7 再開
悲観にくれるセシリアに遠慮してか、『エヴァーグリム初の英雄、マグヌスの故郷』というお祝いムードには、ならなかった。
ただ、それは昼の街の話だ。 夜の街、飲み屋街は相当な盛り上がりを見せていた。
マグヌスと同期で、同じ戦地に赴いた者たちの喜びようといったらなかった。
彼らの武勇伝は、飽きることなく語られている。
そんな状況なので、セシリアはだんだんと腫れ物扱いされるようになった。 元貴族という事もあったかもしれない。
『お祝いぐらい、したいのに』と、聞こえるように言われたときは、さすがに堪えたようだ。
次第にセシリアの足は街から遠のき、優しい仲間のいる仕事場と、馴染みの食堂とフランゲル家の近辺しか、彼女は出歩かなくなった。
そして、エヴァーグリムの街の街灯に『英雄マグヌスの故郷』といった垂幕がなびくようになった。
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子供たちがオレンジ色の布を頭に巻いて、剣を振り回しマグヌスごっこをするようになる頃には、セシリアの心は平穏を取り戻していた。
ただ、心の隅はチクチクと痛み、イライラは募る。
毎日のようにマグヌスたち英雄の記事が新聞の紙面に載っていたが、以前のように心は騒がない。
そんなある日、セシリアの働く洋裁店の前に、一台の馬車が停まった。 王都から離れたエヴァーグリムの街に、貴族の馬車は珍しい。
馬車から降り立った令嬢は、小走りで店内に入ると、近くにいた店員に声をかける。
「ここに、『セシリア』という名の女性はいない?」
「失礼ですが……」と、訝しげに答えた店員に彼女は伝えた。
「ウルリカよ。 彼女に伝えて。 マグヌスに会いに行くわよって」
――そんなこんなで二人は今、洋裁店の応接室にいた。
「なんで、手紙の一つも出さないのよ。 セシリアを捜すのが、どれだけ大変だったか」
「だって、仕方なかったのよ。 平民からの手紙が、貴族の元に届くわけないじゃない」
「それでも、セシリアって書いてあれば届くわよ。 うちの使用人を馬鹿にしないでほしいわ。 私の両親も、どれだけ心配していたか」
ウルリカは心配が高じ、怒りになったようで、腕を組みながらプンスカしている。
救護団の手伝いが終わり、タウンハウスに戻ったウルリカは、そこでセシリアの両親の事故を知った。 葬儀にも参列してくれた事を、セシリアは覚えている。
ただ、『忙しいだろう』と考えたウルリカたちは、セシリアに声をかけずに帰った。
「それが間違いだったみたいね」
ウルリカはセシリアの顔をのぞき込む。
「なんで、平民なんて選択を選んだのかしら。 一旦、うちの養女になってマグヌスの帰りを待てば良かったのよ。 うちにしとけば、おかしな縁談なんて湧いてこなかったのに。 母が、どれだけ後悔しているか……」
セシリアは苦笑いをするしかなかった。 確かに、親族たちの縁談話は、自分を駒にしていた。
その時は、平民になってマグヌスを待つのが最善だと思っていたのだ。 ウルリカに相談する余裕があれば、未来は変わっていたのだろうか。
「とにかく、来月開かれる夜会に、絶対連れて行くから。 一度、マグヌスと話し合いなさい。 どうせ、かってに自己完結してるんでしょ? あの時の勇気、もう一度見せてよ」
「今さらだわ。 連絡も寄越さないんだから、そういう事でしょ? もう、過去なの。 それに、私が夜会に出られる訳ないじゃない」
淋しげに笑うセシリアに、ウルリカはニヤリとする。
「私、今、王宮侍女として働いてるの。それに、父も昇進したし、セシリア一人紛れ込ませるのなんて、簡単よ。 とりあえず、行くわよ」
セシリアの手を取り、ウルリカは立ち上った。
「行くって、何処へ? 仕事があるわ」と断るとセシリアに「決まってるじゃない。 王都へ戻るのよ。 仕事の事は何とかする」と、得意げにウルリカは答えた。
――急に「王都へ行く」と言い出したウルリカの提案は、セシリアの想像とは違う方向へと進んだ。
ウルリカの提案を聞いたオーナは、彼女よりも乗り気で、「セシリアが刺したシャンパンゴールドのドレスを仕立て直す」と張り切りだした。
確かに、セシリアのプラチナブロンドの髪にシャンパンゴールドのドレスは上品で魅力的だった。
そうして、セシリアはウルリカに連れられ王都へと向かう事になったのだ。 気が付けば、両親の葬儀を終え、約ニ年が経っていた。




