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失敗と仮面の女

 二人はまたあの路地裏を歩いていた。黒也には現在どこを歩いているかさっぱり分かっていなかったが、末那はそんな事なく今いる場所を理解して案内してくれている。


 何でそんなことが出来るのだろうか?見た目はほとんど同じであり、少しも見分けがつかない。末那はこの道に慣れていると言っていたが、どのような事情でこの道になれるのだろうか。


「ねぇ、後どれくらいで着くかわかる?」


 黒也はこうして歩いている間にも術式を組んでおり、もし暴力団の人達と出くわしてもいいようにしていた。そのため、常に思考の一部を術式に割いているため、少しずつ負担がかかっていたのだ。


 前の世界ではこの程度のことは少しも負担にならなかったのだが、魔力が薄いこの世界に慣れていないため、その負担は避けられない。


「後十分くらいかな、この様子だとあの人達は警戒していないようだから順調に辿り着けそうだよ」


 末那がそう言った時だった。たくさんの足音が路地裏の中に鳴り響く。それも四方八方から音が鳴り響いているため、逃げるところがない事を理解させられる。


「ッ!何でっ!」

 末那は予想外のことに混乱していた。ここまで来るのに痕跡などは少しも残していないため、見つかるわけないと思うのも仕方がないことだったが、相手が相手だ。このくらいのことは簡単に予想できるのだろう。


 しかし、末那とは違って黒也は随分と落ち着いていた。別に末那が焦りすぎという訳ではなく、黒谷には前世の記憶があるため予想外の出来事にもある程度落ち着いて対処できるのだ。


(1,2,3,4……いや、それどころじゃない。少なくとも十数人はいる!)


 そうやって黒也たちが戸惑っている間に十数人の暴力団の構成員が取り囲んで、正面にいる一人の黒ずくめの男が声を掛けてきた。黒いレンズの奥にある目は憤怒の炎に燃えていて、その並外れた怒りがひしひしと伝わってくる。


「久しぶりですね、夜舞黒也。抵抗せずに投降してください。貴方たちにとって、それが最善だと思いますよ」

「ええ、お久ぶりです。三賢諭さん」


 目の前の人物とは何度も顔を合わせたことがある。だからこそ、その忠誠心も、恐ろしさも十分理解している。目の前の人物はある意味金剛よりも厄介だ。少しでも隙を見せてしまうとどんなことをされるのか分からないし、何か情報を与えてしまうと何もかも理解されてしまうかもしれない。


 そのため、一回の魔術で最大限の効果を生むために、会話をして隙を伺おうとしていた。その会話に三賢が乗ってくれるのかは賭けであったが、失敗したところで対して損をすることは無いため、試してみるだけ得だと思う。


「今日はどんなご用件で?投降とは何ですか?」

「聞かなくても分かっているでしょう?とうとう脳みそが腐って何も考えれなくなったんですか?」


 ……やっぱり口が悪いよね、これはかなり怒っている証拠だ。こうなってしまうと、どうやっても和解することは出来なさそうだ。


「あ、ついでに言うと私達を君の力で倒したところで、何人も後ろに控えているので無駄になるだけですよ。その力も大して連発出来ないのですから今すぐ投降することをお勧めします」

「ッ!」


 何故魔術が連発できないことがわかった?魔術のことを知っているのは金剛から聞いただけなのだろうが、連発出来ない事を知っている理由は分からない。


 そのことを知っているのは末那だけであるし、末那と常に一緒にいたから末那が伝えたということもありえない。


「どうして……?」

「何回も力を使えるならとっくに使っているでしょう?」

「……実際は何回も使えるけどあえて隠しているとは考えないのですか?」

「貴様の考え方なら理解しているので、そんなことをしない人物ということは分かっていますよ」


 考え方を読まれていたのか。まだ数回しか会っていないのによくそこまで理解できるものだ。しかし、それならば僕に借金をしっかり返す意思があることも理解しているのでは無いか。

 そのことを聞いてしまうと、完全に怒らしてしまうかもしれないが、それでも和解出来るかもしてないならば試す価値はあると思う。


「それなら、僕が借金を返す意思があることを理解しているんじゃありませんか?」

「……」


 数秒の沈黙。その沈黙の後に今後の人生の方向が決定するかもしれないので、黒也にはその一瞬が永遠に続いているように感じた。


 今の三賢の頭の中には、どんなものが渦巻いているのだろうか?それは僕が口だけではなく、実際に借金を変えそうとしているのか確かめているのか、はたまた尋常ではない怒りに耐えているのか。


「はぁ」


 幾許の沈黙の後にようやく三賢がため息を吐いて、ゴミを見るような目でこちらを見ている。何か逆鱗に触れてしまったようであり、これで交渉は決裂したようなものだった。


「返す返さないの問題ではありませんよ、期限を二回も破ったことが問題なんです。わざわざ阿頼耶さんが一度許したのにも関わらず、もう一度破ろうとしている。そんなこと許せると思いますか?出来るわけないでしょう」


 丁寧な口調なはずなのに、そこから感じるのは今まで一番の怒りだった。怒りだけで比べるのなら、その怒りは金剛よりも苛烈であり、このまま捕まってしまうと碌な結末にならないことが理解できた。


「ああ、それは安心していいですよ、阿頼耶さんからけがをさせるなと命令されているので。とは言え、怪我をさせるなと言われているだけで、精神的に追い込むなとは言われていませんが」

「……それの何処が安心できるんですか?」


 その返事は返ってこなかった。そもそも、三賢はあまり話したくないのかもしれない。向こうから見れば、僕はゴミと同じような物だから、話したくないのも当然だろう。


(この状況はどうしよう?僕だけならまだいい、だけど末那さんを巻き込むのは駄目だ!)


