10 エヴァーグリムの妖精
王都に出店する洋裁店の店名が決まった。
『エヴァーグリムの妖精』
ステンボック侯爵家の侍女が呟いた、あの言葉だった。
エヴァーグリムの洋裁店である事と、店を取り仕切るセシリアを連想させるこの言葉が一番最適に思われたのだ。
しかし、結局のところ、出資者のステンボック侯爵夫人が賛同した事が大きかった。
その『エヴァーグリムの妖精』の看板を背負ったセシリアは、なぜかステンボック家のお茶会に参加していた。
出資者のご機嫌伺いと言えば、そうなのだが、まるで貴族令嬢のように扱われ、セシリアはムズムズする。
アレクシウスがパートナーの様に、ピッタリ側にいるのもむず痒い。
だが、仕事はしっかり行った。
アレクシウス一押しの総レースのドレスだ。 透け感が絶妙で美しい、そのドレスを纏ったセシリアは、貴族令嬢のように微笑んでいた。
あっという間に彼女の周りに、夫人たちが集まり、アレやコレやと質問する。 その一つ一つにアレクシウスが笑顔で答える。
そして、彼の要求に応え、セシリアはドレスの裾を広げたり回ってみせたりする。
そして、アレクシウスは言うのだ。
「この部分を取り外して、こちらを取り付けると……、どうですか? イメージがだいぶ変わりませんか?」
色味の違うレースを、胸部分にあてがわれたそのドレスは、また違う雰囲気を醸し出す。 なんと商売上手なのだろうか。
この着脱できる胸部分の装飾は、アレクシウスの専売特許で、他のどの店も真似できない。
この部位だけは、アレクシウスの商会の職人が仕上げていた。
「それと、申し訳ありませんが、このレース仕様のドレスは数を作る事が出来ませんので、受注販売とさせて頂きます」と微笑むのだ。
事実、一着仕上げるのに、かなりの工期が必要なのは確かだった。
貴族向けなので、希少性がある方が喜ばれる。
「今、お願いして、商品が届くのはいつ頃なのかしら?」
一人の夫人が声を上げた。 回りの夫人も同意するように頷いている。
「そうですね……。 来年の社交シーズンには、なんとか」
その言葉に、噛みつく夫人が。
「それじゃ、遅すぎるわ。 流行は、あっという間に過ぎ去るのよ?」
その言葉にも、アレクシウスは微笑む。
「御婦人は、この美しいドレスが、来年には廃れている。と、思いますか? 私は、そうは思いません。 本当に美しい物は、永遠に続く物です。 御婦人の、その宝石も、来年には古くなる……、という物ではないでしょう? 私どものレースも、そのような物だと考えています」
アレクシウスの口から、流れるように、スラスラとセリフが出できていた。
セシリア自身も、来シーズンになったとして、このドレスは色褪せない。と、思っていた。 それほどまで、アレクシウスのドレスは魅力的だった。
*******
結局、ステンボック侯爵夫人と他数名からドレスの注文を受けた。
「もう少し、注文が入ると思ったわ……」
帰りの馬車の中で、セシリアは溜息交じりに呟いた。
「上々だよ。 よく考えてみ? まだ、オープン前だ。 今、山のように注文されたら、来シーズンの納品なんて、とても間に合わないよ」
ケラケラとアレクシウスが笑う。 彼の笑い声を聞いていると、自分の悩みはチッポケに思える。
「いいんだよ。セシリアは、妖精の様に微笑んでいれば。 それが、お前の仕事。 あと、レース編みな」
「一応、店舗を任されてるから……、任されたからには、売上に貢献したいじゃない」
セシリアは可愛らしく頬を膨らませる。 そんな、彼女の頭をアレクシウスは、ポンと撫でる。
「気にするな。最初から焦っていたら、長続きしないぞ? 本当に良いものは、宣伝なんてしなくても客はつくんだよ」
アレクシウスは、どこまでも自信たっぷりだった。
彼の傲慢な態度を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなって、セシリアは窓の外に視線を向けた。
そして、オープンの日。 セシリアはエメラルドグリーンのワンピースとレースのケープの制服で店頭に立っていた。 他の店員は、皆、アレクシウスの商会の人間だった。
総レースのドレスは店頭に出さなかった。 紹介制にしたのだ。 より、希少性を狙うために。
店頭には、部分レースのドレスやケープが並んだ。 あの夜会でセシリアの着たシャンパンゴールドのドレスも飾られていた。
エヴァーグリムの店で人気の、細かい刺繍が施されたドレスも、もちろん取り扱っている。
出だしは上々だった。 このまま王都の流行をさらってくれれば、上手くいくだろう。と、セシリアは考えていた。 アレクシウスも同様に考えているようで、満足気に見えた。
その日の夜、セシリアはアレクシウスと食事に出かけた。 開店の成功を、二人で祝おうと、誘われたのだ。
美味しい食事にお酒も進み、気分が良くなってきた頃、セシリアは気が付いた。
「アレクシウスって、綺麗な顔、してるのね」
店内の薄暗い灯に、彼のアンバーの瞳が黄金に輝いて見えた。 青銀色の髪色も気高い銀狼の様で、素敵に見える。
「何? 俺に惚れちゃった?」
「それは、無いわね。 やっぱり、私、マグヌスが好きだもの」
「えっ!?」
驚いたのはアレクシウスだ。 吹っ切れているように見えていたからだ。
「冗談よ。 さすがにもう、思い出す事も少なくなったし、泣くことも少なくなったわ」
「なんだ。まだ、思い出すんだ」
少し、寂しそうにアレクシウスはグラスを傾ける。
「でも、私が大丈夫になってきたのは、刺繍とレースとあなたのおかげかもね」
そう言って、セシリアは身を乗り出す。
「あなたと話ているのは、楽しいわ。とても」
そう言って、フフフと微笑んだ。 心の底から、この瞬間『楽しい』と感じていた。
「ねぇ」
急に真面目な顔になったアレクシウスは、セシリアを見つめて言った。
「俺と付き合ってみない?」
お読み頂き、ありがとうございます。
↓★を頂ければ幸いです。
それでは、よい一日を。




