出会いと出会い
「はぁ……はぁ……どれだけ、歩いた?」
しばらく時間がたって頭痛が少しやわらいた後、少年は辺りを見渡して今いる位置を把握しようとした。今までは頭痛のせいで周りを見る余裕が無く、どこにいるのか全く分からなかったからだ。
しかし、辺りを見渡してみると、そこはまだ路地裏のように見え、どこにいるのかさっぱりわからない。もしかすると、借金取りを倒した位置から少ししか離れていないかのせいがあり、そうだとすると現状はかなり悪い。
「どうしよう、ここからどうやって出るのかさっぱりわからない……取り敢えず歩いたらそのうち出ることが出来るよね」
少年はどの道を歩けばいいのかわからないため、取り敢えず目の前の道を歩いて行った。しかし、この路地裏は迷路のように入り組んでおり、適当に歩いただけでは外に出れるような気が全くしなかった。だけど、少年にとれる手段はこれだけであり、他の手段など存在しなかった。通行人に会うことが出来れば、案内してもらえる可能性は高いものの。こんな場所を歩いている人なんて滅多にいるはずがないだろう。
とは言え、良いところもしっかりある。このような迷路のように入り組んでいるところでは他の借金取りたちが追ってくることもかなり難しく、この中にいる限り見つかる可能性は低かった。この間に頭痛を治すことさえ出きれば、逃げ切れる可能性がぐっと上がる。
少年はそうなことを思いながら右に曲がると、そこには予想外の人物がいた。その人物は少年と同じ学校の制服を着ている黒髪赤目の女性だった。その女性は雰囲気はこの路地裏に合っておらず、存在がかなり浮いていた。
(確か……あの人は……)
少年がその女性のことを思い出していると、女性も少年に気付いたようで声をかけてきた。
「ん?君は確か……同じクラスの……誰だっけ?」
覚えられていなかった。確かにクラスどころか高校にも友達はいないから(バイト先も)、いつも一人でいて誰とも話すことは無いけれど、同じクラスなんだから名前ぐらいは憶えていてほしかった。
「僕は夜舞黒也だよ。鬼塚末那さん」
「ああ、そういやそういう名前だったね。クラスでいつも一人でいる可哀そうな人」
「君もだよね⁉」
そう、目の前にいる女性もまたクラスでいつも一人でいる人物だったのだ。しかし、互いに孤独であるが原因は全く違う。僕の場合は借金などもあり、学校以外の時間は常にバイトをしているし、休み時間は何とか授業に追いつくために復習をしているため他人と会話する機会が無いからであり、目の前にいる鬼塚末那は口調は柔らかいにも関わらず、何故か恐れられており、誰も話しかけてこないから友達がいないのだった。その理由は友達がいない黒也には把握することが出来なかった。
そのため、美人ではあるもののクラス内では浮いており、盗み聞きいたことだが謎の人物として見られているらしい。ついでに言うと、僕も同じように謎の人物として見られていて、もう一人の人物とくわえて謎の三人組として言われている。そんなことを言うくらいならば話しかけてきてほしいのに。
「鬼塚さんは何でここにいるの?」
「苗字は嫌いだから末那と言ってくれない?それにその言葉はこっちのセリフだよ、何でこんなところにいるの?」
何故か質問をはぐらかされたような気がしたが、そんなことよりも何と答えるのかの方が重要だ。ここで正直に借金取りに追われていると話してしまったら、末那に友達がいなくても学校中に借金のうわさが広まってしまうかもしれないし、巻き込んでしまうかもしれない。
しかし、末那の様子を見てみるとはぐらかすことは出来そうもなく、正直に話さないとここから逃がしてくれないような気がした。
どうしようかと悩んでいると、近くから何人かの足音が聞こえてきた。おそらく、この路地裏に逃げたことを察した借金取りたちが追ってきたのだろう。
この路地裏は複雑だからすぐに見つかることはないと思うが、それも時間の問題であり末那さんを巻き込んでしまう。
「後から理由を言うから着いてきて!」
「えっ?」
そう言って黒也は末那の腕を掴んで走り出した。末那は少し驚いた表情をしていたが、嫌がっている様子には見えず、黙って黒也に従っていた。それに何故か黒也には末那が嬉しがっているように見えていたのだ。今まで一度も話したことが無い人に触れられて嬉しがるなんてどういうことなんだろうか。
しかし、今はそんなことを考えている暇は無い。せめて、末那を巻き込まれないところまで連れて行かないと。
「あ、誰かから逃げているようだけど、その道は行き止まりだよ」
「え?」
目の前の道を右に曲がろうとした時、後ろから末那が声を掛けてきた。末那の言葉を信じるならここから先は行き止まりであり、この道を選んでしまうと借金取りに追い詰められてしまう。
(どうして末那さんはこの路地裏がどの様につながっているのかわかっているんだろう?)
