第17話 獣 -蜚蠊-
時は遡り、パボラ班。
ーイロセ視点ー
村についた。村の建物は崩壊していた。
やはり、という感じではあるが、この村に滞在すると言ったのに、俺たちは守れなかったのだ。
「すみません、俺が倒れたせいで…」
タカトが口を開く。
「いや、気を失ってたと言っても30分程度だった。飯屋によっていたらきっとそれ以上に時間が経っていたさ、タカトのせいじゃない」
タカトの謝罪をザルデは受け付けず、逆に感謝した。
「とりあえずぅ、どこかにまだぁ生きている人がいないかぁ……」
パボラの一言で気を張る。後悔している暇はない。
「まだいるっすね…!」
俺の一言で、タカトも理解したみたいだ。あいつらは、まだこの村にいる。
「タカト行けるかい?」
「はい…!」
その一言を告げた瞬間、俺たちは飛び出した。
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蜚蠊は探すまでもなく、すぐに見つけた。
パボラができるだけ近くに着陸したのかは。分からないが、蜚蠊も、俺たちが走り近づいて来るのを見ても、逃げたりはしなかった。
それが"闘う者“同士のせめてもの礼儀だ。
「総てを焼き付くす炎よ、我に操られ、狙いをやき殺せ 炎操作」
パボラがA級火魔法『炎操作』を放つ。この魔術は放った炎を操ることが出来るが、その術の強さにより、詠唱が知られていることから、この詠唱を唱えてしまえば、炎操作を放ったことがバレてしまう。
それに、この魔術は当たれば強いが、それ故に他のものに当たってしまえば、すぐに爆発してしまう。
攻撃力は強いが、守備力が弱い。それ故に操れるようになったとも言われている魔法だ。
パボラは炎操作を真っ直ぐに蜚蠊に向けて放った。
パボラはどうする気だ?蜚蠊に魔術は効かない、通じないはずだ。パボラも忘れている訳じゃないはずだ。
パボラは炎操作を放った右手の人差し指と中指を地に向けて振り下ろした。
瞬間、蜚蠊に当たる直前まで飛んでいた炎操作は地面に当たり、爆発を起こした。
!…なるほど、そーゆーことか!
「北炎流…」
炎操作は目眩しだ。
俺はすぐに蜚蠊の所まで跳ぶ。
「不知火ッ!!」
炎操作が起こした爆炎のド真ん中を突っ切り、俺は蜚蠊に不知火をぶちかました。
「痛っ!」
蜚蠊は一言にも満たない程度の呻き声を漏らし、後退した。
速い…。
獣族といってもここまで速い者はそういない。
俺が切った箇所はそこまで深くはないらしい。が、微かに液体の様なものが垂れているのが見える。
多分蜚蠊の獣術とかじゃなく、本当に蜚蠊そのものがベースの身体なんだと思う。
まずは様子見か……。
「痛ったいなぁ…君たちにはなんもしてないでしょー!」
「パボラさん、援護頼んます。」
「…気をつけろよぉ、」
勢いよく吸った空気は鼻から肺へと、一瞬で移動する。
その酸素は心臓により身体中に巡り、俺の地面への踏み込みをより強く、強化させた。
母指球で反発し、ジャンプに近い走り出しでスタートした。
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「北炎流!夕月!」
最初は、ただただ真っ向から速度で勝負だ。
しかし、奇襲を仕掛け、剣を振り下ろした先に、蜚蠊はいない。
「(初速とはいえ、奇襲をこんなに簡単に避けられるなんて……)」
蜚蠊は剣士の夕月を紙一重で交し、そのまま地を蹴り宙へ跳ぶ。
瞬間、両の脚を器用に廻し、空中で高速回転する。
