58事件の後
アヒムに加担していた男が捕まったのは事件から二日後、アイザックがウィンスレット領から戻った翌日のことだった。
クラーラをアイザックに戻したエイヴァルトは身内に内通者がいると予想して捜査にあたる。
最近になって城壁に関わる勤務に変更になった者を洗い出し、隊員が手分けして一人一人の状況を素早く捜査する。その中からエイヴァルトは、本部勤務だった事務方の一人に当たりをつけて直接尋問を試みた。
冷たい碧い瞳に見つめられた若い男は呆気なく堕ちた。男は不正に手を染めたことを後悔していて苦しかったと告白した。
男は最初にクラーラが襲われた件にも関わっていた。アイザックが遠征に出ることを、アヒムがクラーラに懸想していると知っていながら教えたのだ。
男はアヒムから違法薬物を買ったせいで、騎士団の情報を漏らすように脅されていた。今回アイザックが不在にすることは知らなかったが、アヒムが都から脱出するための手はずを整えたのはその男だった。
男は騎士団を首になり、自白から違法薬物の使用が認められ辺境へと追放になった。反省していることと薬物の使用が一度だけの初犯ということもあって、辺境では仕事が与えられ十年の監視がつけられる。この処分は男がさらなる犯罪を重ねるのを防ぐ目的もあった。
アヒムは更生の見込みがないとされ、寒さの厳しい北の地で生涯に渡る強制労働の処分を受けることになった。
罪からすると期限付きの懲役が妥当なのだが、事件を知った王太子が「騎士の家族に手を出すのは王の所有物に手を出すに等しい。厳罰に処せ!」と大激怒したせいもある。
さらには宰相によって逃亡防止の処置が提案され王太子が同意したために、アヒムは片足の腱を切られて走ることができなくなった。
王太子の声と宰相が直接関わったお陰で極めて迅速に処理され、確保から十日もしないうちにアヒムは北へ送られた。
加害者が元騎士で被害者が役職を持つ騎士の家族だったことを理由にして、王太子が被害者の見舞いに行く計画もでたが、被害者の兄から丁重に断られるというやり取りが裏で起きている。
断られた王太子は大切な人の死が重なったせいもあって、たいへん落ち込んでいるとの噂がエイヴァルトの耳にも入っていた。
少し心配になってこの件で話しをしていたラインスに聞くと、「面倒だから放っておこうよ」と笑顔で言われたので、それほど気にすることでもないと判断した。
アヒムの件についてようやくすべてが片付いた。エイヴァルトは報告を兼ねてアイザックにクラーラを訪ねる許可を得ることにする。
すでにクラーラは仕事に戻っていた。アヒムの捕縛が済んでも危険がなくなったわけじゃないのでアイザックが迎えに行くのは変わっていなかった。
エイヴァルトが望むなら今後はそれを譲ってくれると言う。
アイザックも仕事で行けない時があるので、お互いに助け合えたらありがたいとの申し出を喜んで受けた。ただ今回の報告はアイザックにもいて欲しいと申し出た。
「勝手にしてくれていい。なんなら帰らないが?」
すでに顛末は報告されている。今さら聞くこともないアイザックはエイヴァルトに気を遣ったが、「いや、君もいてくれ」ときっぱり拒絶した。
「いいのか? お前と二人ならクラーラは喜ぶと思うぞ?」
「彼女を大切にしたい。だから手を出さないためにもいて欲しいんだ」
外で話すには憚られるので二人の家を選んだ。もしクラーラの嫌がることをしてしまったらと思うと、監視人としてアイザックにはいて欲しかったのだ。
「ふーん。まぁいいが……」と答えたアイザックだったが。
当日クラーラを迎えに行って送り届けた先にアイザックの姿はなかった。
「アイザックはまだなのか」と呟く。するとクラーラが「夜勤で帰らないって言っていましたよ?」と、どうして知らないのとでも言いたげにエイヴァルトを見上げている。
事件の後、久しぶりに会ったクラーラは変わらず愛らしい。まるであんな事件はなかったかのように元気に笑っている。仕事にも集中できているらしく、店舗に並べる品や注文品の作成に精を出しているとのことだ。さらに合間にはエイヴァルトに贈るピアスの作成に取り掛かっているのだと、帰宅しながら楽しそうに話してくれた。
本当に、あんなことが起きたのが嘘のようだった。
エイヴァルトはこれからあの日の話を蒸し返そうとしている。傷つけるかもしれないので、クラーラが逃げられるようにアイザックにいて欲しかった。
それに何よりも、この愛らしさ全開の可愛い女性に縋られるようなことになったらどうしたらいいのか。頼みの綱は夜勤でいない。望んでもいない気を遣われてしまい逆に憎らしかった。
「エイヴァルト様?」
固まるエイヴァルトを不思議そうに見上げる紫の瞳。その瞳の中には金色に輝く筋が幾つも入っていて、不思議な色合いはエイヴァルトを惹きつけて離さない。純真無垢な乙女の稚い眼差しの前に、エイヴァルトは自分が汚い大人に思えて罪を意識した。
慌てながらも悟られないよう視線を外したのに、柔らかくて艶を帯びた唇に釘付けになってしまう。
密室に将来を誓った男女が二人きり。何が起きてもおかしくない状況。
この状況から逃れるためにエイヴァルトは目を閉じて、辛いばかりだったトリン侯爵家で育った頃に思いを馳せる。
トリン侯爵家の人間として恥ずかしくないよう、決して間違いを犯さないように育てられた。淑女と密室に二人きりなんて絶対になってはいけない。それでもなってしまったらどう対処するべきなのか。
まずは扉を開いて密室を作らない。
外に通じる扉を開けると中を覗かれる可能性が大なので窓を開けた。クラーラはエイヴァルトの行動を不思議そうに見守っている。「これは君を守るためだ」と言いたかったが、男を意識させるような言動は慎むべきなので、聞かれないのをいいことに説明するのはやめた。
それよりも何よりも。
クラーラにあんなことがあったのにアイザックが夜勤を自ら選択したということは、エイヴァルトにこのまま一晩クラーラを見守れとの意思表示だ。
クラーラとここで一晩二人きりなのか!?
一人残して帰るなんてできないので、絶対に窓は閉めないと誓う。
窓全開。寝ずの番をする必要がある。
そう思った途端、ほんの少しだけ冷静さを取り戻すことができた。




