第16話 獣 -蛾‐
俺は結構気にしないタイプだと思う。
いや、思ってたんだがな……。異世界に来る前もここに来てからも、子供の頃の夢を見ることなんてなかった。
いつ頃からかは分からないけど、それでも気がつけば昔のことを気にしてはなかった。
だから、最近になって、昔の夢を見るようになって、そもそも忘れていたことを思い出した。親への感情の数多、今まで見てきた俺の知ってる世界の形。
多分思い出した事は、見えない"ふり"をしていた訳でもなく、本当に俺の視界に入ってなかった物なんだと思う。また『多分』と言う言葉を使ってしまうが、多分いつかは向き合わなければ行けない問題だったんだろう。
母親を探したり、父親の墓を建ててやったりと、妹も、出生届を出されていなかったから戸籍がなかったりと、俺の目の届かない範囲で、苦労もしたんだろうと思う。
いつか、前の世界に帰れたら、そこら辺をしっかりしようと…ちゃんとしようと…俺が夢を見た理由に関係あるのか分からないが、俺はそう思った。
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「俺とイロセがあの蜚蠊ィ、タカトとザルデが蛾の方ってことでぇ、いいかぁ?」
パボラが不意に言う。体調もなかなか良くなってきたが、もし村にアイツらがいるとすれば、おそらく俺は役たたずだと思う。ただでさえ裂面くらいしかまともな攻撃手段がないのに、体力も相当無い今の状態で、まともに援護ができるだろうか。
いや…みんな直感で何となくだが感じていた。
村に奴らがいるんじゃないかと言うのを。
パボラもその空気感を察したのか、全員の返事を聞かず静かにスピードを上げた。
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村につくとやはりというか、村の建物などは崩壊していた。
驚いているのは俺だけで、他の皆は 苦虫を噛み潰したよう という言葉はこの事を言うのかと、そんな顔をしている。
「すみません、俺が倒れたせいで…」
「いや、気を失ってたと言っても30分程度だった。飯屋によっていたらきっとそれ以上に時間が経っていたさ、タカトのせいじゃない」
俺の謝罪をザルデは受け付けず、逆に感謝してきた。
「とりあえずぅ、どこかにまだぁ生きている人がいないかぁ……」
3人の空気感がまた変わった。ピリッとした雰囲気。あの日、塔に光が落ちた時と同じように。
「まだいるっすね…!」
イロセの一言で俺も理解する。蛾蜚蠊はまだこの村にいる。
「タカト行けるかい?」
「はい…!」
その一言を告げた瞬間、3人は一気に走り出し、俺も数秒遅れて、ザルデを追いかけた。
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昔から喧嘩には慣れていた。施設でも施設の外でもイジメを受けていたが別に反抗などはしたかったが、妹に手を出されそうになった時はよく喧嘩をしていた。
だからといって喧嘩が強くなったりした訳じゃないが、物心ついた時から虐待を受けていたりもしたので、肝は据わってる方だと思う。
それでも、俺はあの鯨と戦った時、怖かった。
でもそれ以上に焦りや興奮もあって恐怖をそこまで意識していなかった。まだ夢を見ているような気でいたのだ。
でも、今は違う。はっきりとここが異世界だと認識していて、今から俺は戦いに行くのだ。
死ぬかもしれない。
だから怖い。
そして、ザルデ。走んの速い…。ついていけなくなって、俺迷子になっちゃう……。
「見えたよ!」
ギリギリ見えるくらいの距離を離されていた俺にも聞こえる声で、ザルデは振り返りながら言い、剣をゆっくりと抜いた。
「!……誰か戦っているッ!!」
?……誰かって誰だ?俺はよく状況を理解できていないまま、その光景を視界に捉え始めた。
うっすらと見える人影は2つ。1つは背中に羽を4つ生やした3mほどはある蛾、名前は確か ヨウ。
もうひとつはヨウに比べれば体は小さく、もっとゆうと俺よりも少し体が小さい気がする。なにか長い棒のような……槍か?を使ってヨウと戦っている。
そんな風に思考を働かせている間に、ようやく近づいて来た光景を見て俺はそのもうひとつの人影が誰なのかに、気がつく。
「あれは……タルくん…!?」
なぜ彼が…?確かに『僕が強くならないと…』と言っていた。でも、だからって、え?
