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13 第三王女 フレイヤ

 セシリアが入ったホールは、よく知るホールよりも若干手狭に感じたが、華やかさは変わらない。 シャンデリアも変わらず美しく、奏でられる音楽も同じ様だった。 ただ、集う人々に見知った顔は無い。


 程なくして、王宮使用人に呼びかけられた。 「準備が出来た」と言われ、連れて行かれた廊下の後方から、懐かしさが追いかけてくる。

 その奥にある輝かしい光の向こう側は、こっぴどく振られたホールでもあったが、華やかなデビュタントを飾ったのも()()なのだ。

 感傷に浸るセシリアは、アレクシウスにエスコートされ、明かりの少ない廊下を通り休憩室へと案内される。


 質の良い調度品に香り高い紅茶。 給仕する使用人たちからして、()()ではない事が感じられた。 

(王族から呼び出された。と、言っていたけど、王女殿下なのかしら?)

 セシリアの記憶では、確か、第三王女がそろそろデビュタントを迎える時期のはずだった。

 その時、鈴を転がすような声が聞こえた。


「あなたが『エヴァーグリムの妖精』さんなのかしら?」


 第三王女のフレイヤだ。


 突然の事に驚きながらもセシリアは、そんな事は微塵にも感じさせないように席を立ち、膝を折り視線を下げる。 だが、その表情からは、わずかな緊張が見えた。 

 それもそうだろう。 彼女の貴族時代にも、こんな間近に王族と体面する事は無かったのだから。

 ところが、アレクシウスはセシリアとは正反対に、慣れた様子で堂々たる物だった。 商談での場数の違いだろうか。


「まぁ、貴女のドレス、とても素敵ね。 噂通りだわ」


 フレイヤ王女は、感心しながら無邪気に顔を寄せてくる。 セシリアは、どう返すのが正解か分からず、口をパクパクする事しかできなかった。

 が、王女は気にする様子もなく、セシリアの細かく縫われた刺繍や繊細なレースに、マジマジと見入っていた。


 アレクシウスは、普段通りに商品の説明をし出した。 その余裕に少し嫉妬しながらも、セシリアは彼の忠実なモデルになり切る。


「決めたわ。私のドレスは、ココに頼む」


 フレイヤ王女は、顔を輝かせながら振り返り、後方で控える侍女に、そう告げた。 が……。


「なりません。フレイヤ様。もう、既に話は進んでいます」

「嫌よ。ここのドレスがいいわ。 見て、このレース。 とても美しいわ……」


 侍女の慌てぶりとは相反し、フレイヤ王女はウットリと、セシリアの胸を飾る総レースに手を当てる。


「そのレースも刺繍も、彼女自身の手によるものなんですよ」

「まぁ、そうなの?」


 商魂たくましいアレクシウスが得意げに伝えると、フレイヤ王女は感心して、とんでもない事を言い出した。


「決めたわ。 あなた、ここでドレスを仕上げなさい」

『フレイヤ様!?』


 一斉に驚きの声があがった。 


「ついこの間、刺繍の先生がいないって困っていたじゃない。 彼女に頼めばいいんじゃない? 教材をドレスにすれば、都合もいいわよ。 ねぇ」


 フレイヤ王女は、柔らかく微笑みながらセシリアに問いかける。 だが、その微笑みは一種の()を含んでいた。 

 セシリアは恐怖のあまり言葉を失った。 王族を怒らせると、大変なのは分かっている。 わかっているのだが……。


 覚悟を決めたセシリアは、再び膝を折り言葉を発した。


「――殿下、大変光栄なお誘いですが……、それは、私には無理です。 殿下の指導をしながら、大切なデビュタントのドレスの装飾を仕上げるなんて……、そんな器用な事は、私にはできません。 ――申し訳ありませんが、刺繍もレース編みも、片手間にできる作業ではありません」


 慎重に言葉を選びながら話す様子は、まるで、複雑なパズルを組み立てているようだった。 それも、少しでも間違えると爆発するパズルだ。


 背中に冷たいものを感じながらもセシリアは、恭しく断りの意を伝えた。 

 中途半端な商品を仕上げ、王室に届けたとなれば、自分はまだしもアレクシウスや『エヴァーグリムの妖精』までもが、その叱責を受けるだろう。 せっかくの王都進出が失敗に終わってしまう。 最悪、廃業だ。

 それならば、ここで自分だけが怒りを買う方が……、セシリアはそう覚悟を決めたのだ。


 震えながらも深々と頭を垂れているセシリア。 その語尾から、彼女の意思を感じ取ったフレイヤ王女は、広げた扇の裏で口元を緩ませた。 


 水を打ったような静けさの中、パチンッと扇を閉じる音が、冷たく響き渡った。 


「――この場に相応しくない平民が、私に異を唱えるの?」


 先ほどとは違い、鋭く冷たい言葉が降ってくる。


「申し訳ありません……」と、深々と頭を下げたまま、セシリアは言葉を繋いだ。


「ですが、デビュタントで使用する以外のドレスでしたら、――急がないドレスであれば可能かと」

「まぁ……」


 感嘆の声を上げたフレイヤ王女は、わかりやすく喜んだ。


 ******


「ヒヤヒヤしたよ……、まったく」


 帰りの馬車の中でアレクシウスは、チロリとセシリアを睨みながら溜息をついた。


「これでも一応、()貴族なので」


 そう言うと、セシリアは満足気に微笑んだ。 あの一瞬、彼女は賭けに出ていたのだ。 

 要は『エヴァーグリムの妖精』の総レースのドレスが手に入れば満足するだろう、と。 刺繍の講師なんて口実だろう、と。


 ――それからのセシリアは、目も回る程の忙しさになった。 

 洋裁店の商品は、アレクシウスが連れてきた職人たちで回す事にして、セシリアはフレイヤ王女の刺繍の講師に集中し、毎日の様に登城していた。


 わずか数時間であったが、王宮に出入りしていると、セシリアの感覚は、両親が健在だったあの頃に、幸せだったあの頃に巻き戻るのだ。

 まだ、伯爵令嬢として過ごしていたあの頃に。


 その感覚の繰返しによってセシリアは、次第に錯覚を覚えるようになった。




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