蜚蠊は空中で飛び後ろ蹴りを食らわせ、剣士を二、三十メートル、蹴り飛ばした。
だが、剣士はその蹴りを剣で受け、吹き飛ばされながらも思考を止めない。
「(…速さじゃこっちが負けてる…でも……受けることはできる!対応できねぇ訳じゃない…!)」
剣士は受け身を取り、すぐ蜚蠊を視る。
だが、そこに蜚蠊は居ない。
直後、剣士の顔面を蹴る、いや高速で走った蜚蠊の脚が顔面に当たる。
蜚蠊本人すらも、その速度により蹴るという行為を出来ず、脚を伸ばし、剣士にその脚を当てるという攻撃方法しか取れなかったのだ。
剣士は鼻、口から血を撒き散らしながら胴体着陸の様に、地面に引きずられながら吹き飛ぶ。
「まだまだァ!こんなんじゃ終わんないよー!」
挑発的な声色で発言すると、蜚蠊は走り翔んだ先にあった瓦礫を蹴り、剣士の元へ帰ってくる。
「(やっべ…受けれる体勢じゃ…)」
しかし、蜚蠊の放った攻撃は“蹴り”ではなかった。
「っ…!」
剣士は困惑する。打撃とは違うダメージに。
だが、自分の痛みの根源を目に入れ、即座に理解した。
喰われた…
剣士の左肩には噛み千切られた跡があった。
剣士は打撃だけではなく、噛みつき…欠損の恐れもあるという現状に落ちてしまった。
「(速さじゃ勝てない…でも、だからって攻撃をくらい続けたら、いつかは出血のしすぎで死んじまう…)」
「だったら…」
剣士は剣を鞘に蔵った。それは、決して闘うことを諦めた訳ではない。
「北炎流……”居合“」
居合…鞘に収められた刀を一瞬で抜き、斬り、また納めるという一連の所作を中心とした武道。
”居合“は北炎流にも、どの流派にも限らず剣術としてこの異世界にも存在している。
剣士はそのポテンシャルにより、居合術に北炎流の火力も上乗せさせた。
蜚蠊は攻撃を中断する。剣士の間合いに何かを感じたからだ。
何かを何と云うのか、強いてあげるとすれば、それは『気迫、気合い、殺気』それら第6感で感じるようなものを蜚蠊は、本能で感じていた。
だが、蜚蠊は同時に感じた。”闘う者“として、この剣士を最高の居合のこいつを殺したい。
これも第六感で、本能で感じた事だ。闘う者としてか、獣族としてか、どちらにせよ…怒りや挑戦ではなく、本能で殺人という選択をした。
剣士の完璧だといえる居合は、蜚蠊のボルテージをMAXまで上げた。
蜚蠊は全力で踏み込み、走った。蜚蠊の踏み込んだ地面は凹み、蜚蠊が着地した地面はさらに割れ、凹む。
バネの様に瓦礫を飛び回りながら、確実に加速し、威力を上げていく。
辺りに爆音が響く。埃が舞う。蜚蠊の姿は徐々に消え、瓦礫に次々と穴が空く。
そんな状況でも、剣士は居合を止めない。
蜚蠊は更にギアを上げ、剣士の後頭部に向かって真っ直ぐに跳んだ。
後頭部なんて弱点を注意しない訳がない。
だからこそ、真後ろに向かって速度での真っ向勝負。
蜚蠊の速度は並の剣士の居合では捉えきれられない程だった。
だが、イロセは…並の剣士ではなかった。
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この瞬間、蜚蠊は400km/hを超えていた。
400km/hを完全に制御し、背後から剣士の頸動脈を狙い、首を確実に噛み砕きに行く。
剣士は理解していた。自分の間合いに入ったのを察知してから、抜刀しては、間に合わないことを…。
故に、剣士は剣を抜いた。
自分の"勘"に任せ間合いに入られるより速く。
「朱道…」
ザンッ!!!
