母と偽の連れ子
「今年で5周忌……か」
そう、私は呟いた。
▪▪▪
私の名前は葛山まひろ。1人でアパートに住んでいる。
旦那と5歳になった息子が居たが、車の事故で二人とも亡くした。
―――今日で5周忌。気分が重い。
そういう気持ちを抑えつつ、アルバイトの帰り道だ。
家の前の公園のベンチに、薄汚れた男の子が座っている。
(……あの子、たしか)
近所の噂では、虐待の疑いが掛かっている子だ。
気に止めず、通り過ぎようとしたが……今日はなぜか気になった。
「ねえ、僕」
私は彼に話しかける。
「……」
その子は何も言わずに、俯く。
そして、すすり泣きを始めた。
「……どっ、どうしたの僕?」
私がそう言っても泣くばかりだ。
(もうこうなったら!)
私はその子を抱え、その場を走り去った。
▫▫▫
彼を部屋に招き入れ、シャワーを浴びせた。
そして食パンを焼いて、机の前に座っている彼に置く。
「僕、何も食べてないでしょ。食べて」
私がそう言うと、彼は私を見つめる。
「……ほんとに、いいの」
彼はか細い声で言う。
「いいよ」
そう返すと、彼は貪るように食べ始めた。
▫▫▫
食パンを食べ終え、彼は少し落ち着いたようだ。
それを見計らい、改めて聞く。
「どうしたの、1人でさ」
彼はまた俯く。
「ぱぱとまま、僕を置いて居なくなった」
「なんですって……!」
その言葉に、私は驚いた。
詳しく聞くと、母親は浮気をし家を出て父親が破産して蒸発。よくある話じゃない、と呆れてしまった。
(……しかし、どうしたものだろう)
家まで上がらせてしまった以上、私が何とかしなければいけない。
そのまま養護施設に入らせてもいい、と考えたが―――
(この子、私が引き取ってもいいのかしら)
何故か、自分の息子と重なる部分があった。
今日が周忌だからなのか。
そう思った途端、口が開く。
「ねえ、僕。おばさんと一緒に住まない……?」
▪▪▪
2日後、私と彼は最寄り駅のホームに立っていた。
あの日、私と一緒に住もうと言ったら彼……灯君は小さく頷いた。
親が親だから、まともな大人によくはしてもらわなかったのだろう。優しくした私に心を開いた。
その後の行動が早かった。
私は急いで便箋を買い、今のアルバイト先に退職届を書いて郵便局に出した。
翌日、私は役所へ出向いて諸々の手続きをした。
……そして今日、だ。
「ねえ、これから何処に行くの」
手を繋いでいる灯君がそう言う。
「ここじゃない、何処か……ね」
そう私は呟く。
行く場所は正直決めていない。
でも、今居る場所からは遠く離れた場所に行きたい。
「……そっか」
私の心情を悟ったのか、灯君がそう返す。
その会話をしているうちに電車が来て、私と灯君は乗り込んだ。
▪▪▪
あれから、何回か乗り換えをして海が見える駅に降り立った。
とりあえずは、泊まれる場所が欲しい。
駅前に居たタクシーの運転士に話をすると、知り合いがやっている民宿に電話をしてくれて、泊まれることが決まった。
道中、タクシーの運転士は私たちの事は聞かなかった。それは有り難いと思った。
民宿へ着くと、一人の女性が出迎えた。
「……さあ、お入り」
その人が言うと2人は頷く。
中に入ると、ご飯が用意してある。
「さあ、冷めないうちに食べな」
▫▫▫
「ねぇ、あんた」
ご飯を食べた後、民宿の主人である柴野さんが私に聞く。
「なんか辛いことでもあったのかね。その子……見た目のわりに痩せているじゃない」
私は柴野さんにここ数日の事を話した。
「まあ、その子の親やあんたがやった事は許される話じゃないが、そのままにしておくのは良くないねぇ」
と柴野さんが言う。
彼女は少し考えた後、どこかへ連絡をする。
「……ああ、理事長さん。急にお電話して申し訳ないね。前に新しい女子寮のお話あったでしょう?その件で……」
少し話した後に、私の方を向く。
「私の知り合いに近くにある高校の理事長が居てね。そこの住み込みで働く人の枠が一人空いていたのを思い出して、貴女の事を話したわ。了承してくれたわよ」
「え、本当にいいのです?」
柴野さんは微笑んで手を横に振る。
「いいさ、いいさ。その代わり、その仕事をちゃんとやってくれさ」
「……は、はいっ」
▪▪▪
私は柴野さんの勧めで、女子寮の住み込みで働くことになった。
関係者や寮に住む学生さんは、私と灯君の事を温かく迎え入れてくれた。
―――住み込みの仕事を含めた新たな生活に慣れた、半年後。ある事件が起きた。
休日、私が買い物を頼まれて自部屋から出ようとした時だ。
「灯!灯はここに居るんでしょ!!」
と大声で言いながら、派手な格好をした女性が寮の裏口からそう言ってきたのだ。
「何ですか、貴女は」
寮長の賀茂さんがそう言う。
「ここに、男の子が居るって聞いてさ!それ拐われた私の子なの!!!」
そう彼女が言い返す。
「……っ!」
部屋の奥に居た灯君が、びっくりした表情を見せた。
……間違いない、『本物の母親』だ。
私は急いで部屋から出て、裏口の所へ向かう。
「貴女、灯君の母親ですよね」
私が冷静な口調で言うと、彼女は口調を強くする。
「あなた、近くに住んでた人じゃない!なんで私の子を拐ったのよ!誘拐犯!!!」
母親が飛び掛かろうとし、賀茂さんが彼女を止める。
それを見た私は、感情の枷が外れた。
母親の胸ぐらを掴み、頬を叩く。
「子どもを置いて出ていった人に、今更親のヅラして来ないで!あの子がどれだけ仕打ちをされたか分かっているの!?」
私の表情を見た母親は怯んでしまった。
「そもそも、ここは関係者以外立ち入りを禁止しています。これ以上居ると警察を呼びますし、近所のの方やここの寮生から冷ややかな目で見られますよ」
母親は周りを見ると、寮生や人が集まっているのにようやく気がついたようだ。
「……もう、いい。来ないから警察は呼ばないでよね」
そう言って、母親は出ていった。
「私、理事長先生に連絡してきますわ。何かあると困るから」
そう賀茂さんが言う。
「……はい、よろしくお願いします」
私はそう返す。
「まひろさん」
傍聴していた人たちの中から、生徒会長を務めていると聞いている女子生徒が話しかける。
「灯君の母親は、間違いなくまひろさんです。言い返したこと、正しいですから!」
その言葉に、皆は頷いた。
▪▪▪
それからずっと『この地』に住み、灯君は成人になった。
最初、彼を引き取ったことは負い目も少し感じていた。
でも、立派に育った彼を見て……その負い目は薄れた。
私が居る部屋にある額縁には、灯君が描いた私の似顔絵がある。
―――母と偽の連れ子。それでも『絆』は生まれるものだと、ひしひしと感じていた。