「北炎流!!災流回!!!」
ザルデは地を思いっ切り踏み込み、回転する。
自身の間合いに入った地面や瓦礫などを切り刻みながら、ヨウ、目掛け飛んでいった。
しかし、ヨウは奇襲に少し驚くも、冷静に背中に付いている羽を動かし、無駄な動きがないとはこういうことかと思わせるほどに素早く、ザルデの災流回を避けた。
「南風流!!」
しかし、それを読んでいたかの如く、災流回を避けたヨウの背後にタルくんは回っていた。
「狼画風突き…!!」
槍を両手で掴み、腕のバネを利用して全力で突きをする。
しかし、その突き技『狼画風突き』が決まるより前にヨウは左足でアッパーカットのようにタルくんの顎を蹴り飛ばした。
「グッ……!!」
声にならない声を漏らし、タルくんは空中に吹っ飛びそのまま近くの家に落下した。
「タルくん!!」
俺が叫ぶも返事は無い。
「タカト!その子を頼む!!」
ザルデはそういいながら、ヨウに『北炎流 噴火』を繰り出す。剣を振り上げ敵を打ち上げる技だ。
しかし、ヨウは羽を器用に使い、後方へ飛んだ。
またもザルデの攻撃を避ける。
並の攻撃では当たらないと踏んだのか、ザルデも1度距離を取る。
「北炎流!!」
次の瞬間、ザルデは村中に響き渡るほど大きな声で覇気を出す。一瞬気圧されたヨウの隙を、ザルデは見逃さなかった。
「不知火…!!」
避けられるのならば避けれぬほど速さでと、そう思ったのかザルデは、北炎流で一番速さのある技の不知火を繰り出した。
俺がこの技を初めて見たのは、魔領域の砂漠でだ。だからか、あの時よりも遥かに深い踏み込みが出来、硬い地面もザルデの足の反発をしっかりと返した。
気がつけばザルデがヨウの後ろまで飛んでいる。
風が遅れて俺のところまで届き、それと同時にヨウの右上の羽を掠めていた事に気づく。
速い。とてつもなく。ヨウがついていけないほど。
「ナルホド。スミマセンネ、甘ク見積モッテイマシタ…」
羽をカタカタと動かしながらヨウは振り向きそういった。
「リミッター解除……獣人化…」
雰囲気が一気に代わり背筋にゾクゾクとした嫌な感じが走った。
黒板を爪でキリキリされた時みたいな感じだ。
鳥肌が止まらなくなり、逆にそれが俺を戦いに目を奪われていた俺を少し冷静にさせた。
タルくんの無事を確認しないと…。
俺はその場を離れ、タルくんが落ちたであろう家に向かった。
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獣族とは、常時異能型と通常人族型の2種類があり、異能型、人族型と呼ばれていた。
人族型とは、言葉の通り見た目は人族の見た目をしており獣人化をすることによって獣族の見た目に変化する一般的な物だが、異能型とは産まれたその時から見た目は獣族の見た目をしているというものだった。
こればかりは産まれで決まるものであり、天に任せられた定めであった。
人族型は優遇され、異能型は差別された。
獣人化をすることなく生まれてそのまま身体が変形されている異能型はその気味の悪さにより人族や魔族から忌み嫌われていたのだ。
共に嫌われ虫という性質でもあった中同士、フミとヨウは惹かれあった。
2人が友情を感じる理由にそれ以上は要らなかったのだ。
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「タルくん!」
玄関の扉を開け叫ぶ。するとハッキリとではないにしろ消え入りそうな訳ではないくらいの声でタルくんは返事をした。
「はい…ここです……」
少し声が枯れているような声は背中を強打したせいで声をあまり出せないでいるからだろう。
俺はまだ少し埃の舞っている部屋でそんなことを考えながらタルくんに駆け寄った。
「って…タカトさんじゃないですか……どうしてここに…?」
少し驚いたような顔をするもそれよりも背中と顎が痛いのかどちらもを少し撫でながら、痛いのを我慢するような顔をする。
「ついさっき戻ってきたんだ、村がボロボロだったから慌てて村を探索してたんだ。」
「そうなんですね…。村の人達は無事だと思います。
あいつら、建物を壊したりして『俺たちは三帝を探している。それかウキドイでもいい、どちらでもいいから、さっさと出せ』と言って三帝?という人とタカトさん達を探してるみたいでした。」
?俺たちを探しているのは何となくわかる。おそらく鯨男を倒したから復讐?的なものなのだろう。
しかし三帝とはなんだ?そいつらにもクティノスのメンバーをやられたのだろうか?
