1 マグヌスとセシリアの恋
薄っすらと辺りが明るくなってきた夜明け前、何度も繰り返す水音だけが響いていた。
水辺に打ち寄せる波とは違う、不規則な水音。 後、数時間後に戦地へ赴く若者とその恋人が、別れを惜しんでいた。
可惜夜
明けてしまうのが惜しいほど美しい夜。 地平線がオレンジ色に輝き始めた空を横目に、二人は離れられずにいた。
「お願い。私を抱いて。はしたない………とか、言わないでよね」
その若い女は、体躯のよい若者の首に腕を回し、息も絶えだえに懇願する。
「―――駄目だ。駄目だよ。 僕は決めているんだ。この戦争で功績をあげて、爵位をもらうんだ。 そして、君を迎えに行く。 そう、決めてるんだ」
そう言いながらも、彼は、齧り付くように彼女の口唇を貪り、彼女の後頭部を押さえつけ逃げ道を奪う。
「その時は………、その時は覚悟しておいてよね」
ニヤリと笑う彼の口端は、まだ弱々しいオレンジ色の朝日を浴びて、いやらしく輝く。
「言うわね………」
つられてニヤリと笑う彼女は、彼の頭を胸に掻き抱く。
鼻先に彼女の鼓動と香りを感じた彼は、一瞬理性を失うが、直ぐに我に返り彼女を引き剥がす。
瞬間、寂しそうな顔をした彼女に言った。
「そんな侍女にバレるような所………」
そう言いながらも彼は、彼女のスカートをまくり上げ、その中に頭を突っ込んだ。
「やだっ!なに?」
慌てた彼女は、まくり上がったスカートを押さえるが、時すでに遅し。 彼女のスカートを押さえる腕の力がだんだんと抜けていき、甘い吐息が漏れ始める。
「まっ………、ちょっ………」
もう、何が何やら分からない。 彼女はただただ、甘い刺激に抗えずにいた。
カクリと膝が砕けた彼女の腰をしっかりと受け止めた彼は、息も絶え絶えの彼女に微笑む。
「ちゃんと覚えていてよ。 必ず迎えに行くから」
「えぇ、ずっと待ってるわ。いつまでも………」
彼女は微笑みを返し、その頬を両手で包む。 彼の濃藍の瞳に映る自分を見つけ、嬉しくなった。
そして、彼の口唇を優しく喰む。何度も何度も繰返し。
このまま永遠に時が止まればいいのに………。
別れを惜しむ彼らを包む宇宙の端が、濃藍からオレンジに。 そして、淡い桃色、曙に染まっていった。
*********
「やだっ! 今、何時?」
昼近い陽射しを感じたセシリアは、ベットから飛び降りた。
「やだやだやだっ! マグヌスを見送らないといけないのにっ!」
薄手の寝間着を脱ぎ捨て、衣装部屋へと駆け込もうとする彼女を、厳しく制止する声が飛ぶ。
「お嬢様っ! まだ、時間はありますっ! それよりも、いったい何処で何をしていたんですかっ!」
いつから其処にいたのだろうか。 仁王立ちする侍女のアンナの姿に気付き、セシリアは動きを止める。
そして、ふと思った。
―――私、どうやって帰ってきたの?
「まったく。最後の夜だから、少し遅くなるっていうのは分かりますけど、まさか朝帰りとは思いませんでしたよ。 それも、デレデレとお嬢様を抱っこして。 もう、奥様に見つかってたら、どうなっていた事かっ」
怒りながらもアンナはテキパキと手を動かす。
セシリアはあっという間に、オレンジ色のワンピースに身を包んでいた。
マグヌスの髪色で、セシリアの大好きな夜明けの色。 でも、母は「下品だ」と言って眉を寄せる。
「伝説のルーエンホフドみたいで、カッコいいのに」と、セシリアはいつも思う。
ルーエンホフドはライオンの鬣のように、オレンジ色の髪をたなびかせている戦神だ。
マグヌスもモジャモジャなオレンジ色の髪をなびかせていた。 セシリアは彼のモジャモジャな、その柔らかい髪を、グシャグシャにかき回すのが大好きだった。
「ささ、お嬢様。 急ぎますよ」
アンナの声を合図に、セシリアは、部屋を飛び出した。
*******
エヴァーグリムから戦地へと旅立つ若者が、広場に集まり、領主からの激励を受けていた。
綺麗な美しい馬に乗った騎士を先頭に、小銃を抱えた歩兵がその後に並んでいた。
セシリアはすました顔で、領主である父親の後に立ちながら、遠く後の歩兵の中にオレンジの髪を探していた。
「―――では、お嬢様から一言」
司会の男性に促され、セシリアは一歩前に出る。 横に並んだ父親が「余計な事を言うなよ」と、小さく呟く。
コホンと小さく咳払いをしたセシリアは、よく通る透き通った声で戦士たちを激励する。 ありきたりな言葉で。
「―――皆の働きで、この美しいエヴァーグリムが守られる事を期待します」
ニコリと微笑んだセシリアに、野太い歓声があがる。 それに気をよくしたセシリアは言葉を続けた。
「マグヌスっ! 聞こえてる? 私、待っているからっ! ちゃんと迎えに来てよっ!」
セシリアは声を張り上げ手を振った。
「コラッ! セシリアッ!」
慌てて領主の父親が彼女を制止するが、広場は盛り上がる。
歩兵の並ぶ中ほどで、オレンジ色の髪の男が担ぎ上げられた。 マグヌスだ。
「マグヌスっ!」
セシリアは演壇から飛び降り駆け出した。 自然と、マグヌスとセシリアの間に道ができ、二人は飛びつき抱き合った。
マグヌスはセシリアを抱え上げ、クルクルと回りながら彼女に接吻した。 拍手が湧く中で、何度も何度も二人は接吻した。
―――後日、新聞のゴシップ欄に抱き合うセシリアとマグヌス。 そして、苦々しい顔で彼らを見つめる領主であり父親のフランゲル伯爵の写真が取り上げられた。
しばらくの間、セシリアとマグヌスの身分違いの恋が世間を賑わせた。
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今日も、良い一日になりますように。