短く、細く鳴ったその音は、辺りの物を斬ったという何よりもの証明であった。
剣を振った先の物は全て削れ斬られ地面すらえぐれている。
だが、その中に蜚蠊の姿はなかった。
「上だよー!!」
頭上から聞こえたその声に、剣士は動揺を隠せなかった。
剣士の頭上には、羽をばたつかせ空にいる蜚蠊の姿があった。
「(そうか!…コイツ空を飛べるんだった…)」
本能で攻めを選んだ蜚蠊はしっかりと小細工を要し、剣士に勝った。
剣士が存在に気づいた時には、もう既に遅く、蜚蠊が剣士の顔を噛みちぎる寸前であった。
「延々と燃やし続ける炎よ、廻り穿て 炎廻!」
「っ…あっつ!」
蜚蠊は剣士の顔面を喰えず、突如、炎を食らう。
その魔術を撃ったものは、魔術師であった。
剣士は関心した。
―援護してくれ
とは言ったものの蜚蠊に魔術は効かない。
だからこそ、ここまで気配を殺し、蜚蠊が、もっと言うと俺自身も忘れてしまった瞬間にこれまで綺麗に奇襲を決めるとは……と。
「小細工は引きずり出したぁ、ここからは俺も加勢するぞぉ、いいなぁ…」
「押忍!頼んます!」
魔術師は獣人化をする。
剣士は剣を構える。
そして蜚蠊は……蜚蠊も獣人化をした。そして羽を広げ、こう言った。
「100%………出すからッ!」
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フミの本気には2段階ある。自分が"制御できるレベルの本気"そして、自分でも"制御できないレベルの本気"が……。
ーイロセ視点ー
隙は無かった。タカトには悪い言い方をするが、パボラも俺も、戦闘経験もしっかりとあり、敵を前に油断などするはずもなかった。
でも、横にパボラは居なかった。
風か吹いたと思った。俺がギリギリ目に捕らえたのは、横に居たパボラのみぞおちに蜚蠊が膝蹴りを入れた瞬間だった。
パボラは「ズドドドドォ!!!」という音と共に家を貫いていく。
「やべっ!」
勘で剣を構える。
直後、ありえない程の衝撃が、俺の腕に、全身に伝わる。
「(重い…!あの時の衝撃砲くらい…!)」
多分、勘で剣を構えていなければ、腕が飛んでいた。
「でも本気出したら、体も壊れちゃうんだよ…ねッ!!」
?!また蹴り?!
「グォゲェ…!」
なんだ。どこをやられた…?俺の腹に蹴りが入ったのか…。
ウシガエルのような声を出し血反吐を吐く。
普通に考えて…自分より速い奴が自分より早くにアクションを始めたのに、俺が間に合う訳がない。
なかなか立てない、蹴りが臓器までとどいたのか?
脂汗が止まらない…。
「あれだけ強かった君も、腹に1発入れられただけでこれだよ?やっぱり人族はこんなもんだね…」
煽ってんのか天然なのか…どっちにしろ、今は何も返せない…。
「はぁ〜、もういいやー、このレベルならきっとヨウの方も終わってるよ、噛まれて死にたい?蹴られて死にたい?」
…舐めやがって……、無理やりにでも喋れ!言われっぱなしで終われるか!
「斬り殺してやるよ…」
「強がりじゃーん!!」
たはーっ!と大口を開け笑っている、敵を目の前にしているのに…。
「陽炎、炎深、炎殺…」
この詠唱は、パボラの…
「おっと!危ない危ないっ」
詠唱を言い切るより先に、パボラは蜚蠊に蹴り飛ばされる。
「パボラさん!!」
声が出た…呼吸も出来る…!動ける…が、結構不味いな、『朱雀』のような大技を出さなれければやつには当たらず避けられる。
かと言っても大技には溜めが入り、それを待ってくれる訳もない…かなりやばめな状況だな…いや……だったら!
「北炎流… 陽灼地!」
俺は地面を切り裂きながら、蜚蠊に斬りかかる
「痛っ!その技、乱れ切りでしょ?味方の近くでそんな技やんなよ!」
「乱れ切りつっても!調整くらいは出来んだよ!」
俺が時間を稼ぐ…!
「陽炎、炎深、炎殺…」
パボラも理解したのか、詠唱を唱え始める。しかし、理解をするのはパボラだけじゃない。
「させない!」
言うより速く、駆け出した蜚蠊を追いかけようとするが、俺の脚じゃ間に合わない。
「北炎流!火突牙!」
俺は突き技の火突牙を繰り出す。というか蜚蠊に向け、ぶん投げた。
ザシュ!!
