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24 激動

「先ほど、王家からの使いが来たかと思ったら、この騒ぎですよ」

「領主様は、あっという間に荷物をまとめて、出ていってしまわれるし……、もう何が何だか……」


 早口でまくし立てる二人をなだめながら、セシリアは屋敷の中に立ち入った。 途中、見知らぬ使用人たちとすれ違うが、誰一人と声をかけてこない。 (あまりにも不用心ではないかしら?)と、セシリアは不思議に思っていた。


「お嬢様がいた頃は、皆が身内みたいなものでしたので、何かあれば直ぐに知れ渡ったのですが……」

 アンナが言うには、領主代理の家族が入居すると同時に、ほとんどの使用人が入れ替わったらしい。 

 (どうりで知らない使用人が多いのか)と、妙に納得したセシリアは、(自分たちも、この洋裁店の制服のせいで、業者に見られているのかもしれない)と、考えた。


 ――いや、荷物をまとめている所をみると、それどころでは無い『何か』があるのだろう。 


 一抹の不安を抱えたセシリアは、オーナーやアンナたちと共に早足で執務室へと向かった。 父親との思い出が詰まった、その部屋へ。


 執務室に行ってみれば、そこは驚く事に空っぽだった。 父が大切にしていた、金目の物が一切無くなっていて、主を失った椅子だけが取り残されている。


 床に散らばった書類を踏みつけ、セシリアはその執務机に向かった。 この事態を理解する()()を見つけたかった。 それは、乱雑に積み置かれた書類に紛れてはいたが、直ぐに見つかった。

 セシリアは、獅子の透かしが入った一目で高級とわかる用紙を手に取り、一つ呼吸を置いてから、ゆっくりとその用紙に視線を落とした。


『事態は非常に悪い。 万が一に備えよ』


 独特な筆跡で、そう書かれた書簡を、横から盗み見てきたアンナは「私たちは、何も聞いてませんよっ」と、声を荒げる。

 回りの雑音に耳を塞ぎ、セシリアは読み進める。 洋裁店で商人に聞いた通り、第三国の介入により我が国の戦況は芳しくない。とあった。


 そして、投げ捨てられたように乱雑に置かれた、もう一枚の書簡。 セシリアの心ははやり、書簡を広げる指先が震え出す。 周囲の雑音が消え失せ、自分の鼓動が耳の奥で鳴り響いていた。 紙が擦れる音と共に、その鼓動は異常なほどハッキリと鼓膜を揺らした。


 上質な紙の上で、国印と共に現れたその文字は、セシリアたちを絶望の淵へと突き落とした。


『我が国の盾となれ』


 その一行が視界に入った瞬間、息を飲む声がセシリアの耳に聞こえた。 指先の震えは止まったが、血の気が引いていくのがわかる。 

 その文字列は鋭利な刃物となってセシリアの網膜を突き刺した。 背中を這い上がってきた冷気は、脊髄に氷の(くさび)を打込み、セシリアの動きを止めた。 

 洋裁店のオーナー、アンナ、そしてニルスの視線が墓穴のような冷気となり、セシリアの体温を容赦なく奪っていく。 セシリアの思考は止まった。


 どれほどの時が流れただろうか。 もしくは、一瞬かも知れない。 バタバタという乱暴な足音が聞こえてきたかと思うと、男たちが怒号と共になだれ込んできて、セシリアは現実に引き戻された。


「どういう事だ? おいっ!」

「直ぐそこまで、敵が来てるって本当なのか?」


 そして、セシリアたちの姿を見た瞬間、押し黙る。


「――どうなってんだ?」


 再び、全員の視線が針のようにセシリアの全身に突き刺さる。 まるで、彼女の言葉一つで全てが決まるように。 もう、平民となったセシリアに。


 いつの間にか集まった顔見知りの衛兵までもが、瞬きもせずにセシリアの一言を待っていた。


 書簡を握りしめていた指先を開くと、爪の痕が白く浮き出ていた。 じっとりと汗を感じる。

 ゆっくりと顔を上げたセシリアの顔からは、迷いが消えていた。


 その瞬間、ただのセシリアは『セシリア・フランゲル』に戻ったのだ。


「みんな、お父様の()()()()は覚えてる?」


 冷たく響くセシリアの声が、執務室の隅々に浸透する。 その言葉が彼らの鼓膜を揺さぶった瞬間、緊迫が走った。


 セシリアはゆっくりと集まった人々に、王印の入った書簡を掲げて見せた。

「私たちに『盾になれ』との御命令よ。 各々、準備に取り掛かって」

 その言葉に弾かれる様に、人々が執務室から駆け出した。 残ったのはセシリアとオーナー、それにアンナとニルスだ。


「ニルスは食料と武器の確認を急いで」そう言いながら、セシリアは父が愛用していた椅子に腰掛けた。


「お嬢……」

「急いで」


 心配そうに声を掛けたニルスに、セシリアは冷たく言い放った。 そうしなければ、先ほどの決心が揺らぎそうだったのだ。


(迷ってはいけない。立ち止まってはいけない)


 心の中で呪文のように唱えながら、セシリアはペンを取った。


「オーナー。 悪いけど、これをアレクシウスに渡してもらえるかしら。 きっと、彼のことだからスタルハーヴェンに来ていると思うの」


 そう言いながらも、セシリアは今にも泣き叫びたかった。 自分一人で彼らを、エヴァーグリムの領民を守る事ができるだろうか。 その重厚に押しつぶされそうだった。


「なるべく多くの人をスタルハーヴェンに連れて行ってもらえるかしら。 あそこなら、ここから離れているし、王都に少しは近いから国軍が間に合うと思うの。 それに、船で他領に逃げる事もできるわ」


 少し上ずった声は、他人の物の様に聞こえた。

 震えを抑えようとすればするほど、不自然に低く硬くなる。 だが、語尾だけは制御できず、薄氷がひび割れるような微かな震えが混じり、少し上ずってしまうのだ。


 精一杯の微笑みと共に、手早く書き上げた手紙をオーナに手渡した。

「セシリア、あなた……」

 戸惑いながらも手紙を受け取るオーナーに、彼女は伝える。


「必ず会いに行く。って、伝えておいて」


 ――叶わないかもしれない願いを、僅かな望みをセシリアはオーナーに託した。





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