20 イタズラな質問
あんなにも緊張して挑んだ最後のフレイヤ王女との面会であったが、婚姻のケープ選びは難なく終える事ができた。
アレクシウスの国、ヴィンドストランドでは婚姻の決まった令嬢に、国王からぶどう柄のケープが贈られる風習があるという。 その話を聞いたフレイヤ王女は、その話を大変気に入り、彼の勧めるケープに即決したのだ。
レースの端がぶどうの葉に形どられたそのケープは、透け感も素晴らしく、同席していた侍女達の間からも感嘆の溜息が漏れた程だった。
また、セシリアの制作したオーバードレスも無事、フレイヤ王女の手元に渡った。
これで『エヴァーグリムの妖精』に依頼された仕事は終わったのだ。
ざわつく室内で、セシリアはそっと片付けを始めた。 アレクシウスは、王女付きの執事と何やらやり取りを始めている。
広げたケープを丁寧に折りたたみ、一つ一つカバンに閉まっていると、ふと、影が降りてきたのに気が付いた。
「貴女なんでしょ? あの騎士の恋人だった令嬢って」
「え……?」
上から降ってきた驚く質問に、顔を上げて確認すると、イタズラっぽい眼差しを向けているフレイヤ王女だった。
突然の事に、セシリアは思考は真っ白に塗り潰された。 慌てて救いを求めアレクシウスを見るが、肝心の彼はまだ、執事とやり取りをしている最中で、こちらの事件には気付いていない様子だった。
「ねぇ、貴女があの騎士の恋人だった令嬢で、彼を待ち続けて平民になっちゃったんでしょ? どうしてなの?」
フレイヤ王女は、その視線で扉の前に立つマグヌスを指し示す。
セシリアは、回りの侍女たちに助けを求める視線を投げかけてみたが、誰一人として目を合わせてくれない。
「皆、言っていたわ。『なんで養女にならなかったのかしら?』って。 なんでなの?」
フレイヤ王女から、先ほどまでの威厳が消えていた。 その瞳には悪びれる様子はまったく無く、透明で無邪気な好奇心がそこにあるだけだった。
セシリアは思い出す。 フレイヤ王女と同じような年頃に読みふけった『真実の愛』が描かれた小説を。 『真実の愛』に憧れたあの頃、マグヌスこそが運命の相手だと信じていたあの頃を。
「可惜夜の優しい嘘を、本気にした私が幼かったのです」
「可惜夜? よく分からないけど……。 それより、あの騎士が『運命の相手』だったからじゃないの?」
一瞬、言葉が詰まった。「運命の相手でしたよ」と、答えられたなら、どれだけ気分が良いだろうか。
そして、それが許されないもどかしさ。 こちらの複雑な事情さえも、全て承知の上で尋ねてくるその図々しさ。
触れられたく無い思い出を、無邪気に引っ張り出したその問いかけは、治りかけの傷口に、柔らかな指先が触れるような感覚だった。
ヒリヒリとした痛みが、セシリアの全身を包む。
「殿下。 不変の『運命の相手』なんて、この世に存在しない――。 私は、そう思っています。 今の私自身を大切にしてくれる人。 それが、今の私の『運命の相手』です」
セシリアは、視線をアレクシウスに投げかけながら、柔らかく微笑んだ。 マグヌスが聴き耳を立てているのも、重々承知だった。
それさえも、フレイヤ王女のイタズラなのだろう。
(上手く笑えているだろうか)
そんな事を考えながら、アレクシウスがこちらに気づき、軽く手を上げる様子を眺めていた。
「――つまらないの」
プィと顔を背けたフレイヤ王女からは、先ほどまでの無邪気な雰囲気は消えうせ、代わりに口角は嫌味な蛇のように、冷たく冷え切っていた。
帰り支度を終えたセシリアに、用事を済ませたアレクシウスが近づいてくる。 その時を見計らったかのように、再びフレイヤ王女が無邪気に尋ねた。
「そうだわ。 可惜夜の優しい嘘って?」
どこまでも、不快な質問だった。 今度は、アレクシウスとの仲を引っ掻き回そうとでもいうのだろうか。
「もう、忘れました。 なにしろ、幼い頃の約束でしたので」
「そんな訳ないでしょうに」
フレイヤ王女が広げた扇のその裏で、ほくそ笑んでいる様子が、手に取る様に分かる。 その瞳の奥には、好奇心と、ほんの少しの加虐心が透けて見えた。
(言いたくない)
咄嗟にセシリアは思った。 あの湖での思い出だけは、綺麗なまま取っておきたかった。
あの時の二人のやり取りだけは、土足で踏み荒らされたく無かった。
が、王族相手にそんな事ができるわけもなく、握りしめた拳に、手のひらに喰い込む爪の痛みだけが、唯一の抵抗だった。
「それは、そちらの騎士から伺ったら如何ですか? もし、覚えているのなら……、ですけど」
その時、冷ややかな声が降ってきた。
肩に感じた手のひらの重みに、セシリアの心が軽くなった。 見上げれば、アレクシウスの柔らかな眼差しに触れた。
アレクシウスの一撃は、フレイヤ王女の好奇心を煽り立てる。 が、彼はその追撃を許さない。
そもそもの原因は、マグヌスの不誠実な態度にあると考えているアレクシウスは、その矛先をマグヌスに戻した。
これ以上セシリアを、好奇の目に晒したくないのだ。
「それでは……」と、営業用の笑顔を貼り付けたアレクシウスは、セシリアの背に手を回し、実に優雅に、そして流れるように、実に自然に彼らの目の前から姿を消した。