速すぎて姿が消えた、蜚蠊になんとか命中させる。
しかしこれで、剣は手元から無くなってしまったわけでありまして…。
「(今向かってこられたら終わる……!)」
剣は蜚蠊の左肩を。肩甲骨を貫いて…いや、あいつ蜚蠊だし、骨はないのか。
「いい加減にしろよォぉぉおおおおお!!!!」
ヤバい、思ったよりキレてる。
「…火日、業火……」
だが、ほんの一瞬でも時間を稼げれば、それで良かったんだ。
「朱雀ッ!!」
より赤く、さらに紅く変色していき、その火の玉はパボラの手のひらに収まった瞬間、真っ白に光り、蜚蠊目掛けて飛んで行った。
しかし…。
「獣術―雑食…」
その光は蜚蠊の手の中に消えていく。消滅していく。
しまった…。奴の速度に気を取られ、頭から消えていた。俺もパボラも…。
俺たちの絶望を他所に、蜚蠊は『朱雀』を喰い尽くしたようで、こちらに向き直る。
「どんま〜い、忘れちゃってたのかなぁ?」
……やっぱりだ。こいつガキだ…。身体能力も、獣術も、俺の太刀打ちのレベルを超えてる。
でも戦闘IQは皆無!、戦闘経験が少ないというより、今までゴリ押しで勝ててたから、絡めてに弱い…!
そこを点けば……まだ勝機はある。
「といっても…」
俺はそう呟きパボラに視線を向ける。
多分、いや確実に、パボラは魔力切れだ。
そして獣術も、この村に来る時からずっと使っている所を見るにそろそろ時間切れだ。それは獣人化も一緒…。
俺も剣をぶん投げちまって手元には無い…。
その時、俺の背後に"それ"は来た。
メキメキという音を立て大きな土の坂が生まれる。
相手の攻撃かとも一瞬思ったが、これほどに大きく規格外な魔法が撃てる奴はなかなかいない。
「タカトだ……!」
今、この瞬間奴も気を取られている……!
次の瞬間、強く何かに引っ張られる。パボラだ。
「パボラさん、策がある…!」
「よしぃ、それで行くぞぉ」
「まだなんも言ってねっすよ?」
「お前が考えた策だぁ、聞く必要もないぃ…」
「信用してくれんのは嬉しいっすけど、そんなに期待されても困るっ、うぉ!」
服を引っ張られてただけだったが、そのまま移動を使われたみたいだ。しかし、さすがに限界が近いんだろう。乗り心地も悪く、ガタガタだ。
「それでぇ?俺は何をすればいいぃ?」
「俺をあの…「あー!待て〜!!」
!…蜚蠊がこっちに気付き、俺たち目掛けて空を飛ぶ。情緒がよくわからんやつだ。
「じゃァ、あと頼むぞぉ」
「それはこっちのセリフでは?」
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「あれ?あの長髪くんは?」
「さぁなぁ」
獣人化が"切れた"パボラの手にイロセはいなかった。
「さぁなってこたぁ無いでしょ、君が抱えてったんだから」
鼻で笑いながら、フミは言った。
「蜚蠊に教えることなんてないぃ」
それに応えるように、パボラも鼻で笑い馬鹿にしたように言う。
「蜚蠊って呼ぶんじゃねぇよ、不愉快だ。」
馬鹿にされた事ではない。”蜚蠊に“と、言われたことに腹を立てているのだ。先と打って変わって
しかめっ面をしながらそう言うと、フミは吐き捨てるように喋り始めた。
「獣族のハーフのあんたでさえ、俺を、獣族をバカにするんだな…、やっぱり人族の王女様に相当毒されちゃったんだね」
「…は?」
短く出されたその1文字は発言ではなく出た言葉だった。
「もちろん、こっちだって調べさせてもらったんだ、ナガさんが殺られたしね…まぁタカトって子とあの長髪の剣士のしょーさい?はあまりつかめなかったけどね。
2人のことはすぐに分かったよ、まさか冒険者になってコソコソ生きのびてたなんて…」
「何を言っているんだお前はぁ…?」