 この時、黒也は自分のことを諦めて、何とか末那を逃がそうとしていた。自分が捕まるのは自業自得だが、末那は僕のことを助けようとしてくれただけであり、そのことで一緒に捕まってしまうのは違うと思うから。


 そうして、魔術を使って末那を逃がそうとした時だった。

 ばんっ、と音が鳴り響いて空から薄青の花びらが舞い降りてきた。


「ハハハッ、何でワタシ抜きで面白いことしているの?全く、面白いことをするのならワタシを呼んでくれないと?」


 そして、上のから狐の仮面をかぶった女が降りて来た。その女は高い位置から飛び降りて来たのにも関わらず、少しも音を立てずに地面に降りて来たのを見て、その女がただものでは無いことを理解させられる。


 何が目的なんだ?面白いことを見つけたからここに来たとでも言っているようだけど、本当にそれだけの理由で暴力団に囲まれているこの場所に来るのだろうか?いくら腕が立つと言っても、大きな身体を持つ十数人の男に囲まれてしまうと、どうしようもないと思う。


「ティア……」


 黒也が急な乱入者に戸惑っていると、横で末那が小さな声で呟いていた。末那は乱入者について知っているようであり、かなりの警戒心を向けていた。その警戒心は三賢に向けている物よりも強く、乱入者がそれほど恐ろしい人物ということを示していた。


「末那さん、あの人について知っているの?」


 乱入者を刺激しないように、隣にいる末那にぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で尋ねた。末那は質問されていることに気が付くと、同じように小さな声で教えてくれた。


「うん、というか結構有名だよ。あの人はティアと名乗っていて、指名手配犯の一人。本人なりの面白いことのために、法律を無視して色んなことをしているんだ。中には建物を爆破したこともあるくらい、運が良かったから誰も怪我してなかったらしいけど、それでも危険人物であることには変わりないよ」


 爆破⁉面白いからってそんなことをする人物なのか、それは警戒するのも当然のことだ。そんな危険人物が目の前にいるのなら警戒しないわけにもいかない。

「危険人物ってひどくない?ワタシはただ面白いことをしているだけなのに、危険人物だって言わないでよ。末那ちゃん?」

「「ッ!」」

 この小さな声が聞こえていたのか。いや、そんなことよりも何で末那の名前を知っているんだ?末那は普通の高校生だからティアのような危険人物との関わりが無いはずなのに……あれ、末那はこの道に慣れていると言っていたけど、そのことに関係があるのかな? 


 だけど、それが末那を信じない理由にはならない。僕のことを助けようとしてくれたのだから、末那がどんなことを隠していたとしても、末那のことを信用し続ける。


「……何でわたしのことを知っているの?」


 末那が少し怯えながらも、自分の名前を知っている理由を尋ねた。その声は少し掠れており、どれだけの恐怖心を抱いているのか理解できる。


「え?当然でしょ。君の親のことを考えたらワタシが知らないわけないじゃんか。まあ、それは隣にいる君にも言えることなんだけどね、黒也クン」

「ッ!」


 今までであったことが無いのにもかかわらず、当然のように目の前の女は黒也の名前を呼んでくる。いったい、目の前にいる女は何者なんだ?僕も末那もあったことが無いはずなのに、何で名前を知っているんだ? 


 黒也は無意識に、一歩、後ろに下がっていて、心臓が一つ跳ねていた。


「どうして……?」


 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていて、仮面の女に届いたのか自信が持てなかった。


 だけど、その声も仮面の女にしっかり聞こえていたようで、二人の方を向いて説明してくれそうだった。


「そんなことはどうでもいいんです。何故、貴方のような方が現れたのですか?これは私たちの問題なので、外野は黙っていてください」


 ティアに対して、三賢がいつも通りの口調で問いかけていた。確かに、この乱入者の行動によっては、三賢の所属する暴力団の損になる可能性が大いにある。


 そのため、三賢は周りの団員達にティアの方を注意するように命令していた。黒也は魔術を使うことが出来るのに。


 それは黒也よりもティアの方が危険度が高いということを意味していて、黒也は少し驚いていた。自惚れているわけではないけど、自分の力はかなりの脅威となると思っていたため、このような事態になると思ってもいなかったからだ。


 だけど、ここからは逃げることは出来そうにもない。確かに団員達の注意はティアの方に向いているが、三賢はしっかりと黒也のことを警戒していて、何かしようとしてもすぐに気付かれることは明らかだったのだ。そのため、幾何の沈黙の時間が続いていた。ティアが行動しない限り、黒也たちも三賢たちも動くことが出来ず、互いに警戒し合うことしかできないのだ。 


 そして、やっとティアが声が聞こえ始めた。しかし、その時に異常なことが起こったのだ。


「それは……からここに来たんだよ…………公平じゃ…………ワタシは……」


 急に意識が朦朧とし始める。視界が揺れて、光が滲み、影が伸びる。こんな状態では、ティアが言っている言葉でさえも理解できず、ただの音の羅列にしか聞こえない。


 しかも、それは黒也だけではなく、末那も、団員達も、三賢でさえもそのような状態に陥っていた。この状況で意識をはっきり保てているのはティアだけであり、そのことからこの状況を作り上げた犯人がティアだということが理解できる。


「さて……仕切り直し…………今度は…………」


 足がもつれ、一歩、後ろへと下がる。しかしその足も支えきれず、崩れるように膝をついた。遠ざかる世界。落ちていく。最後に見えたのはこっちに歩いてくるティアの姿だけだった。

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