黒也は疑問に思っていた。末那の見た目は綺麗に整っており、このような路地裏に何度も来るように思えなかったからだ。そもそも、何でこんなところで出会ったのだろうか。
「え?末那さんはこの路地裏がどうなっているのかわかるの?」
「そりゃ、何回も使ったことあるからね。わたしにとってこの道は家みたいなもんだよ」
それはとてもありがたかった。黒也にはこの路地裏がどうなっているのかわからないので案内してくれるだけでかなり楽になる。家みたいに思えるほど、この路地裏を使ったことがあると言った理由が少し気になるものの、借金取りに追われている現状では聞く暇がない。いつか聞ける時が来るといいな。
「それじゃあ、案内してくれない?僕はこの道を使ったことが無くて迷っているんだ」
「いいよ、ついてきて」
末那はそう言って、黒也の腕を掴んで引っ張っていく。末那は案外足が速く、ついていくのでやっとだった。……その理由は黒也の足が遅かっただけかもしれないが。
右、真っすぐ、左、右
末那は家のように思っていると言っていたが、それは本当のことの様で悩んでいる暇もなく次々と道を選んでいく。本当に謎の多い人物だ。学校での様子から考えるとお金には困っているように見えないし、本人の悪い噂とかも聞こえてこないのにどうしてこんなところに慣れたのだろうか。噂が聞こえてこない理由は友達がいないからかもしれないが……
「よし、もうそろそろ表通りに出られるよ」
そんなことを考えていると、末那が声を掛けてきた。実際に車の音などの人がおるところから聞こえる音がしており、表通りに近づいている証拠だった。
「ありがとう、末那さん。これでここから出られるよ」
「どういたしまして、それじゃあ、こんなところにいた理由を教えてくれるよね。まさか忘れてたとか言わないでよ」
「うっ……」
忘れていた。借金取りから追われていることばかり気にしていて、ここにいる理由を聞かれたことなんて頭からさっぱり抜け落ちていた。しかも、だれかぁら逃げていることまで気が付かれており、生半可な言葉では誤魔化すこともできそうにない。
しかし、そんなことを考えていると予想外のことが起きた。それは表通りの方から、とある一人の金髪の男がやってきたのだった。それが普通の男だったら何も問題はない。だけど、そうではないからかなり不味い状況だった。
金剛隼人
それは黒也が金を借りた暴力団の幹部であり、かなり恐れられている人物だった。金剛は三賢とは違って頭脳面では少しも役に立たないが、その分この街の中でトップクラスに力が強く、噂では電柱をへし折ったこともあるという。
今までは遠目に見たことしかなかったので近くで見たのは初めてだったが威圧感が半端なものでは無く、視線が合うだけで死がすぐそこまで迫っているような錯覚にまで追い込まれてしまう。
「なあ」
金剛が口を開く。それだけのことで辺りの気温が下がったような感覚に襲われ、目の前の人物が別格だということが理解できる。おそらく、魔術を使わなければ抵抗することすらできないし、この世界は魔力が薄いから勝てるかどうかも怪しい。
(それでも、魔術を使わなければ末那さんも襲われてしまうかもしれない。できれば隠していたかったけど仕方がない)
黒也はそんなことを考えて、術式を組んでいく。しかし、まだこの世界に対応しきることが出来ておらず、魔術を効率よく使うのに時間が掛かってしまうので間に合うかどうかわからない。
「オマエ、夜舞黒也か?」
どう答えるべきか。黒也は一瞬考えたが、ここはどう頑張っても逃れることが出来るとは思えないので正直に話すことにした。
「ええ、そうですけど。どうかしましたか?」
恐る恐る答える。だけど、術式を組むためには時間を稼ぐ必要があり、何とか会話を長引かせなければならない。心の底から怖いと思ってはいるが。
「そうか、オマエが黒也か。なら選べ、オレについてくるか、それとも死か」
「もう少し待ってくれませんか?お金は絶対に払うんで」
「一カ月も待ったんだぞ、これ以上は無理だ」
あれ?案外理性的だ。そういえば最初に追ってきた借金鳥が暴力が禁止されていると言っていたな。それが本当なら暴力を振るわれることはないのか?