いや、よく知らない奴らのことて見解を立てても仕方がない。
「とりあえず、タル君。骨折とかはしてないか?」
「はい…。背中はズキズキしてますが、しばらくしたら治ります。」
別に強がってる訳じゃなそうだ。正直、休んでいてと言ってあげたいが、そんな余裕はない。だが背中を強打し、脊髄への衝撃でしばらくは痙攣して動ける状態ではないはずだ。しかし治癒魔法はまだ教えてもらってない。
「とりあえずはここで休んでて、俺はザルデさんの援護に回るから…」
「分かりました…痺れが無くなったら加勢します。」
正直、気が引ける。こんな小さい少年を巻き込んでしまうのは…。しかし、もうここまで巻き込んでいるのなら最後まで手を貸してもらった方がいい。普通に俺より強いし。
「うん。頼んだ。」
なんとも月並みな台詞で俺は答えたのだった。
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剣術ができたのは魔法、魔族に対抗するべく作られた。剣術は魔法を真似し、炎、水、雷、風、岩の5種が作られた。それぞれに与えられた方角は領域を隔てていた結界を現す。
そして剣士には魔聖のように称号が与えられる。
───剣聖
その流派の頂に君臨する者をそう呼ぶ。
剣聖であるべき条件はその流派のZ級の全3つを"極めた"時だ。
ザルデ(ユイナ)には兄がいた。フォード・リーブ。
彼の剣士としての才は次期王の座を捨てることさえも許されるほどのものだった。
フォードは北炎流のZ級の1つを"使えた"
"極めた"ではなく、"使えた"のだ。
そしてその技を1度だけ見たことのあるザルデは密かに模倣を繰り返した。
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「真似をしたとはいえ……別に使えるようになった訳じゃない」
ザルデはそう呟く。
ヨウの獣術は背中右上、背中左上、背中右下、背中左下の計4つの羽を自在に動かし、羽を仰いだ方向へ仰いだ時、目標の位置の半径2.5mの周りに風を起こす。
加えてヨウの体に直接触れてしまえば蝶や蛾の幼虫が持つ有毒な毛。毒針毛、毒棘に触れることによって起こる皮膚の炎症の毛虫皮膚炎を起こす。
しかし直接触れていなくとも、毛が付着した建物や人に触ったり、ヨウが獣術で起こした風に飛ばされた毛に触れることでも、皮膚炎を起こす。
ザルデは1度目の攻撃により右前腕に毛虫皮膚炎を起こしていた。
「やるとするなら高範囲攻撃…。」
冒険パーティ ウキドイの魔術、剣術、獣術。すべてを加えて一番の高火力技を定めるとするならば、ウキドイで1番の技は"朱雀"である。
しかし、高範囲の技を決めるとするならば、それは朱雀ではない。
北炎流"Z級"の技の"それ"は1太刀で四方一朝を切り裂く威力を誇る。
それはかつてタカトが使用した嵐裂面を遥に凌駕するほどである。
「どんなに避けるのが上手くても…この範囲避ける事は出来ないだろ?」
挑発するように零したその一言で、ザルデへの不気味さを思わせ、ヨウの思考をほんのわずか動揺させた。
「北炎流……"頂"………」
赤くカブれた右前腕で剣を握りしめ1歩を踏みしめた。
ザルデの踏みしめで地はひび割れ、ザルデは衝撃波のような威圧感、覇気を纏う。
「(マズイ……何カ来…)」
ヨウの思考は完結しない。
それより速く、大きく、恐ろしく、断つ。
「北暴天火ァア!!!!」
先程までの静かさは嘘だったように。ザルデの声は村中に響いた。
しかし、声が村に響くよりも先に、村には変化が訪れていた。
村の家、店、木々や噴水、瓦礫も何もかもが真っ直ぐ真横に斬られていた。
目に見える範囲全てを断った代償なのだろうか。今日、街で買ってきたザルデの剣は破損し、更には右腕も機能するとは思えないほどのダメージを見せ右腕は骨がグチャグチャになっていた。
だがザルデから出た言葉は、不満であった。
「クッソ…!こんなんじゃS級所かA級レベルだッ……。それに…」
ザルデは見上げる。
