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第6話

 激安スーパーから自宅へと向かう帰り道。

言いようのない怒りと困惑で黙りこむ亮太の携帯が、ジーパンのポケットの中で鳴った。なぎとだ。


『ヤッホー♪亮太ぁ、どうし―――』

「今からすぐ家に来い」

 それだけを告げ、ブチッと携帯を切り、ふんっ、と鼻をならして再度ジーパンのポケットにねじ込んだ。


「あ、マジやべぇ…。ものすごい怒りまくっちゃってるぞ…」

 苦笑いしつつも、なぎとは中々勘がよく、

「これは間違いなく夢食いちゃんと接触したな…♪」

 浮き足だちながら、慌てて着替えを済まし、家を飛び出しバイクに飛び乗る。

 車はあるのだが、(もちろん外車)亮太の家には駐車場がないので、亮太の家に行く為にわざわざバイクの免許を取り、バイクまで買ったお坊ちゃま。

言うまでもないがもちろん全部親の金である。


(お茶菓子くらいは買っていこうかなぁ~)


 亮太の悲惨さも知らずに全くのんきなものである。



   ◇



「ゆうやみに続く長い影をみつめて、王様ライオンはひっそりと泣いていました」


「は……?」

 帰路の最中に、突然訳のわからない事を口ずさむのぞみに亮太は眉をしかめて首を傾げた。


「…王様ライオンはいつもひとりぼっちでいなければいけないことが、とてもさみしかったのです。

ほんとうは、王様ライオンは『王様』になんかなりたくなかったのです。

王様ライオンは……」

 おもむろにかばんからノートと鉛筆を取出し、ゆっくりと歩きながら、何やら書き始めた。

(ああ…、絵本のネタを思いついたのか…。)

 のぞみを見つめて、心の中で亮太は小さく納得した。

(それにしても……)


 ノートに鉛筆を走らせるのぞみの顔の表情がコロコロ変わる様子をみつめて、(子供かよ…)

 亮太は心の中でつぶやいた。何だか小さな笑いがこみあげてさえくる。

 夕暮れの宙に何かを描くしぐさや、時折泣き出しそうになったり、うふっと微笑んだりと、風変わりにエスカレートする仕草は、まるで一人芝居でもするかのようだ。


 そんな小芝居が歩きながら続けられる事10分程。

「おい、着いたぞ。」

「よしっ。できた♪」


 ほぼ同時に言葉を口から発する。

そんなタイミングの良さに少し驚きを含んだ顔を見合わせる2人。

 そして、驚きの顔の後に屈託のない愛いらしい笑顔を放つのぞみに、少々ではあるが、なんとなくドギマギしてしまう亮太であった。

(いやいや、俺は怒ってるんだっ!)

 小さく咳払いをして心の中で自分に言い聞かせていると、


「わ~ぉ♪レトロなおうち発見ですぅ~♪」

 のぞみの左前、住宅街の隅にひっそりと佇むのは、お世辞にも素敵とはいいづらい程の古びた平屋の一軒家だった。


 閑静な住宅街に若干不気味な古家。

はたから見るとお化け屋敷か?とも思える感じも否めない。しかし、その造りや、立地条件は中々悪くはないのだ。

家賃は一戸建てにしてみれば格安な4万円。

大家さんもとても良心的なので、苦学生の亮太にとっては申し分ない物件なのだ。


「ここが俺の家だ。ちょっとお化け屋敷みたいな感じだろ?初めはなぎともちょっと怖がってたからな」

 亮太は鍵を開け、玄関の引き戸を開ける。

「にゃはっ♪お化けっ!でるんですかっ?」

 のぞみはワクワクしながら目を輝かす。

「でるわけねーだろ…」

ため息をひとつつき、さっさと家に入る亮太。


「な~んだぁ…。残念ですねぇ…」

 がっくりしながら亮太に続いて、家に入るのぞみ。

(子供だよな…マジで)

亮太は小さく、くすりと笑った。

「もうすぐなぎとも来るから。俺は飯の準備するからそっちで座ってろ」

 亮太はそう言って、台所の隣の居間にのぞみを通した。


「にゃはぁあ~ん♪♪こたつだぁ~♪」

 のぞみは、6畳程の居間の中央にあるこたつに目を輝かせると、まるで子猫のように込りこみ、

「は~っ…しあわせ♪」

 と感嘆しながらこたつに頬ずりをした。

 そんなのぞみを見てまた小さく、クスッと笑みをこぼす亮太であった。

先刻まで怒っていたはずなのだが…。



 数分後、ガラガラと玄関の開く音がなぎとの到着を告げる。

「おっ♪やっぱりいるしぃ~♪しかし、今日知り合ったばっかりの子を連れ込むなんてさ…、亮太も中々やるよねぇ~♪」

 ひとり言と共に笑みを浮かべながら、上がり端に座り、いそいそと靴を脱ぐ。「さてさて、へそを曲げた親友のご機嫌を回復させなきゃね~…」

 若干苦笑混じりで小さくため息をつき、亮太がいる台所へと歩く。

「りょ~うたくん♪」

 様子見でちょっとおどけてみると、

「なぎと、飯は?」

 いつも通りの声を発する亮太。

(あれっ?怒ってないのか?)