「三賢さんが暴力を禁止しているときいたんですけど、それでも暴力を振るっていいんですか?」
これは挑発になるのかもしれない。何故なら、目の前にいる人物と三賢が相性がいいとは少しも思えず、むしろ顔を合わすだけで喧嘩するほど仲が悪いと思えたからだ。
その言葉を聞いた金剛は、ため息を吐いてガシガシと頭を掻いていた。これはどう言う反応だ?怒っているのか呆れているのか分からない。しかし、何故か悪い選択をしたように思えた。
「はぁ、まだオレの前であの野郎のことを話す馬鹿がいたとはな、まあ良いや」
すると、金剛の姿が掻き消えた。
「は?」
それは無意識の行動だった。異世界で生きていた老人の記憶のおかげで命の危機には多少慣れており、そのおかげで頭を下げることが出来たのかもしれない。少し離れた位置にいた金剛が急に近くまで来てメリケンサックを着けた拳が黒也の顔面目掛けて殴ろうとしていたのだった。
何とか頭を下げることでその攻撃はかわすことが出来たが、躱した拳が「ドガァン!」と重い音を響かせて背後のコンクリートの壁に突き刺さり、クレーターのようにへこんでいた。本当に人間なのか疑ってしまうほどの怪力に背筋に冷たいものが走る。
「チッ、避けやがって」
避けたことに気付いた金剛がもう片方の拳で殴り掛かってきたが、ぎりぎり術式を組むことが出来た。魔術の存在をばらすことになってしまうが、末那を巻き込まないためにも使わざるを得ない。
【縛れ】
「ッ!何だこれッ!」
足元の影が金剛の身体を縛りあげる。しかし、金剛は一瞬驚きこそしたものの、すぐに対応して自前の怪力で影の拘束を振りほどいた。だけど、黒也が必要としていたのは金剛が影を振りほどく一瞬の時間だったのだ。
「末那さん!」
急激な展開に驚いている末那の腕を掴み、影を用意て建物の上に昇っていく。いくら金剛が力が強くても建物の上に昇ってくるのには時間が掛かるし、移動に置いては魔術を使うことが出来る方が優れているので追いつかれる可能性はかなり低い。しかも、このままおもて通りの方に行くことが出来れば騒ぎを起こせなくなるためこの状況になった時点でこちらの勝ちだ。
「逃げるなァ!」
建物の下から金剛の叫び声が聞こえる。そのことからすぐに追いつかれることは無いことが分かったが、借金取りたちに追われている現状は変わっておらず、しかも末那に魔術を見せることになってしまったので問題が無いとは少しも言えない。それでも、損得で言うのなら充分得だとは思う。
「ごめん、巻き込んじゃって」
「いいよ、そんなことより今のはなに⁉影が糸のように金剛さんに絡まっていったんだけど!」
末那は巻き込まれたことを気にしている様子は無く、魔術のことに興味津々だった。黒也と一緒にいたことで金剛に目を付けられるかもしれないのに、魔術のことの方ばかり気にしているなんて少し驚いたけど、おかげで巻き込んでしまったといる罪悪感だ少し紛らわせることが出来た。もしかしたら、そのことも考えて魔術のことを聞いてきたのかもしれないが、このキラキラ輝かしている目を見ると悪いけれどそのようにはとても見えなかった。
黒也も負い目があるため魔術の説明くらいはするべきだと思ってはいたが、それでもすぐにここから離れないといけないため、また後回しになってしまうけれど安全なところに移動するまでは説明することが出来なかった。
「ごめん、後で絶対に説明するから少し待っててくれない?」
「うーん、別にいいけど、安全なところに行けば説明してくれるんだよね?」
「そうだけど……」
あれ?何故か嫌な予感がする。末那はいったい何を言おうとしているのだろうか?多分ろくなことではないと思う。しかし、負い目があるせいで逃げ出すことが出来ない。
「それじゃあ、安全なところ、わたしの家に行こうか」