「流石ニ危ナカッタデスヨ……」
小馬鹿にするように鼻で笑いながら空を飛ぶ、"片足を失っているだけ"のヨウを…。
「月並みのセリフだけど…あとは任せるよ
…!」
ザルデはそう言って地面へ倒れ込む。
その言葉を合図にするように、1軒の家から魔法が繰り出された。
ータカト視点ー
タルくんにカッコつけた手前すぐにでも戦いに行きたかったのだが、家を出ようとした時、外からの大声で俺は家の扉を開けるというコマンドを取り消した。
ビビった訳ではない。外の現状が分からない以上、飛び出る方が危ないしな。
いや、ビビった訳じゃないけど。
そして次の瞬間、外から、まるで研いだばっかりの包丁で玉ねぎを切ったような音がした。
扉を少し開けて外の様子を確認する。ビビってない。
ヨウは空に浮かんでいる?いや羽を動かし飛んでいる。
そのヨウには…右脚がない!太ももから下がガッツリと切断されている。
あのセリフを言いたくなるが、それはフラグなので言わない。「や」で始まり、「っ」そして「た」、最後の文字は「か?」のあの言葉を…。
いや、まぁ見てわかる通り足を欠損しただけでやっていないのはわかっているんだが…。
いや?、ここはお約束としてやっていないのはわかっていても言うべきなのか…?
俺がくだらない事を考えているとザルデの声が聞こえてきた。
「月並みのセリフだけど…あとは任せるよ
…!」
おっと…!どうやら俺の出番のようだ。選手交代、バトンタッチだ。
俺は空中で飛んでいるヨウに攻撃を当てる方法を考える。
ここで裂面系を使っても、ザルデの普通の攻撃が避けられていた以上、いくら片足を失っていても空にいる以上、バランス感覚もそこまで変わらないはずだし、俺が当てれる訳がない。
じゃあどうする?と悩んでみた俺の頭に浮かんできた物はできるかは、分からないがやってみる価値はある…!という、これまた月並みなセリフが浮かんでくるような方法であった。
「土よ、我が身を護れ…」
その詠唱は先程聞いた石盾の上位互換、D級土魔法の土盾だ。
俺に岩までの魔術は使えるとは思わないができるだけ上の階級の魔法を使いたかったからな…。土盾くらいならば使える筈だ。
それに俺は知っている。
魔力を込める量を増やせば階級はあまり関係ないことに。
俺は魔力は残しながらもありったけの、コップに水を入れる時に蛇口を思い切り開ける様に、しかし溢れない様に魔力を込める。
「土盾!!」
俺の生み出した土盾は家の屋根を貫通し入口も破壊しながらヨウの元へ伸びていく。
数秒して魔力が尽きた?というより魔法が終わったような感覚が伝わる。
俺の作った土盾は盾というより壁、壁というより坂だった。おそらくは50m程はある。視界の端まで全て土だ。実物系を作るのは初めてだったが上手くいったらしい。
それもかなり巨大だ。
俺はヨウが逃げるよりも速く、坂を登り始める。
「ヨォォォウゥゥ!!!!」
何となく叫んだ俺に気づいたヨウは逃げることなくこちらに向かってきた。
え?なに…ちょ…こっち来んなよ……。
「マサカ貴方デシタカ!!コレホド大キナ橋ヲ作リ上ゲルトハ!!」
何故かあちらも大きな声を出す。
なんか2人ともテンションが上がっているのだ。
そしてヨウにはこれが橋に見えたらしい。感性は人それぞれだ。
そんなくだらない事を考えている間にも、ヨウは近づいてくる。いや、俺も近づいているんだけども…。
速度ならあちらが確実に早く先手を取られてしまう。
なら、なんでもいいから一泡吹かせる。相手を全て有利にさせずに隙を作るんだ。
「大気よ、辺りを一掃し我が身を守れ風圧!!」
結構な興奮状態でも詠唱ってちゃんもできるな…。
そんなことを考えながら俺は風圧をめんこのように地面へ叩きつけて、ヨウへ向かってぶっ飛ぶ。
ヨウの仰天した顔を視界の端に捉えた俺は、頭をヨウに向け頭突きのポーズを取った。
ヨウの顔キモイなぁ…。なんか蛾って感じでもなくて彫りが深いような…ドラ〇ンボールのバ〇タみたいな感じでキモイしウザイ。癪に障る。
ドン!!
