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花粉と共に去りぬ

目覚ましが鳴る前に目がさめた。

ついにこの日が来た。

T大学の二次試験──ぼくの人生を左右する大一番だ。


カーテンをそっと開ける。

雲ひとつない。


最悪だ。


晴天は花粉が吹き荒れる合図。ぼくは人一倍花粉に弱い。医者に相談し、万全の対策を整えたはずだった。だが、この花粉の猛威の前では焼け石に水かもしれない。


ホテルのフロントを通ると、スタッフが笑顔で声をかけてきた。

「頑張ってくださいね!」

そりゃあ、1年前から予約しているんだから、受験生だとバレバレか。でもうれしいものだ。

笑顔で会釈をかえす。……が、マスクで顔のほとんどが隠れているので、伝わらなかったかも。


試験会場に着いたときには、すでに鼻水と涙が止まらなかった。

ぼくと同じように咳き込む受験生が何人かいる。少し安心したが、こんなことで喜ぶのは間違っている。


試験が始まる。


くしゃみが止まらない。


どんなに対策しても、ダメなものはダメなのだ。


周囲の受験生たちのコートに付着した花粉が、容赦なくぼくを襲う。

近くで舌打ちが聞こえた。

罪悪感が募る。


昼休み、まったく食欲はなかったが、無理やりおにぎりを一つ口に押し込んだ。


午後は英語のテストから始まる。

試験官たちが入ってくる。

とつぜんぼくの斜め後ろの席の女の子が、手を挙げた。


「どうしましたか?」試験官が歩いてくる。


「あの、教室を替えてもらえませんか」


試験官が小声で訊ねる。

「それはどういう理由でしょう」


「……リスニングテストが聞こえないと思うんです」


「音が小さいと不安ということですか」


「そうじゃなくて!」

彼女はとつぜん激昂した。

「咳と鼻水がうるさくって、集中できないんです! ずっと頑張ってきたのに……こんなことでダメになるなんて、もう最悪!」


彼女はシクシクと泣き出した。

ボクは前を向いたまま黙っていた。こんなことを言われたら、もう鼻水をすすることもできない。


「不公平ですよね?」

試験中、しきりに舌打ちしていた男子が、調子づいたように口をひらいた。


「試験って公平な条件でやるべきでしょう? こんなの、おかしいですよ」


試験官が困惑する。

ルールに、くしゃみや咳をしたら退場という項目はない。それは何度も確認した。

それでも、ぼくにはここに居座りつづけるだけのメンタルは持ち合わせていなかった。

それにぼく自身、自分の咳と鼻水でリスニングが聴き取れないのは目に見えている。


ぼくは静かに荷物をまとめ始めた。

ぼく一人があきらめれば、それで済むことだ。ほかの人の人生まで巻き込んじゃいけない。


試験会場を出たところで、思いっきり鼻をかむ。

マスクの内側は、もうぐちゃぐちゃだったのだ。

不思議なことにさっきまで止まらなかったくしゃみが、嘘のように出なくなっていた。


校門のところまでくると、ぼくは二度と訪れることのないであろう大学を振りあおいだ。

そして、親指を立て、静かに別れを告げた。



エピローグ


ちょうどそのころ、試験会場の各教室で、試験官たちが説明を始めていた。


「えー、本日は花粉の飛散が激しいため、リスニング試験の公平性に懸念があると判断しました」「よって、本日受験される皆様全員──」

「リスニング満点とさせていただきます!」

「どうぞ、安心して試験にのぞんでください!」


(おわり)

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