64そう遠くないある日
エイヴァルトとの交際は順調なうえに、結婚に向けた準備も進めている。
二人で住む家は安全を考慮して、クラーラが勤める工房の近くに借りることになった。すぐ側に騎士団の詰所があって、帰り道には商店が立ち並んで買い物にも困らない。
結婚式やそのあとの食事会についての段取りは、フランツとその妻ナーシャがいろいろ教えてくれた。
花嫁衣装は当日まで家族以外には内緒なのが普通なのでナーシャが一緒に選んでくれて、エイヴァルトにはもちろん、アイザックにも当日まで知ることはできない。
二人が結婚するまでそう遠くないある日、エイヴァルトに呼ばれて騎士団舎にお邪魔したらディアンがいた。
エイヴァルトとは身分を超えた友情があるらしく、二人は仲良く談笑している……のか? なにやら言い争っているようにも見える。
案内してくれた騎士に礼を言って二人のところに行くと、気づいたエイヴァルトが眩い笑顔を向けて「クラーラ!」と名前を呼んでくれた。
傍らのディアンは目元を緩めて視線を向けるだけだ。立派な服を着ていて王太子モードなのだと気づく。
どうしよう、膝をつくべきだろうかと迷っていたらディアンに手招きされた。
「君にこれを」
そう言って差し出されたのは虫籠だ。中には大きな蜥蜴が入っている。エイヴァルトは微妙な顔をして様子を窺っていたが、クラーラは「まあ!」と歓喜の声を上げた。
「立派な蜥蜴ですね。しっぽだけ綺麗に真っ青だわ。この子はお城の森で?」
「ああそうだ。昨日見つけて君に見せたいと思った。君の家まで持参したかったのだが時間が取れなかったもので、こんなところに呼び出して済まなかったね」
「いえいえ。こんなに可愛い蜥蜴ちゃんを紹介してくれるなら喜んで駆けつけます。可愛いなぁ。昨日かぁ。だとしたら今日にも森に帰してあげるんですよね」
籠の中の蜥蜴を覗き込んできらきらと瞳を輝かせるクラーラと王太子。その様子を目にする騎士たちは引き気味だ。特に美人のクラーラが爬虫類を好むなんてとびっくりしている。
蜥蜴の立派さや綺麗かどうか、そして可愛さなんてまったく理解できていないエイヴァルトは、「クラーラ、君は蜥蜴が好きなのか?」と目を点にしていた。
「大好きです。この黒い目が可愛いですよね?」
クラーラの発言を聞いたディアンは「ほら、言ったであろう」と得意げに口角を上げている。二人が言い争っているように見えたのは蜥蜴について話をしていたからのようだ。
「私はエイヴァルトの知らないクラーラを知っている」
「くっ……まぁいいでしょう。私は殿下の知らない彼女を知っていますから」
なにやら楽しく言い合っている二人を放っておいて、クラーラは籠の中の蜥蜴に見惚れていた。
「このしっぽの色、どうやって表現しようかしら。宝石を鱗の形にカットするのも骨が折れそうね。銀細工に色を付けるって難しいかなぁ……」
装飾品ならブローチだろうか。あまり高価になりすぎると買い手がつかない。一般の人たちに買ってもらって、この青い尻尾を持つ立派な蜥蜴が世間に知られて愛されるようになる未来を想像する。
「望むなら持ち帰るかい?」
嬉しい申し出だが死なせてしまったら悲しい。クラーラは籠の中を覗き込んだまま首を横に振った。
「お家に帰してあげましょう」
「そうだね。それはそうと、この蜥蜴はしっぽが外れると知っているかい?」
「そうなんですか!?」
「捕まえる時に間違ってもしっぽを掴んではいけない。切れて逃げられてしまうからね」
「ディアン様って物知りなんですね!」
「そうでもないよ」
クラーラに褒められてディアンはご満悦だ。クラーラも蜥蜴談議に花を咲かせられる日がくるなんて思っていなかった。
出会いは最悪だったけれど本当はいい人なのだなと、ディアンの緑色の瞳をじっと見つめていたら。
「蜥蜴ではなく私のことも構ってくれ」と、エイヴァルトが人目もはばからず後ろからクラーラを抱きしめた。
そうして耳元で囁かれる。「早く君を私だけのものにしたい」と。
クラーラの腰が砕けたのは言うまでもない。
おしまい