そんな顔に激突した俺は来るとわかっていても来た衝撃に後頭部へ衝撃が伝わる感覚と鼻での呼吸が一瞬止まる感覚を同時に感じ空中で一回転を描きながら坂に追突した。
人間の頭って意外と頑丈なんだな…。でもそれでも痛いもんは痛い。
高山病のように視界の端が白くなっていくのを見ながら俺は立ち上がろうとする。
しかし、ここが坂であることを思い出した時には時すでに遅く、俺はバランスを崩し坂を転がり始めた。
ってかそもそも坂というより滑り台だなこれ。普通に立てそうにないし…。
何とか立ち上がろとしながら転がっていく俺はおむすびころりんのおむすびさんの気持ちはこんなものだったのかと思った。今ならおむすびころりんで読書感想文が書けそうだ。
だがしかし、俺はおむすびさんではなく人間さんである。日本男児たるものこのまま転がって地面に激突する訳には行かない。
俺は転がりながらも坂の上で立とうとしたが、どうやら先程までころりんしていた分の加速は、殺せないようだ。
俺は立つ事は出来なかったが、走ることはできた。
そう。坂を猛スピードで駆け下りているのだ。
おむすびからカリオストロの城のルパンにジョブチェンジしたということだ。
ただ状況は変わらない。むしろ走ることにより加速は増し状況は悪化したとも言える。
これ思ったより辛いな…!足が絡まりそうになるから、必死で次の足を出さなくちゃいけない……。
俺が地面とガッチャンコしそうになったその時、先に地面に激突していたヨウが立ち上がりながら右の羽を2枚とも全力で仰いだ。
その瞬間、左側からとてつもなく風が来て、俺は空に投げ飛ばされた。
助かった……………。
…いや…これさっきよりやばくない……?
さっきまでは斜めからの落下だったが、垂直落下なら掴んだりする物すら無くなってしまってる訳だ。
台風の日のゴミ袋はこんな感じなのだろう。
口の中も乾くし目も開けれない。人生初のスカイダイビングはパラシュート無しだ。
しかし、これなら喋れはする。
「たいきおぉ!あありおいっそおしひぃ!わあみおまもえぇぇ!ういんどぷりす!!」
これ本当に言えれてるか?よだれすごい出るし、大半の関節が逆パカしそうだし。
だが、俺の心配もそこそこに、手のひらには空気の塊が生まれた。
「オラァ!ウッ!!」
風圧を地面に投げて落下の衝撃を打ち消そうとする。ここまではよかった。「オラァ」の時は『熱盛!』の後釜を狙える声質だと思う。
だが、地面に当てた風圧は当然こっちにも来るわけで、俺は少しだけ浮き上がり2、3回バウンドしながら地面に着地…いや、激突した。
「痛ぅぅぅ…頭打ったぁ…」
結構遠くまで飛ばされたけど、生きてはいる。魔術に感謝だ。
「アレ程ノ魔術範囲ヲ打テルノニ、タダノ頭突キヲスルト…貴方、戦闘経験ガ皆無デスネ?」
?!…カタカタと飛びながら俺の目の前に現れたのはヨウだ。フリーザみたいな登場の仕方して来たくせに言ってる内容うっすいな…。
「まぁ合ってるんだが…。そんなドヤ顔で言われてもな…」
まぁあくまでタルくんが来るまで時間稼ぎ主軸で戦おうと思ってたし…。できるだけ魔力は使いたくなかったしな…。
「まぁザルデを待つのも、タルくんを待つのももういいか…」
「?、シカシ、運ガ無カッタデスネ…ヨリニヨッテ頭デ私二触レテシマウトハ…」
「はぁ?何?あんまり虫と喋りたくないんだけど、喋りかけないでもらえまっか?」
「私ノ身体二アル有毒ナ毛、毒針毛二触レルト皮膚ハ炎症ヲ起コシマス」
…………は……?
