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15 手紙

誤字報告ありがとうございます。

ウラヌスって誰だよ、ホント。

 木漏れ日が落ち、涼し気な風が吹き抜ける屋敷のテラスで、真白い便箋を前にウルリカは迷っていた。

 親友と信じて疑わない平民となったセシリアに、この許せない事実を告げるかどうかを。

 正直、黙っていても彼女の耳に目に、この衝撃の事実が届く事は『八割方無い』と思っている。

 だが、もし、自分以外の心無い()()から、その事実を聞いてしまった時、彼女のショックは如何ほどだろうか。

 また、その事実を知っていて伝えなかった。としたら、彼女はどう感じるか……。 それを思うとウルリカは身が縮む思いだった。


「悩んでいても仕方がないわ」


 そう、独り言ちた彼女は、ようやくペンを手に取った。

 セシリアがショックを受けた時に、自分が側に居てあげたい。 その一心で。


 *****


 セシリアが王宮に通い、フレイヤ王女の刺繍の講師として、その責務を全うする日が近づいてきた。

 もう直に、フレイヤ王女の総レースのドレスが仕上がるのだ。 王族だけが着用を許されるロイヤルパープルのドレス、その裾の一部を王女自ら手を入れている。

 その刺繍が仕上がった時、セシリアの役目は終わる。


 真剣に一針一針入れる王女の手元を、セシリアはジッと見つめる。 見つめながらも、彼女の思考は他の所にあった。 マグヌスだ。


 そのマグヌスが、この部屋の扉の前に控えているのだ。 運命の再開の後、しばらくしてからマグヌスがフレイヤ王女の護衛騎士の一人となっている事を知った。

 どういう経緯で護衛騎士となったのかはわからないが、毎日のようにマグヌスと会える事が幸せだった。

 言葉を交わす事も、顔を見つめる事もできないが、そこにマグヌスがいる事が重要だった。


 だが、その彼とも()()会えなくなる。 マグヌスが自分の事をどう思っているのか、それをもう一度確認したい衝動にかられる。


 ――夜、灯りを消す度に脳裏に浮かび上がるマグヌスの愛おしい顔。 

 すると、記憶の中の彼が鮮明に動き出す。「セシリア」と甘く呼ぶその声が、頬を撫でる指先の感覚、自分の身体を這う口唇の感触、重なる肌の温もり、その吐息までもが蘇り、彼女を翻弄する。

 マグヌスのモジャモジャなオレンジ色の髪に手を入れ、グシャグシャにかき回す。 その柔らかな髪の感触と彼の男らしい香り……。


「マグヌス……」と、伸ばした手が冷たい虚を彷徨う。

 それが、堪らなく切ない。 心臓が捻れるように痛い。


 そんな日々に疲れ果てたセシリアは、一抹の期待と不安を胸に、彼への想いに決着をつける事を決めた。


 そんなセシリアの覚悟を知らないマグヌスは、今日も彼女と目を合わさない。 他人のように素知らぬ顔で、扉の前から動かない。

 相変わらず髪はモジャモジャで、その癖のあるオレンジの髪を、ペッタリと後に撫でつけていた。


「ふぅ……」と、可愛らしい溜息を付き、針を置いたフレイヤ王女の手元を覗き込んだセシリアは、ニコリと微笑みながら告げた。


「次回で、仕上がりそうですね」

「そうね。ずいぶんと掛かってしまったけど、付き合ってくれて感謝するわ」

「後に付けるレースは、後日こちらにお持ちする形でよろしいですか?」

「いいわ」


(いよいよその瞬間(とき)がやって来たわ)

 セシリアは、とある覚悟を持っていた。


 立ち上がるフレイヤ王女に付いて、セシリアは扉まで彼女を見送る。 その隙に、マグヌスの横に並んだ瞬間に、セシリアは呟いた。


「ルーエンホフドみたいで素敵だわ」


 エヴァーグリムの伝説の英雄。 かの土地の出身者にしか分からない人物。 二人だけの秘密の言葉……。


 が、彼は応えない。 セシリアも何事も無かったかのように頭を下げ、彼らを見送った。

 しかし、セシリアの鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。

 今にも口から心臓が飛び出しそうな程に、緊張しながら発した言葉だったが、彼に届いたのかどうかは分からなかった。


 彼女にとっては『貴方を愛してます』と同義語なのだ。


 *****


 王宮から『エヴァーグリムの妖精』の作業場へと戻ってきたセシリアは、何とも言い難い疲れを感じていた。

 だが、労いの言葉は聞こえない。 作業する衣擦れの音や、カラカラと糸が回る音だけが響いていた。

 作業場のトルソーには、フレイヤ王女のドレスに使用する、レース編みのオーバードレスが掛けてある。 その時初めてセシリアは、自分をみる視線に悪意が含まれている事に気が付いた。


 ふと、嫌な予感がしたセシリアは、その自分の背丈程のトルソーを「えいやっ」と抱え、一番安全な場所、アレクシウスの執務室へと運び込んだ。


 そんなセシリアに、誰も声をかけない。 変わらず布の擦れる音、カラカラと糸の回る音だけが響いていた。


 ********


 彼の部屋は整然としていて、主の留守を主張していた。 窓から差し込む柔らかな夕暮の陽射しが、執務机の上に斜めに差し込んでいた。

 トルソーを、その机の横に並べたセシリアの目に、ふと、無造作に置かれたグリーンの便箋が目に入る。 そこに、自分の名前を見つけたセシリアは、一瞬躊躇しながらも、その手紙を手に取った。


『――セシリアに知られる前に、私から伝えたいので、都合のよい時に、彼女と共に来訪して欲しい』


 そこには、懐かし友人ウルリカの文字が綴られていた。


(わざわざ私に伝えたい事って、なんだろう……)


 視界に入る懐かしい文字は、セシリアの好奇心を刺激する。 そんな、回りくどい事をしなければならない事情とは? 

 もやもやする気持ちが、心の奥から湧き上がる。 他人の手紙を勝手に読んではいけない。という『常識』と、もやもやを解決したい『好奇心』が、セシリアを揺さぶった。


「目につく所にあるのが、いけないのよ」


 言い訳をしながらセシリアは、蛇腹に畳まれている手紙を、指先でつまみ上げそっと広げた。 もう、躊躇はしていない。 が――。


「いやっ!」


 セシリアは手紙を投げ捨て、顔を覆った。 彼女の指先から放たれた緑色の便箋は、木ノ葉のようにハラハラと螺旋を描き落ちていく。

 そこに書かれている文字列は、ヒラヒラと頼りなく揺れている割には、セシリアを奈落の底へと突き落とす程の威力を持っていた。 


『マグヌスの婚約』


 瞳から入った文字を、彼女の脳は処理する事を拒んだ。 血の気が引いていくのが分かる。 指先が冷たくなり、感覚も無くなっていく。

 自分が立っているのかどうかも分からなくてなってきた。

 そのいくつかの文字は、セシリアの情緒を強烈に破壊した。


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