4 和解
その女、エマと名乗った彼女に連れられてこられたのは、昨晩マグヌスがいた建物の隣にある、これまたみずぼらしい小屋だった。
今にも朽ち果てそうな椅子やテーブルの向こうに、この部屋に似つかわしくない立派な姿見と派手なドレスが見えた。
一応、椅子を勧められたが、セシリアは首を振り断った。 酒場のすえた臭いにキツイ香水が混ざり嘔気を誘う。
「あんたみたいに平和ボケした小娘には分からないだろうけど、戦場ってのは酷なんだよ」
タバコの煙をくゆらせ、エマは気怠げに話始めた。 セシリアが聞こうが聞かまいがお構いなしのようだ。
「生きている事を実感したいんだか知らないけどさ、特に帰還後なんてケダモノだよ、ケダモノ」
「………」
黙り込むセシリアの顔に、エマは煙を吹きかける。
「何が言いたいかっていうと、あたし達はこれが仕事なんだよ。 だから、あたし達とあんたのいい人との関係なんて、悩む事ないの。 それに、見てご覧。コレ」
いきなりエマはドレスの裾をまくり、太腿をあらわにした。 驚くセシリアを置き去りに、彼女が指さす先には、小さなホクロがあった。
柔らかそうな内腿に、小さな小さなホクロが。
何が言いたいのか分からないセシリアは、ホクロとエマの顔を交互に見ていた。
「だから、あんたにもあるんだよ。 おんなじ所にホクロが。 見てご覧よ」
そう言いながらエマは、顎で奥の姿見をシャクる。
恐る恐る姿見に近づき、ソロソロとセシリアはスカートの裾を上げる。 が、ホクロなんて無かった。
その時、カツカツと足音を立てエマが近づいてきた。
「違うよ。 もっと上げないと」
そう言って、セシリアの太腿を上げた。 すると、確かにホクロが見えた。 姿見に戸惑うセシリアの表情と、内腿のホクロが映る。
「何度、あんたの名前を呼びながら、ココに口付けられたか」
呆れたように溜息をつきながら、エマが言う。 その言葉を聞いて、理解した瞬間、セシリアの瞳から涙がこぼれ落ちる。
何故、泣いているのか。 セシリアにも分からなかった。
「まぁ、不潔だ。って許せない人もいるから……。 もし、少しでもアイツに気持ちがあるなら、最後に一度会っていってやってよ。 アイツ、ずっと言ってた。 爵位をもぎ取って結婚するんだって。だから、絶対に死ねない。って」
いつの間にかセシリアは、くたびれたソファーに座りエマに頭を撫でられていた。
そして、帰り際にセシリアに言う。
「昨日と同じ部屋で待ってるから」
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「で、行くわけ?」
帰りが遅いセシリアを心配していたウルリカは、不機嫌に彼女を問い詰める。
セシリアが娼婦と姿を消してからのウルリカは、彼女たちが気になりすぎて、普段はしない失敗を繰返して、救護員たちに呆れらていたのだ。
やっと帰ってきたと思ったら、その娼婦にそそのかされ、マグヌスに会いに行くと言う。 呆れてものも言えない。
「行こうと思う」
「正気なの?」
セシリアとしては、マグヌスを受け入れるにしても、あきらめるにしても、一度キチンと向き合って話合いたかった。 悔いを残すような別れにはしたくなかった。 今後のためにも。
やっぱり彼が好きなのだ。
「後悔しない為にも、行ってくる。 自分の気持ちに正直になってくる。 マグヌスの考えもた確かめてくる………」
そして、ウルリカをジッと見つめた。
「なに?」
「―――もし、私が使い物にならなくなってたら、後始末、頼んでもいい?」
ウルリカはセシリアをギュッと抱きしめた。
「当たり前じゃない。 何があっても、ちゃんと受け止める。 だから、セシリアも頑張って」
正直、ウルリカは『泣いて帰ってくる』と思っているが、セシリアが勇気を出して会いに行く。と決めたのだから、それを応援しようと思った。
でも、本心では呆れていた。
(セシリアが帰ってきたら、直ぐに王都に帰ろう。 そして、二人で美味しいものをたくさん食べるの)
そんな事を考えながらウルリカは、セシリアを抱きしめていた。
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セシリアは薄暗い部屋の、固いベットに一人腰を下ろしていた。 ドレスと言うには安っぽい、薄い布をまとっただけのセシリアは、エマに言われるがまま、冷たい部屋でマグヌスを待っていた。
「あんたみたいな生意気な小娘には、言っても分からないだろうから」と、意味深な事を言いながら、小瓶の液体を飲み干すように勧めてきた。
得体のしれない小瓶に抵抗したセシリアだったが、「後悔する事になる」と言い含められ、渋々飲み干したのだ。
小瓶を飲み干してから、どれ程たっただろうか。 少し暑くなってきたし、正直、待ちくたびれていた。
本当にマグヌスは来るのだろうか。 というか、毎日のようにエマに会いに来ていたのかと思うと、嫉妬で気分が悪くなる。
(もしかして、エマの嫌がらせなのでは?)
急にバカバカしく思えてきたセシリアは、ベットを軋ませ立ち上がった。
バタンッ!と扉が音を立て開く。
驚き立ち止まるセシリアの目の前に、マグヌスが立っていた。 荒い息づかいで肩が上下しているのが見えた。 汗と鉄の匂いがした。
「マグヌス?」
セシリアの問いには答えずに、彼はガチャガチャと音を立て、自分に張り付いている鎧を脱ぎ捨てた。
そして、そのままセシリアを抱き上げベットに押し倒した。
驚いたのはセシリアだ。
自分の声掛けに応える事なく、わずかな量の薄っぺらい布を引きちぎり、いきなり胸にむしゃぶりついてきたのだから。
その間にもマグヌスは器用に自分の服を脱ぎ捨て、鍛えられた肉体を見せていた。
あれよあれよという間に、セシリアの身体はマグヌスに組み伏せられていく。
驚きと恐怖を感じていたセシリアだったが、二年ぶりの快感には抗えなかった。 暗闇に嬌声が響く――。
「いたっ!」
「えっ?」
薄明かりに驚くマグヌスの瞳が光る。
「いいの。大丈夫………」
セシリアはマグヌスの背に手を回し、彼の口唇を求めた。
「え………?」
マグヌスは、自分に手を伸ばしてくるセシリアの肩を手で掴み、ベットに押し付けた。
「なんで?」
戸惑うマグヌスの首に、再びセシリアは手を回し、執拗に口唇を強請る。
「こんな所で何をやってるんだ!」
マグヌスはセシリアの手を払いのけ、彼女の上から飛び降りた。 その顔の中に、驚きと軽蔑が見えた。




