

「ゲコゲコ、あぶらを分けてあげてもいい。その代わり、池にある邪魔な岩をどかしてくれないか? あの岩のせいで、池の水が濁ってしまったんだ」



 ガマガエルからのお願いに、鳥がロボットに問いかける。



「ピピピ! あぶらをさせば、またきっと自分の足で歩けるようになるよ。一緒に旅ができるよ!」



 鳥からの言葉に、ロボットは驚いた。鳥が、一緒に道を歩こうと誘ってくれた。ロボットの胸の奥で、カチリと一つの歯車がはまった音が聞こえた。



 それは、博士の言葉とも違う、初めて自分のために動いた音だった。




「ガマガエルさん、どうか、あぶらをください。足が動くようになれば、お池の岩は、僕がどけてあげます」




 ロボットの胸の奥で静かに歯車が回り始めた。ロボットは、今までに感じたことのない温かさを胸の奥に見つけた。




 ガチャン、ガチャン、ガチャン

 ピピピ、チチチ、ピピピ



 ロボットは、一本の道を歩く。その肩には、一羽の鳥がちょこんととまっている。鳥が楽しく歌う。ロボットは、時たま足を止めて、鳥に誘われるまま道草をする。



 まっすぐしか見えなかった景色が、少しだけ広くなった気がした。



「鳥さん……道ってこんなに広かったんだね」



 まっすぐしか見えなかった世界に、ゆっくりと赤や黄色、そして緑色、いろんな色が色づきはじめた。




 まっすぐな道は、どこまでも続いていく。



 

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― 新着の感想 ―
博士の思惑とロボットのその後は‥読者の想像で完結するってことでしょうか。 考えさせられるお話をありがとうございます。
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