「ふざけんなやぁ!!虫の毒とか一番嫌いやねん!!!」
「皮膚ハ身体中二強イ痒ミガ広ガリマス」
「痒いの嫌いなんだよ!だから虫が嫌いなんだよ!!ほんっと嵐よ、敵を切り裂き我の力になれ嵐裂面だよ!」
「ハ?」
いきなり出てきた嵐裂面に対応出来ず、ヨウはモロに嵐裂面を食らった。だが、至近距離で、しかも鯨男に使った、あの時レベルに魔力を込めた嵐裂面だ。風圧に負け、嵐の制御が効かず嵐裂面は破裂?をし俺もヨウも、辺りの家も店も木も吹き飛んでしまった…。
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2回目だ。この魔力枯渇は…。少し残して置こうと思っていたが、全てを出し切ってしまったようだ。視界がぼやっとして、うまく立てない。呼吸の仕方も忘れてしまったように深呼吸を一生懸命にしている。
「でも…ヨウを探っ…さないとな……。」
俺が生きているのに、ヨウが死んでいるとは思えない。
「タカトさーん!」
声が聞こえてきた。ザルデか?イロセか…?、パボラ?誰だ…?
「タカトさーん!無事ですかー?!」
いや、さん付けで呼んでくれるのは…。
「っ、ここだよ…タルく〜ん…」
「あ!よかった!無事ですか?タカトさん!」
「無事だから、あんま大きい声出さないで…頭痛い」
なんかデジャブ。
「あっ、すみません。怪我して…ますね…、何か異常はありますか?」
「大丈夫…。骨とか内臓は多分何もなってない…ただ、今魔力枯渇してるみたい……肩、貸してくれない?」
「わかりました」
「…。さて、ヨウと…ザルデも探さないとな…。」
「ソノ必要ハアリマセンヨ」
?!…声の先に飛んでいたのはヨウだ。しつこいし、なんでこんなに心臓に悪い登場の仕方をするんだ。そういう作戦か?折れの寿命をちょっとずつ削って行くのはそんなトリッキーな登場をしなくても、蛾が自己紹介でもすれば減っていくんだがな。
ヨウのキモさは嵐裂面のせいで増している。脚だけでなく身体中が切り傷だらけ、ボロボロのぐちゃぐちゃだ。
そして何より、ヨウの左下羽と右上羽が無い。加え
右下の羽もボロボロでまともな形を保っていると言えるのは左上の羽だけだ。
カッコつけて登場した割にかなりボロボロである。今ならいける。タルくんが、そしてザルデも来てくれれば倒せる。
「ソノ槍使イノ少年ト北炎流ノパーティリーダーガ来レバ勝テル。トデモオ思イデスカ?」
「思ってますが…なにか…?」
「残念デスガ、見タ面ノ割二ハ元気デスヨ。ソレニ…」
含みを持たせた感じの発言の後、ヨウは更に上昇していく。あの状態でも飛べるのか…
「マダ私ハ、本気ノ力デ羽を仰イデイマセンヨ」
「…?……だからなんやねん。ならもっとはよ本気出しとけよ、今本気出しても手遅れすぎるわ」
「フフッ……イチイチ癇二障ル喋リ方ヲスル人ダ…」
いや、お宅の組織のクジラもこんな感じだっただろ。
「嵐よ、敵を切り裂き……」
「サセマセンヨ!」
流石に2回も隙をつくの無理だった様で、ヨウは羽をこちらに向かって仰ぐ。
「っ……タルくん!」
「タカトさん!!」
突如、俺たちから見て右から突風が吹き、俺はタルくんの肩を離してしまう。おそらくヨウの獣術は羽を仰いた方向に大きめの風を吹かせる。しかしそれは、羽を仰ぐ力によって変わるらしい。
ドゴォォンン!!!
「くっ……!」
ヨウの獣術を考えている間に背中には強い衝撃が来る。
どうやら家に激闘したみたいだ。俺の意識は覚醒と気絶の狭間で揺れ始めていた。
ータル視点ー
「タカトさん!!」
マズイ…タカトさんが突風によって飛ばされてしまった。
どうすれば、タカトさんを助けに行くべき?、いや、今、タカトさんに気を取られている合間にや奴を叩く方がいいのか?迷っている時間なんてない
どうしたらいい?
