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21 懺悔

「ありがとう……、側にいてくれて」


 カタコトと揺れる帰り道の馬車の中、セシリアの口端から言葉が漏れた。 その言葉に、彼女が今日、どれほどの緊張を持って挑んでいたのかがにじみ出ていた。


「役に立てたのなら、良かった」


 アレクシウスがそう答えると、何か言いたげな彼女は、そっと席を立ち彼の隣に座った。

 ――友達以上恋人未満。 以前アレクシウスがセシリアに言った言葉。 その言葉通りの距離に今、彼女は座っている。

 意識をしなければ、触れそうで触れない距離。 その距離間が、二人の微妙な関係をあらわしていた。


「ねぇ、どうしても聞いて欲しい話があるんだねど」

「何?」

「聞いて――」言いよどみながら続ける。 「――気分の良い話ではないかも知れないけど……、いい?」


 数秒の沈黙が流れる。 その沈黙が、セシリアの決心を揺るがそうとしていた。


「手を……、手を握っても良ければ」


 想像もしていなかった返事に、思わずセシリアは噴き出した。 一瞬で緊張がほどける。

 そっと差し出された手に、セシリアが恐る恐る指を絡めると、アレクシウスがギュッと力を込めた。


 手のひらから伝わるアレクシウスの体温に安心しきったセシリアは、その肩にコテンと頭を預けた。


「私、本当はマグヌスに告白しようとしていたの」

「えっ!?」


 アレクシウスが驚くと、重なりあっていた重みが離れる。


「ヒドイ話よね。 あなたに『好き』って言われていたのにね」

 自虐的にそう言うセシリアは、フフッと笑みをこぼす。 そして、(おかしな話だ)と思いながら、再びアレクシウスの肩に身体を預ける。 彼は微動だにしない。


 セシリアは一つ大きく息を吸って、ポツリポツリと話始めた。 まるで、懺悔をするように。


 ――王宮でのマグヌスとの再会に、運命を感じていた事。 講師の仕事がもう終わるのを期に、マグヌスの気持ちを確認したかった事。 ところが彼は、婚約者がいただけでなく、自分の存在を完全に無視していた事。


「つまり、私が愛していたマグヌスは、とっくの昔にいなくなっていたの。 それに、ようやく気がつけたわ。 今日だって、殿下の嫌がらせに気が付きながらも、職務に忠実だったでしょ? 私が好きだったマグヌスなら、直ぐに仲裁に入っていたわ……。 だから、もう、大丈夫。 彼に想いは残っていない」


 まるで、自分自身にそう言い聞かせているようにして、セシリアは目を閉じ大きく深呼吸していた。


「――なら」


 アレクシウスは、セシリアに向き直り、つないでいない方の腕で彼女を抱き寄せた。 後頭部を手で支え、軽く開いた彼女の口唇に、そっと口唇を寄せていく。 鼻先が触れ、吐息が混じり合う。  

 だが、彼の思惑通りにはいかない。 セシリアはキリリとした視線を彼に向けるのだ。


「でも、だからって、直ぐにアレクに乗り換えるのは違うと思うの」


 アレクシウスは、自分を褒めてあげたかった。 (すんで)の所で、接吻(キス)するのを止めたのだから。


「――どういう事?」

「私、エヴァーグリムに帰るわ。 物理的に距離を取って、自分の気持ちを確認したいの」


 セシリアは続ける。 ここ最近の傲慢な自身の態度の()()で、洋裁店の職人たちとの関係が悪くなっている事。 その反省も含めて、一度王都から離れたい、と。


 セシリアの後頭部にあてがわれていたアレクシウスの手のひらは今、彼の膝の上に拳となって置かれている。 セシリアを見つめていた瞳は、その拳に向いていた。

 ただ、二人を繋いでいる片方の手だけが、セシリアとアレクシウスの繋がりを保っている。 


 青銀色(ブルーシルバー)の髪が一筋、肩から落ちた。


 沈黙に耐えきれなくなったセシリアは、声を掛けようとしたが、その言葉は喉の奥に張り付く。


(アレクシウスの返事が怖い)


 直ぐ隣から聞こえるわずかな衣擦れの音、穏やかな呼吸音、そして、彼の体温。 

 その瞬間、彼と過ごした時間の全てが、自分の指の隙間から零れ落ちる恐怖を感じていた。


(どうして「アレクシウスは、私の希望を叶えてくれる」と、無条件に思い込んでいたのだろうか。 またもや、私は選択を間違えたのだろうか) 


 セシリアの早まる鼓動が、耳の奥でうるさい程に響いていた。


 ――その時、二人の絡まる指先がほどけた。

 アレクシウスはゆっくりと顔を上げ、その輝くアンバーの瞳でセシリアを射止める。 まるで、銀狼が獲物を仕留めるように。


「わかった」


 ただ、一言。 ただ一言なのたが、その言葉に含めれる()の意味が知りたい。


「『待つ』って言ったんだ。 リアが納得できるまで待つよ。 いつまでも」


 フワリと弧を描いた口唇に安堵したのも束の間、不意に力強い腕が腰に回され、抗う間もなく彼の胸元へ引き寄せられた。(おこっているのかしら?)と思うほどの勢いだ。

 彼の早鐘のような鼓動が、直ぐ耳の側に聞こえる。 見上げれば、熱を含んだアンバーの瞳に絡め取られた。


「でも、遠慮しないし、我慢もしない」


 口端が歪に吊り上がり、意地悪な笑みを称えていた。


「……っ!」


 言葉を紡ごうとした口唇は、強引に、けれども熱を孕んだ柔らかな感触に塞がれた。 逃げ場を無くした背中に、彼の大きな手が回された。

 執拗に繰り返される接吻(キス)に、セシリアの思考はグタグタに蕩けていく。


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