いつものパボラなら、冷静に仕事に徹する。
時間を稼いでくれ。
それが仕事なのだから、しかし、パボラの脳に、仕事などはすでに残っていなかった。
王女は頑張っていた。コイツがその努力を知らないのを知っている。傍から見ればそう思うのもわかる。でも…
「コロスゥ……」
戦闘において、怒りというものは強いキーにもなる。
腹から湧く怒りは、闘者に力を与え、絶対に負けないと、精神力も強くさせる。
だが、弱点もある。
動きが単調になり、逆に冷静さも失ってしまい敗北を余儀なくされることだってある。
『”怒り“という強く、弱い行為。』
パボラは…。
「(俺は救われたんだぁ…ザルデ様が俺を見つけ救ってくださらなければぁ、俺はこの村を壊しぃ、本物の罪人にでもなってしまっていたぁ、いや…そんなこともできずにその辺で野垂れ死んでいたぁ…。
だからこそぉ、王女はぁ…ザルデは命に変えて守るとぉ…そう思っていたのにぃ…。
鯨の時ぃ、俺はなんの役にも立たずぅ、タカトに救われたぁ…。
おそらくぅ、あの二人がいなければ俺はこの村に来た時ぃ、人間を皆殺しにしていたかもしれないぃ。俺を虐めた奴はもうぅ、ほとんどこの村にいないというのにぃ…だが、ザルデは止めてくれただろうぅ。それにぃ、2人の前でそんな真似は出来なかったぁ…。タカトはこの短い期間でぇ…俺を2回も救ってくれたぁ。
この村に来た時ぃ、知ってる顔も何人かいた…。しかし全員ん。俺の顔を覚えてすらいなかったぁ。高望みはしていないぃ。ただぁ、本当にたった一言ぉ…『あの時はすまなかった』と、謝って欲しかった、いやぁ、“言ってくれるだけ”でよかったぁ。贖罪の気持ちがなくてもぉ、うわべだけでもいいからぁ…
でもぉ、そんな事はなかったしぃ、これからもそんなことは無いだろうぅ。
しかしぃ、今となってはぁ、そんな負の感情は湧かないぃ。ごく自然とぉ、護らなければとぉ、そう思えたぁ…。)」
「だからこそぉ……」
「あ?」
パボラは額に汗をかきながら、眉間に皺を寄せ顔を顰めな、しかし確実に、冷静さを取り戻した。
「護れなかった落とし前は着けるぅ……。」
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混合魔術。詠唱を2つ用意し、唱える。
五大属性魔法、治癒魔法、結界魔法、召喚魔法とは違い2つ以上の魔術を使うのは、かなり至難の業である。
1つの魔術に意識を向けるのではなく、2つ以上の魔術を同時に意識しなければならなく、S級の魔術師でも混合魔術を上手く扱えていない者は多い。
それほどに努力以上の才能が必要とされる所業である。
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「もう無理だよ…?」
魔術も使えず、獣術は愚か獣人化すらも出来ない状態にあるパボラは、戦い…ではなくただ攻撃をくらい続けるだけだった。
「無理かどうかなんてぇ、お前が決めれることでもぉ…俺が決めれることでもぉ…ないだろうぅ…」
「もういいって。いちおー半分は同種なんだし…」
息を切らし、傷口を押え、立っている事も出来ず、その場にへたり込むパボラ。
しかし、そんな状況でも諦めたりしていない。
「大気…石よ、この穢れた世界の瞳を隠す霧となれ…石気煙幕」
文字通り"絞り出す"、最後の魔力を。
「何これ…えんまく…?」
フミは困惑する。このタイミングで煙幕を出したこと、もう魔術は出せないことは詠唱を唱えている時にすぐわかるのにだ。
獣術も出せないとなると、もう攻撃の手はない。いや…彼奴には無いだけだ。
きっとあの剣士がなにか仕掛けてくるはずだ…。いや?剣はこっちあるんだぞ?目くらましつってもどうやって攻撃する気なんだよ?