「北炎流、不知火!!」
爆発音?!、いや、この声は
「リーダーさん!!」
「あれ?名前教えてなかったかい?ザルデってんだい、よろしくね少年。」
「あ、はい。俺はタルです」
「よし、じゃあタル。私が奴と戦う。タルは隙をついて奴に攻撃、つまり援護してくれ」
「えっ、そんな危険です。援護なんて正確に攻撃出来ないし…」
「北炎流は破壊力に特化しているから、正確になんてのはこっちも無理なんだ。それにさっき戦っているところを一瞬見せてもらったが、君にならできる。頼んだよ」
そういうと、ザルデさんは僕の返事を聞かずに走り出してしまった。
「無理デスヨ、ソンナ折レタ剣ジャ、先程ノ奇襲モ私二浅メノ傷シカツケラレテイナイ。」
「うるっさいねぇ!作戦だよ作戦!!」
「北炎流!!火走!!」
獣族に、どれだけの生命力があろうと、身体中が傷だらけで欠損している部分もあれば、パフォーマンスが落ちる筈だ。
必ず生まれる隙を見逃すな。
見ろ。
見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ。見ろ!!
!!……来た!ザルデさんが放った夕月が、奴の体を掠めてバランスを少し崩した。
今だ!!僕は足に全体重を、いや、更に重く乗せ、奴のところまで一直線に跳んでいく。
「南風流!!」
南風流は北炎流と違い正確さ、コントロールが利く流派だ。鋭く、相手のウィークポイントを刺す突き技が一番の武器だ。故に南風流使いには槍使いが多い。
「鷹螺技……!!」
ザルデが作った隙は、タルの技量で突ける程の隙ではなかった。しかし、ザルデの北暴天火での脚の欠損と、タカトの嵐裂面による身体へのダメージがヨウの動きを確実に鈍らせた。
タルの槍先はありえないと言わしめる程の"軌道"を描いた。
ヨウの足先を狙っていたタルの槍は直角に曲がり、ヨウの顎先を射抜いたのだ。
先の仕返しだと言わんばかりの攻撃により、ヨウは文字通り、宙でバク宙をすると、そのまま近くの家に落下した。
屋根が壊れる音が響き、砂埃が舞う。ヨウの声は聞こえない。
「やったか……?」
どちらが言うでもなく、2人"が"言った。
戦いのプロであるザルデも、村を守ってきたタルも言った。その読みは決して"間違いではなく、間違いであった"
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獣族の獣術にはそれぞれ名称がある。
パボラなら"移動"。
ナガなら"衝撃"。
フミなら"雑食"。
それらは全てその動物に関係のある能力になる。
犬は移動。
鯨は衝撃(超音波)。
蜚蠊は雑食。
しかし、ヨウの能力は羽でも毒牙でもない。
ータカト視点ー
なんかぽやぽやしてるな…。
せなかをきょうだしたところまではおぼえてる……。
とゆうか、そこがいちばんあたらしいきおくか………。
あぁー段々思い出して来た。
確か、タルくんと離されてそのまま家に……!
そうだ!蛾は?ヨウは殺ったのか?
意識が覚醒した俺はすぐに飛び起きる。痛い。身体中が痛いし、内出血がえぐいと思う。
「痛ってぇ…。タルくーん!」
「!……タカトさん!こっちです!」
瓦礫であまりよく見えないが、崩れた家の向こう側にいるみたいだ。
「タカト!無事かい?」
「ザルデさん…!俺は大丈夫です。ザルデさんこそ」
「なんともないさ、これくらい…」
タルくんのところへ駆けつけてみれば、そこにはザルデも居た。ザルデの右腕は血まみれですごく腫れている。おそらくは骨が折れているのだろう。
「……、そうだ!ヨウは?」
「あいつならやったさ…。でもまだ死体は確認してないからね、油断はしない方がいい。」
確かに……すぐにでもヨウを確認してパボラ達に合流しなければと思っていたが…慎重に、緊張を持って確認しよう。
俺が気持ちを引き締め、タルくんも、ザルデも、立ち上がった瞬間、俺の背中に鳥肌が走った。
決して、ヨウが生きており、その殺気を感じたからなどではない。
「雨………?」
雨だ。いきなり降り出した…いや、雨なんていきなり降る以外ないんだけども、その雨の雫が俺の背中に落ち、俺はいきなりのことと、その飴の冷たさにより鳥肌が立ったのだ。
最初はパラパラと小降りに降り始めていた雨も、ザーザーと本当に一瞬で地面を叩く音が聞こえルパンほどに強く、大きな礫になり降り注ぎ始めた。
「いきなり降り始めたね……このま……だと…邪に……ってしま……し、ひ……ずあ…やど…りを……」
雨が強くなり始めザルデの声が聞こえなくなる。
「なんていいました?!」
バキッ!バコォォォ━━━!!