「いや、まだだけどさ…」

若干戸惑いを隠せないなぎとに、

「じゃ、食ってけ」

 台所仕事をしていながらも、その口調や態度は柔らかい。

「……?サンキュー♪」

(ま、いっか。深く考えなくても)

所詮なぎとである。全く能天気な性格だ。

「あっ♪そうだ、土産土産♪ほい、亮太。ねえ、なんか入れ物ある~?」

 なぎとはにこやかに亮太に袋を差し出した。

「お、みかんじゃん」

 亮太は小さく笑みを浮かべて袋をみつめる。

「やっぱこたつには、これっしょ?」

 なぎとは亮太の高反応をみて、満足げに笑った。

ちょっとばかり厄介な性格でもこういう気遣いは決して忘れない男である。


「ねえ、夢食いちゃんは?」

「あぁ、こたつに愛を語ってるよ…」

 亮太はやれやれと苦笑気味で居間を指さす。

「よしっ♪俺も愛を語ってこよっ♪もちろんこ・た・つ・にね~♪」

 みかんをかごに盛り、ウキウキしながらぞみのいる居間へと足を運んだ。


「ヤッホー!夢食いちゃん♪」

「あ~ッ♪なぎちゃん!ようこそ『我が家』へ♪

にゃはぁあ~~ッ♪みかんだぁ~~っ♪」

 のぞみの言葉に、台所の亮太は聞き捨てならんと言わんばかりの態度で、


「勝手にお前の実家扱いすんじゃねーよ」

 チッと舌打ちをしてつぶやきながらも、軽快なまな板のリズムは止まることはなく、てきぱきと支度を進めていく。


「よかったね~晩御飯♪言った通り亮太って優しいっしょ?」

 なぎとはみかんをむきながら、のぞみと談笑を続ける。

「…スーパー行くと恐ろしい人に変身しますけどねぇ…。あ、でも♪ほらっ、これ見て下さいよ~♪亮太君が買ってくれたの~♪」


 満面の笑みでんまい棒の袋をなぎとに見せた。


(ははーん。これか…。亮太の激怒の理由は)

 なぎとは心の中で苦笑いをして、こうも思う。


(駄々っ子のおねだり攻撃に負けたんだね。カリスマ主婦のプライドが傷ついたってわけかぁ…。

いやいや、給料日前の厳しい時にとんだ災難だね)

 うつむいて、楽しげにくっくっと肩を揺らした。


「なぎちゃんの分もあるからね~♪後で食べましょうっ♪」

「マジで?サ~ンキュ~♪優しいねぇ~、夢くいちゃん♪」

 なぎとに誉められて、ほんやりと照れ笑いを浮かべるのぞみだが、正しく言えば、優しいのはのぞみではなく亮太である。


そんなことはきっと考え無し。

このこたつの二人は実にほんわかと笑い、まったりとしている。まるで兄妹に見えなくもない感じだ。


「でも、ほんと亮太君ってすごいですよねぇ~。

お部屋はきちんと整理されててとても綺麗だし、おまけにお料理もできちゃうなんて♪」


 部屋を見渡して、うっとり顔ののぞみは、

「あんなお方が私のママになってくれたら幸せだろうなぁ~♪」

 台所の方角をみつめて感嘆する。

(ママなんだ……。可哀相に…。全く男扱いされてないし…)

 なぎとは肩を揺らしつつも笑いを噛み殺すが、ふと気付き尋ねる。


「ねえ、夢食いちゃん、ママは?」

 なぎとの質問に、のぞみは俯いて小さく笑い、

「実は、いません…」

 ほんのすこししゅんとした。

(あれ、マズイ事聞いたかも…)

 なぎとは即座に会話の内容を切り替えようとするが、

「ママ様は私が4才の時に病気で天国へ行ってしまったのです…」

 のぞみは顔を上げて、えへへぇ~♪とのんきに笑った。

「…そうだったんだ…、ごめん、俺余計なこと…」

 なぎとは若干しゅんとして小さく笑う。

「いいえ~♪もう昔ねことですから♪

それにしても、亮太君のママ様は、きっととてもしっかり者だったんでしょうねぇ~」

 笑みを絶やさないのぞみになぎとは、


「…あいつもね、母親いないんだよ」

「え…?」

「10才の時にね、病気で亡くなったって。父子2人で育ったから、家事が超得意なんだってさ」

 なぎとは緩やかに笑う。

「へぇ~、そうなんですかぁ~。私なんかとは大違いですねぇ~…」

 他人事のようにしみじみとつぶやくのぞみ。

「いやぁ~、あいつのカリスマ主婦バリの几帳面さは中々真似できるもんじゃないよ~」

 なぎともしみじみと言う。

「そっかぁ~、うん、そうですよね~♪」

 二人して顔を見合せて、うんうんと頷き合う。


「つーか、どんな会話で盛り上がってんだよ…、さっさと箸と器運べ」

 台所の引き戸が開き、ひょっこりと顔を出して亮太はため息をついた。

アイボリーカラーのエプロン姿がよく似合うよなと二人は再度笑い合い


「「は~い♪ママ♪」」


と声を揃えて返事を返した。

「お前ら…、双子かよ」

 思わず苦笑いするものの、こんな空気感は内心嫌いではない。

 いや、むしろ賑やかで楽しいなと思い始めているようだ。


 それでいいのか?亮太。


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