6 戦争後
マグヌスとの愛を確認しあったセシリアが、王都に戻ってしばらく経ったある日、不幸が彼女を襲う。
彼女の両親、フランゲル夫妻が事故に巻き込まれ亡くなったのだ。
嫡男のいないフランゲル家は断絶し、領地は王家預かりとなってしまった。
セシリアには、数人の貴族から婚姻の話が上がっていたのだが、マグヌスを待ち続ける彼女は、その全てを断った。
心配した親族から養女の話や、王宮侍女の話も出たのだが、「マグヌスがエヴァーグリムに戻ってきた時、自分がいないのは申し訳ない」と、その話も断り、ただのセシリアになる事を決めてしまった。
それ以降、彼女と親族の間はギクシャクしている。
――直ぐに終わるはずだった戦争は、燻り続けたのち、やっと終戦を迎えた。 セシリアたちが王都に戻った半年後の事だった。
だが、いまだマグヌスとセシリアの婚約は成立していなかった。
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マグヌスを待ち続けるセシリアは、今日も郵便局へと向かう。 (彼からの手紙が届いているかもしれない)と、彼女は毎日、郵便局に寄るのだ。
だが、今日も何の便りも無かった。
あの戦地で別れてから、数回手紙のやり取りがあったが、どれも冷めた内容だった。
以前の反省をふまえ、セシリアは愛を、恋心を、寂しさを綴っていたのだが、返事は以前にも増してつまらない物だった。
『特別任務中だから、詳しい事は話せない』
それだけだった。 『愛してる』も『会いたい』もない。 もちろん『寂しい』も。
それに、フランゲル伯爵家の事情は、新聞の訃報欄にも載った。 セシリアから手紙も出したのだが、一向に返事が来ない。
(もう、自分は平民なのだから、いつでも結婚できるのに)
セシリアには、もう何も無いのだ。 マグヌスへの恋心以外には。
王宮の領主代理が入った旧フランゲル家の前を通ると、門越しに懐かしい人々が声をかけてくれる。
一言二言言葉を交わし、セシリアは仕事場へと向かう。
昔から懇意にしていた洋裁店のオーナの好意で、お針子として働いているのだ。 貴族令嬢としての趣味、刺繍の腕が役にたっていた。
マグヌスへの愛を貫き平民となったセシリアを、エヴァーグリムの人々は応援してくれていた。
だが、そのマグヌスからの婚姻の申込もなければ、今や手紙も来ない。 彼が何処で何をしているのか、何も分からない。
そんなある日の休憩時、セシリアはお針子仲間たちと入った食堂で、何気なく置かれていた新聞を手に取った。
そして、一面に載っている記事に目を通し、立ちすくむ。
先の戦争の祝勝会と爵位の授与を祝う夜会が、開催される事が書かれていた。 その爵位授与の一覧にマグヌスを見たのだ。
そして、その記事で初めて、マグヌスが侯爵家に身を寄せている事を知った。
「なんで?」
喜びよりも怒りがわいた。
セシリア自身にも分からない。 爵位を得たのだから、喜んでも良いものなのだが。
新聞を握りしめ、可愛らしい顔を歪めるセシリアに気が付いた同僚が「どうしたの?」と言いながら、横から紙面をのぞき込む。
そこに書かれた内容に、彼女たちも絶句した。
「ちょっと何?」
「無事に戻った事も、侯爵家にいる事も、爵位の事も……、なんでセシリアに連絡がないの?」
「帰ったなら帰ったで、連絡できたわよね?」
「それより、セシリアの両親の事よっ!」
「なんなの? あの子って、そんな子だったかしら?」
しゃくり上げるセシリアの瞳から、ポロポロと涙が止まらない。
(マグヌスは連絡できなかったんじゃない。 連絡したくなかったんだ。もう、私の事……、好きじゃないんだ)
当然セシリアには、マグヌスに嫌われた理由が分からない。 最後に会ったのは、あの夢のような一夜なのだ。 あれが最期だなんて、想像できるだろうか。
この時初めてセシリアは、貴族の身分を捨てた事を後悔した。
貴族であれば、祝勝会の案内が届いたはずだ。 だが、その前に、マグヌスが侯爵家に身を寄せていることも、どこかの茶会や夜会で耳にしていただろう。
セシリアはマグヌスとの間に出来てしまった壁を再認識した。 そして、マグヌスが爵位を得る事に執着していた理由が、分かったような気がした。
(私が、バカだった)
セシリアは、泣き崩れた。 マグヌスとの未来が無くなっていた事もそうだが、自分の浅はかさに呆れていた。
彼の努力に、必死さに、少しも気づいていなかったのだから。
彼が必死に乗り越えた壁が、今度はセシリアの前に立ちはだかる。 が、それを乗り越える術をセシリアは持たない。