?!……いきなりの轟音に俺たちは一斉に音の方向を見る。
どうやら、俺がさっき作った土盾が今の雨により、ひび割れ始め、崩れ落ちてしまったらしい。
ふと視界の端が光った。
雷でも落ちたか?
しかし、光ったのは雲ではなかった。
壊れてしまった家が。家の中が光り始めた。
「なにかあるのか…?あの家の中に……?」
俺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、どちらにせよ、タルくんが答えた。俺にはその声が聞こえ、ザルデもそれに気づき顔を豹変させた。
「あの家は……奴が落ちた家だ……。」
俺は魔術を放とうとする。しかし、出ない。出せない。
モタモタとしている間に、家が更に壊れ屋根からなにかが飛び出る。
ヨウだ。…ヨウか?、ヨウとは少しちゃう気が…
「私の獣術は風を起こすことではありませんよ」
?!……ふ、普通に喋れるようになっている?!…しかも、やはり見た目が、再生?
なぜだかは分からんが、足も羽も元通りだ。
若干柄も違うし、どーゆー事だ?
「私の獣術は『循環』。私は死ぬ時、必ず卵を産む。そしてそれは、繰り返す事に身体の丈夫さ、瞬発力、筋力、毒、羽、全てを強化させます。」
つまり、ピッコロしたってことか?卵産むってことは…。
殺す度に強くなるってチートじゃん、いや、でも…
「卵を産んだ直後に卵も破壊してしまえばいい。とでも考えでしょう。」
「そうだとしたらなんだよ!」
俺よりも早くに、タルくんが答えた。俺の考えは正常のようだ。ヨウもそう考えているように、皆そう思う。でもなぜ…
「わざわざ、私からこのことを言うメリットはなんだ?と思いますよね、メリットなんてありませんよ…」
2回目はウザイ。
「先程の経験を経て、それほどの力があれば、十分にあなた方を殺せると思ったから種を明かしたまでです。」
なるほど、舐めプだ。
「嵐よ、敵を切り裂き……」
?…息が……、魔力がないのに、魔術を使ったからか、俺は倒れる。汗がブワッと、先程まで雨で凍えかけていた俺の体はそれらも一気に解放したのか鳥肌と冷や汗が一気に出る。
身体が……いや、今…やらなければならない。
魔術を、魔力を捻り出そうとするが、全く出る気配はない。むしろ肌が何かを吸っているような…昔CMで「肌に吸い込む化粧水!」ってのを聞いてどゆことやねんって思ってたが…こういうことか…。
そんな感覚に加えて腹にムズムズと……
ん?……腹に…ムズムズ?
そうだ。あの時と同じだ。同じ感覚だ。衝撃砲を出した時と同じ感覚。
今は攻撃できるならなんでもいい。俺は腹のムズムズに頼り、魔力ではなく、『それ』を絞り出そうとする。
なにか気分の悪い、
吐き気も催す、
体に"異物"が混入している。
そんな感じが、
意識が……遠くに……。
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獣人化ってなんで獣に人で獣人化なのだろう…?
人いる?って思ってたんだけど…そうか。獣の力を人の理性と知恵で操るから獣に人で獣人化なのか
なら、意識が状態をなんというのだろう。
ここから、しばらく俺の記憶はない。
夏休みも終わったので、ぼちぼちだけど書いてきます。
あと、タカトのテンションがおかしいのは、虫相手だからです。