12 夜会、再び
セシリアは、慌しい日常を繰り返す。 貴族相手の接客と、その合間には、職人たちとレース編みを作成していた。 また、ドレスに刺繍を刺さないといけない。
アレクシウスも、忙しそうにしていた。 セシリアと共に接客をしていたかと思えば、呼び出しを受けて何処かへと出かけて行く事も多い。
そんなある日、アレクシウスが困った様子で、セシリアに相談してきた。
「じつは、王族からの依頼で夜会に出ないといけなくなったんたけど……」
「そうなの。 良いじゃない。商談が上手くいくといいわね」
セシリアは、刺繍を刺す手を止めずに、空返事をしていた。
「リア……」
あの日以来、アレクシウスはセシリアを『リア』と呼んでいた。
「何? どうしたの? 何か心配事?」
ようやくセシリアは、手を止めてアレクシウスの方を向いた。
「――その、俺のパートナーとして一緒に参加して欲しいんだ」
「無理よ。 私、貴族じゃないし、招待状もないんだから、門前払いされるだけよ」
「それが、違うんだなぁー」
不思議そうに見返すセシリアに、彼は得意げに説明した。
『王都に住まいを持つ平民の中で、一定の税を納めると、貴族と同等の地位を持てる』のだと。平民とは一線を引く、納税する市民。 巷では、それを揶揄して資産家の市民、資民と呼んているらしい。 ようは、成金だ。
「あなた……、いつの間に」
「商売をする上で、ある程度の地位って必要じゃない?」と、悪い顔でニヤつく。
「分かったわ。 受けて立つわ」
「そうこなくっちゃ」
アレクシウスは両手を広げ、セシリアに抱きつく。急に、抱きつかれたセシリアは驚いた。
だが、やっぱり、嫌な気はしない。
「最高のドレスを、仕立てないとね」
アレクシウスの告白を受けてからというもの、セシリアは彼の事を考える機会が増えた。 彼の一足一挙に、その意味を探してしまうのだ。
それに、彼に声を掛けられる度、心臓が痛いほど跳ね、肺の空気が薄くなったのかと錯覚する程、息苦しい。 まるで、恋をしているように。
ふとした瞬間に、彼の言葉が蘇り「嬉しい」と「怖い」が渦を巻くように混ざり合う。 そして、いつまでも経っても透明な水にならない泥水のように、彼への「答え」が出てこない。
マグヌスへの想いにも、まだ終止符を打てていない。 それに、あんなに自分を求めていた彼でさえ、自分の一言でその想いが冷めてしまったのだ。
また、同じ事を繰り返すかもしれない。 また、捨てられるかもしれない。 それが「怖い」
無邪気に笑うアレクシウスに、微笑みを向けている今でさえも、セシリアは背中にはヒヤリとしたものを感じている。
いつ、彼の笑顔が凍りつくのか分からないのだから。 彼への想いが募れば募るほど、反比例するように不安が深まっていくようで、身動きが取れなくなるのだ。
――セシリアの常識では『ドレスを仕立てる』というのは、婚約者か夫婦の話だ。
仕事に必要だから……、だとは分かっているつもりなのだが、アレクシウスの浮かれようを見ていると、なぜか、やっぱり、気持ちがソワソワする。
*********
――夜会。 セシリアの脳裏に、あの悲惨な夜会が思い出される。 こっぴどくマグヌスに捨てられた、あの夜会。
その夜会にまた参戦するのだ。
アレクシウスのパートナーとしての参加で、何も後ろめたい事はないのだが、自分は『平民』という、肩身の狭さがあった。
商会の一押しの、技の光る繊細で細やかな刺繍と、華やかな総レースの戦闘服に身を包んだセシリアは、商品の宣伝の為、夜会という戦地へ降り立つ。
恐怖心と不安と緊張に襲われているセシリアだったが、隣で楽しそうにしているアレクシウスを見ていると、気を張っている自分が、何だか馬鹿らしく思えてきた。
彼と並び案内されたこの扉は、伯爵令嬢時代に見たことがあった。 自分達の通る扉より向こうに、着飾った見知らぬ人々が手入りする扉があったのだ。 「あの扉の向こうには、何があるのかしら?」と、不思議に思ったものだった。
今や自分はあの時に見かけていた、見知らぬ人々と同じなのだと、セシリアはしんみりする。
懐かしい人々は、あの扉の向こうにいるのだ。 またしても、貴族と平民の壁を感じたセシリアは『マグヌスに悪い事をした』と反省するのだ。
「大丈夫?」
急に黙り込んだセシリアを心配して、アレクシウスが声をかける。
「大丈夫よ、ありがとう。 マグヌスに酷い事を言ってたのを思い出して、反省してたのよ」
「そう……」
アレクシウスの冷たく冷ややかな声に、セシリアは慌てた。
「違うの……、そういうのじゃないの。 ただ……」
あの時、言葉選びを間違えていなければ、自分はあの扉の向こう側で、マグヌスの隣に立っていたかもしれない。 一瞬の間にセシリアは、そう、思ってしまったのだ。
ボーッとしたまま、固く閉ざされている向こう側の扉を見つめるセシリアに、アレクシウスの顔が歪んだ。
「辛いなら……」
「違うの。貴族と平民の差を思い知っただけ。 それと、思い出したの。 向こう側に居た私は、両親に守られて幸せだったんだな、って。 両親のお墓にも、気軽に行けない身分になっちゃったけど」
フランゲル家の墓は貴族用の墓地にある。 平民のセシリアが立ち入るには、手続きが必要だった。
「リア……」
「でも、貴族のままだったら、私はアレクと出会っていないのよね……」
そう言ったセシリアは、哀しそうに笑うしかできない。 回りの大人たちが、助けの手を伸ばしたのに、それを振り払い、平民を選んだのは自分自身なのだから。
目の前の扉が開く。 それを合図にセシリアは、アレクシウスの完璧なファッションモデルとなり、見知らぬ扉をくぐった。