フミが思考の答えを見いだせていない。それはパボラ達の"狙い通りであった"
「(剣士なのだから広範囲の大技はない。きっと速度で攻めてくるはず…。だったら…周りが見えなくても触角がある…。突っ込んできたとこで貪り殺してやるよ……!)」
フミは冷酷に、敏感に、当たりの生物の動き全てを触角で拾った。故に"無機物"に鈍くなり、"それ"に気付かなかったのだ。
しかし、偶然によりフミは気付く。
ポツン━━━
「雨…?」
フミは体に落ちてきた水滴に一瞬気をとられ上を見た。
上から降ってきたのは雨ではない。
「岩ァ!!!???」
ーイロセ視点ー(回想)
蜚蠊が一瞬こっちへの視線を逸らした瞬間に、俺はパボラに頼み、タカトが作った(?)と思う土の坂に下ろしてもらう。
「んじゃパボラさん、時間稼ぎ頼むっす!」
「そっちも頼むぞぉ…」
そういうとパボラは下に降りていった。
「よし!しかしあれだな…素手は初めてだな…。」
手をチョップするとき見てぇな手の形にする。
「北炎流!夕月!!」
俺はできるだけ剣を使っている時のイメージをして土の坂をチョップした。
ビキビキビキ…。
ちょっとだけヒビが入ったが思ったよりキツイかもしれねぇ…。
作戦はこうだ。
俺がこの坂の先端を叩き割る間ラパボラに時間を稼いでもらう。
やつの速さでもいきなりの落石、それもこんなに大きなものを落とされたら避けられる保証は無い。
それでもこれはほぼ賭けだ。ダメ押しの作戦だが、上手くいってくれ…。
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ここまでは上手くいった…!しかもパボラは煙幕まで張ってくれていたし、蜚蠊は当たる直前まで気ぃ付かず、避ける暇もなかった。
ドガァァァ ァ!!!!⎯⎯⎯⎯⎯⎯。
………。
……。
…。
そこからは意識がフワフワしててよく覚えていない。
土坂の一部を落としたのはいいが、その時に俺も一緒に落ちちまった。そん時に頭打って、脳みそがユラユラしてる。
気がついたら目の前にはボロボロのパボラがいて、俺に声をかけている。
「おいぃ!イロセェ!意識を保っとけぇ!」
「…っす、……リは、やっ……すか?」
ダメだ…。いつの間に強くなっていた雨のせいで今デケェ声出せねえから、喋れねぇ…。
とりあえず…ゴキブ…リ、やれたのか、確認…したいんだけどな…。
辺りには石片が散らかりまくってるし、砂埃もすごい…。なんだ?石片が…、動いた気が…。
ぼんやりとした目でその石片を見続ける。
その石片は、浮き上がり始め、中からは先程まで戦っていた男が出てきた。
?…。俺は混乱する。というか、脳震盪のせいでまともに考えることができず、ただ石片を動かし、這い出てくる蜚蠊をボーッと見続ける。
しかし、雨が強くなり、身体が痛いレベルになり始め、徐々に意識が覚醒きてきた。
……あいつは…生きてる…?…まだ…生きてる!
何度も同じようなことを考え続け5回目くらいそれを続け、やっと意識が完全に戻った。
でも、体は上手く動からないし、口も喉も上手く動かせれない。
この雨の音と疲労で、パボラは蜚蠊に気づいてない。
何とか伝えなければ…
「パボラ…さ…」
カッスカスの音を何とか声にして何とか伝えようとするも、やっと絞り出したその声も雨の音に掻き消される。
やばい…このまんまじゃ……。
バン!!!!!
大きく鳴った音にパボラも気づいた。でもそれは、俺からでも蜚蠊から出た音でもない。
空から何かが降ってきた。
人…?しかも…2人…も?
砂埃が雨でかき消され、降ってきた奴らの姿が見える。敵襲なのか?
1人は、あの蛾だ。しかし、この前に見た時と見た目が違う。雰囲気も…。似ているけどで別人?
もう1人は、もじゃもじゃとしたオーラ纏っている…いや、あれ、タカト?なのか?
「ウガァァァァァァァァァァアアアアア!!!!!!!!!」
吠えた。
それを最後に、まったく音が聞こえなくなった。
鼓膜破れた。