23ウィンスレット公爵親子
ラインスは父セバスティアンの命令で、アイザックとクラーラ兄妹の出生について事実確認を行う。
早急にとのことは命じられなくても理解していた。
またディアンの側に仕えている五歳年上の兄フリューレイに連絡をとって、ディアンがクラーラに手を出してしまわないように注意喚起も忘れない。なによりもこれは重要だ。
フリューレイには「どうしてなのか理由を話せ」と詰め寄られたが、確実なことが判明するまで口外を禁じられているので、相手が兄とはいえ口を噤んだ。
「父上、本当に急がないと危険です。殿下はすでに娘を囲う気満々ですよ」
ディアンに命じられて、クラーラを囲うための屋敷を準備したのはフリューレイだ。
幸運なことにまだ囲われていない。
もしもの時は力ずくで止めるよう、フリューレイに強くお願いした。
ディアンに忠実な兄が詳しい理由を知らされないまま、どれだけ言うことを聞いてくれるか疑問だが、ラインスにできることはしているつもりだ。
「爺様からの返事はまだなんですよね?」
祖父への確認は父自らが行っていた。
「早くて明後日になるだろう。ことが事なだけに直々にやってくるかもしれん。そうなると七日は必要になる」
人の目に触れても大丈夫なように、セバスティアンがオルトールに出した手紙は曖昧な表現で済ませている。それでもアイザックの言うことが事実なら気づける内容だ。
「それで二人の母親……ディートリンデの勤務記録はなかったのだな?」
「はい。どこを探してもディートリンデが城で働いていた記録はありませんでした。ただ、被服部においてある一定期間の記録が、その後に続くものに比べると新しく感じられました。彼女が在職していた期間と一致します。書き換えられたのかもしれません」
城には服飾を扱う部門があって、王を初めとする高貴な方々の衣服の直しや製作をしている。そこには裁縫やレース編みを得意とする両家の婦女子が集められていた。
当時働いていた者に話を聞くこともできるが、詮索されて悪い方に向かってしまう可能性があるので留め置いているところだ。
もし本当に書き換えされているとすれば、筆跡は異なるがオルトールの仕業だろう。
心配していたエイヴァルトは日々真面目に勤務し、トリン侯爵家と接触している様子はない。
ラインスからすると、エイヴァルトがトリン侯爵家と縁を切る話は信用しているが、セバスティアンは慎重だった。
そもそもトリン侯爵家は馬鹿だと思う。エイヴァルトよりも上の兄二人に次期宰相を狙わせている時点で当主の無能さを感じた。
もちろん二人の出来が悪いわけでは無いが、ラインスの敵ではない。それがエイヴァルトだったら焦るところだ。
もし今の時点でトリン侯爵ライハインツがエイヴァルトの能力に気づいたとしても時すでに遅し。エイヴァルトは侯爵家の呪縛から解放されて進む道を決めている。
幼少期から学院に入るまでがどうだったか知らないが、その後のエイヴァルトの状況を理解せず、一位の成績にのみ拘る哀れな一族だ。
エイヴァルトの長兄イーサンは、もともとはディアンの側に仕えることを望んでいたが、選ばれたのはラインスの兄フリューレイだった。
次代の王の側近として懐に入り込み、いずれは国政に関わろうとしたのだろうが、イーサンはディアンの信頼を勝ち取るには至らなかった。
公にはディアンの成長を見守ったのがオルトールだったことが優勢に働いたと思われがちだが、実のところは違う。聞くところによるとディアンは口煩いオルトールを煙たがっていたらしい。あくまでも信頼を勝ち得たフリューレイの実力だ。
もしフリューレイとイーサンが同学年だったなら、イーサンは「トリン侯爵家の落ちこぼれ」だったのだろうなと想像してしまう。
「トリン侯爵家には政治から離れてもらう予定だが……まさかここにきて厄介な問題が持ち込まれるとはな」
カルディバー王家に黒い染みを落とし始めたトリン侯爵家を、セバスティアンはよく思っていない。染みが広がる前に退場していただこうと手を打ち始めたところだ。
「エイヴァルトの除籍は間に合うでしょうか」
「どうかな。除籍されたならば巻き込まれないだろうが、あの男は見た目からして大きな手駒だろう。簡単に手放すとは思えん」
あれだけの美貌を持つ男はそうそういない。高位貴族に生まれながら、騎士という職について実力を発揮している。秋波を送られても見向きもせず、それがまた婦女子からの人気を集めている。
運動がからっきし駄目なラインスからしたら、騎士かつ頭の出来もいいなんて羨ましいことこの上ない。
「ラインス、お前はあの男を気に入っているのか?」
「昔は怖かったんですけどね。意外にも素直だと知って、味方につけるとなにかと便利だろうなと考えています」
「まぁ……騎士団においても潰すには惜しいだろうな」
それでもトリン侯爵家が賄賂で買収しようとした事実は残る。
もしエイヴァルトがトリン侯爵家から除籍され、爵位を受けることなく平民となるなら、もと侯爵家という肩書はつきまとうもののかなり扱いやすくなるだろう。
セバスティアンの命令で滞ることになった出世も、正当な判断で行われるに違いない。
「とにかく隠居の回答待ちだ」
「エイヴァルトはそれまで彼女との接触を?」
「ああ、禁じている。お前はフリューレイにもう一度念を押しておけ」
「兄上はディアン殿下至上主義ですからねぇ。秘密を知っても殿下のために口にしない可能性すらありますから厄介ですよ」
フリューレイはウィンスレット公爵家の人間として行動して、カルディバー王家の繁栄を優先しているのは間違いない。
ただちょっと真っ直ぐすぎる面があるのだ。
もし万一にもディアンが禁忌を選んだなら、フリューレイは間違いなく賛同するだろう。
だからそうなる前にアイザックから得た情報を共有したいのに、確証を得るまで絶対にこれ以上広げるなというのがセバスティアンの厳命だ。
亡きローディアス殿下が秘密にしたことを、許しもなく臣下が口にすることに躊躇するのは分からないでもないが、間違いが起こってからでは取り返しがつかないことも分かって欲しいものだ。
それから十日の後、領地に引っ込んでいるオルトールからようやく返事が届いた。そこには「すべて彼の言葉どおり」とだけ記されていて、戻ったのは使いの者だけであった。




