2 いざ、戦地へ
―――時の流れは残酷で、美しく語られていた伯爵令嬢と平民の身分違いの恋は、今では身の程知らずと嘲笑われていた。
遠く離れた戦地の事など知らぬかのように、王宮では華やかな夜会が毎晩開かれ、年若い男女が、その伴侶を探していた。
そこには、時の人セシリアもいた。 嘲笑の中に。
心無い人からは「いつ、彼は爵位をもらえるの? 」と、からかわれ、優しい友人からは「彼は元気なの?いつ帰ってくるの?」と尋ねられる。
セシリアには、その全てがウザったい。
初めの頃は毎週のように届いていたマグヌスからの便りは、今では月に一回届けばいいほうで、気がつけば数カ月便りが無いこともあった。
手紙の枚数も、時が経つにつれに薄くなった。 それに伴うように、内容も薄っぺらくなっていた。
あれほど書き連ねられた「愛してる」「恋しい」「会いたい」という言葉は影を潜め、武勇伝がその大部分を占めていた。
セシリアには、なんの興味もわかない。 が、功績を重ねれば爵位がもらえるのだからと思えば、まぁ、なんとか読むことはできた。読む事は。
まるで親戚のような近状報告が交わされる、色気の無い内容の手紙が行き来する頃には、もう、二年近く経ち、今に至る。
「いつ、爵位がもらえるの?」の問いには「その内に」と、意味深に微笑み「彼は元気なの?いつ、帰ってくるの?」の問いには「元気みたいよ。でも、まだ自分の功績に満足出来ないみたい」と、寂しそうに微笑む事にしていた。
正直、今すぐ戦地に乗り込んで、マグヌスに馬乗りになり、その首を両手で絞め上げたかった。
「私の事、どう思ってるの?」と、問い詰めたかった。
苦しそうに眉を寄せて「殺されたいほど愛してる」と、言ってほしい。 そして、優しく抱き寄せられ、口唇を奪ってほしい。
そんな事を考えてると、身体の奥が疼き出す。 彼が恋しくてたまらない。
もう二年だ。二年も会っていないのだ。
「セシリア! セシリア! 大変よ!」
会場の奥から声を張り上げ、セシリアに駆け寄ってくる令嬢がいた。
「何? どうしたの? 先生に怒られるわよ。はしたないって」
彼女の父親は連隊長として、戦地に赴いていた。
「救護団の手伝いの募集があるの。セシリア、行ってみない? 貴族令嬢限定だから、きっと反対されないわ。 学校で教わった『社会奉仕』ってやつよ。 私、行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
そして、そっと耳打ちしてきた。
「ここだけの話、優秀な婿候補の見本市よ。 たぶんマグヌスもいるはずよ。 爵位を獲りにいってるんでしょ? だったら、優秀な婿候補枠じゃない?」
簡単に言えば、戦地にいる爵位を継げない嫡男以降の令息と、嫡男のいない家の令嬢を引き合わせる出会いの場だ。 奉仕活動と銘打って。
上手くいけば、令息は爵位を継げ、令嬢は家を存続できるのだ。
平民であっても、爵位を授けられる位の功績があれば、婿候補になり得た。 他にも方法はあるのだが……。
「行くわ。必ず行くわ」
セシリアは嬉々として答えた。
話はトントン拍子に進み、話を持ちかけてきたウルリカとセシリアは、戦地に赴く救護員の一員として馬車に乗り込んでいた。
ウルリカの話では、戦争は終盤で、後は互いに落とし所を探り合っているような状態で、激しい争いはなく小競り合いが続いている状態らしい。
「とはいっても安全ではないから、後方の救護部隊でお見合いするのよ」と言ってイタズラっぽく笑った。
砂埃の立つあぜ道を、普通であれば貴族令嬢が通る事のないあぜ道を、ガタゴトと馬車は走る。
愛しいマグヌスが待つ町まで、後、数週間はかかる。
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遠くで何かが破裂する音が腹に響く。 そんな日常も慣れてきていた。
消毒液と血と腐敗臭。 普通に、貴族令嬢として過ごしていたなら体験しないであろう日常を、セシリアは体験していた。
ウルリカの話とはまったく違う、お見合いなんてもんじゃなかった。 ガチものの戦地だった。
確かに、貴族はいた。 ボロボロになった血と汗とホコリまみれの令息が。
それを出会いといえばそうなのだが、王宮の夜会に慣れている令嬢たちには酷だった。
もう、何人も此処を離れた。 ウルリカは父親が連隊長だというプライドから、戦地を離れずにいたが、セシリアと二人になった途端、グスグスと泣き出す程に、身も心も疲れていた。
セシリアもウルリカがいてくれるから、踏ん張れた。 マグヌスがいるかもしれない、という期待だけでは乗り切れなかった。
ただ、もう戦争が終盤だというのは事実のようで、残兵が最期の抵抗をしているらしい。
死兵というのは恐ろしいそうだ。死を恐れない故に無謀に突っ込んでくる。その恐怖は言葉で表せない。
怪我人の治療を手伝いながら、何度もそんな話を聞かされた。
そんなある日、マグヌスのいる連隊がここに来るという話を聞いた。
最終決戦を前に戦力を集中させるそうだ。 人々の口に上がるほど、マグヌスは功績を稼いでいるらしい。 その話を聞きながら、セシリアは、口の端が緩むのを止められない。
「これなら、爵位はもれなく付いてくるわね」
ウルリカがそっと囁いてきた。
しかし、マグヌスがここに来るといっても、この陣営は広い。
救護テントで顔見知りに尋ねてみると「飲み屋にいるんじゃないか?」と、軽く言われた。
ウルリカを誘ってみた所、眉をひそめたが、付き合ってはくれるようだ。
―――そして、やっとその日が来た。 マグヌスに会える日だ。
とはいっても、会えるかどうかは運なのだが。
夕闇が迫る妖しい街は、どことなく甘ったるい香りが漂っていた。
深めにフードを被り質素な服装で来てはみたが、救護員だとすぐバレた。
「お嬢ちゃん。 マグヌスなら、その二階にいるみたいだ」
「扉を開ける前に、ノックするのが礼儀だからな」
「何があっても取り乱さない勇気があるなら、扉を開けな」
ガラガラと複数の笑い声が混じる。
セシリアは、からかわれているのは分かったが、なぜ、からかわれるのかが理解出来ずキョトンとしていた。
その様子を見て、またガラガラと笑い声が上がる。
「何だか不愉快な人達ね。 あんなに親切にしてやったのに」
セシリアの腕を取りながら、ウルリカは不機嫌に囁く。
セシリアは薄く微笑み、兵隊さんが指差した建物の二階へと、視線を向けた。
その建物は、なんともみずぼらしく、入るのに躊躇する程だった。




