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第41話

「見てみて~っ!なぎちゃんっ、クラゲですぅ~!」

 薄暗い館内の一角で、のぞみはため息混じりの歓声を上げた。

「すっげぇ~…、超きれいだねぇ~♪」

 2人は黒い壁に並べられた、小さめの水槽の中で青白くユラユラ漂う水クラゲをうっとりと見つめている。

 ティーラウンジから出て30分近く経ち、時刻は午前11時半を過ぎているあたりだ。


 2人はコンテストに参加していることなどすっかり忘れて、水族館を満喫している。


「ここを進むと、イワシトルネードだって♪」

 なぎとはのぞみの手を引き、地図を見ながらゆっくりと歩き進む。

「イワシトルネード?なんなんでしょ?とても美味しそうな名前ですねぇ~」


「うわっ!なんか凄い人だかりだよっ!」

 なぎとはイワシトルネードと称されている巨大な水槽の前の人だかりにワクワクしている。

「なぎちゃん!なぎちゃんっ!見て~っっ!!」

 のぞみは水槽を指さして目を見開いた。

「うわぁあ~~っ!超すげえ~~っ!!」

 思わずなぎとはのぞみの手をくいっと引っ張り、小走りに水槽に近づいて、

「本当にイワシのトルネードじゃんっ!」

 声を弾ませた。

 かなり興奮気味ななぎと達の目の前、巨大水槽の中には何百匹だろうか?とにかく大量のイワシが、大渦を巻いて水槽内を回遊している。


 まさに銀の矢の如しである。

キラキラ光るイワシの群れは、薄暗い館内の中で溢れんばかりの輝きを放っている。



 2人は手を繋ぎ、しばし恍惚して眼前の美しい光景に時間を忘れた。


 しつこいようだが、絵は…忘れているようだ。


  ◇



 一方亮太はというと、黙々と作業中である。


 時折ペンギン達の可愛いらしい仕草にクスリと笑みを浮かべつつ、丁寧に絵筆を進めて行く。


 様々な青を調合し使い分けて、薄暗い館内を幻想的に表現していく。

 青の色使いを得意とする亮太の本領発揮といったところだろう。


 小さな子供が、水槽の前でハンカチを揺らしているのがふと亮太の視界に入る。

 ペンギンはガラス越しで揺れるハンカチに向かい泳ぎ来て、ハンカチを餌だと思い食べようとしているのか、口をバクバクと動かしもがいている。

(食い意地が張ってんな~、まるであいつ(のぞみ)のようだ…)

 くすっと笑う。

(あいつら、ちゃんとやれてるかな?)


 あいつらは、水族館を満喫しているので全く何も描いていない。


 亮太は携帯を見る。時刻は正午を過ぎていた。




 そして、赤道コーナーの巨大水槽前で絵筆を走らせていた花音は…。

 ちょっとしたアクシデントに見舞われていた。


「ねぇ、君、絵超上手いよね♪」

 花音の隣には茶髪のいかにもといわんばかりの軽そうな男が座り、何やら話かけている。「……」

 男を完全に無視して黙々と筆を進める花音に、

「どこから来たの?」

「……」

「君、超可愛いいよね?今日は一人できたの?」

「……」

「ねぇ、聞いてんの?」

 顔を覗き込む茶髪男。

「邪魔よ」

 花音は一言で男を切り捨てる。

「冷たいなぁ~。ねぇ、ちょうど今お昼だしさぁ一緒にご飯でもどう?」

 花音はかなりしつこい茶髪男に苛立ちを徐々に見せて始め、

「…邪魔だって言ってるでしょ…?お耳が留守なのかしら?」

 鼻先で笑う。

「いいじゃん、ねっ?行こうよ♪」

 花音の不快な顔に気付いていないのか、更にしつこく茶髪男は花音を誘い、挙げ句には筆を取り上げようとした。

 その瞬間――

画用紙中央に花音の手の中から筆がボトリと落下した。

 細筆に含まれていた、岩場の陰影を表す為の黒い絵の具が、画用紙中央に広がり、せっかく描かれた美しい世界を無惨にも壊してしまった。

「あちゃあ~っ、ごめんごめん♪けどさぁ、これでこんなのやめれるっしょ?」

 ヘラヘラ笑う茶髪男は花音の肩に手を回す。


「…これって、正当防衛よね?」

 花音はニッコリと笑った後、立ち上がる。男も花音にあわせて立ち上がった。 その手を瞬時に掴み、関節を内側へと巻き返してグイッと締めあげると、茶髪男の身体がくるりと宙を舞い地面へと叩きつけられた。


「っ!!いってぇーっ!」

 男は声をあげて、花音をギロリと睨んだ。


「…もう一度言うわよ。これは正当防衛よ」

 凍てつくような微笑みを浮かべて、倒れた体を起こす男を見下ろした。

「はぁ?何なんだよ!テメェは!」

 立ち上がった茶髪男は、逆上して花音に拳を振り降ろす。

「フッ…」

 花音は小さく笑った。

 瞬間――――


 パシッ――!!

 茶髪男の拳を引きながら掴み、

「女の子にグーパンチはないわよねー♪」


 茶髪男の掴んだ手を両手で掴み、くるりと素早く体を回転させ、男の腕をねじりながら背中に回り込む。

腕を締めあげられ、痛みで前かがみになり膝を地面についた男に背中から馬乗りになり更に腕を締め上げていく。


「このまま締め上げて、折っちゃお~かしら♪」

 花音の明るい声を背中できいた男は、

「なっ、…ちょっ、ちょっと待って!」


 痛みと恐怖感で半ばパニックの男。

 周囲のざわめきに、スタッフが2名、慌てて飛んできた。

「何をしてるんですか!」「スタッフさん?こちらの下衆な男が私の絵かきを妨害した上に、殴りかかって来たのよ。見て、これ」


 ぐちゃぐちゃになった花音の絵を見て、スタッフは

「…ちょっと、こちらへ」 スタッフ2名は男の腕を両側からガッチリと持った。

「はぁ?何なんだよッ!たかが絵一枚くらいで!俺なんて危うく腕ヘシ折られるところだったんだぞっ!」

「…クズな人間の腕の1本や2本と私の絵を比べるなんて――――」

 花音は半笑いで拳にギリッと力を込めた


 瞬間――


 花音の拳は男めがけて放たれた。

「うわっっ…!!」

 茶髪男は目を閉じ顔をそむける。


「花音先輩っ!ストーーーーーッップ!!」

 なぎとは、孟ダッシュして花音の腕を全力で掴む。

「あら、なぎと。なんで止めるの?」

 半笑いのまま凍てつくような眼差しをなぎとに向ける。

(どあぁ~っ!マズいっ!ブチ切れてやがるっ!)


「問題起こしたら亮太に嫌われますよっ!」

「はっ――――!!」

 なぎとの言葉に、花音は我に返る。

なぎとはふぃいーーっ、とため息をつく。

「すみません。お騒がせしました。」

なぎとはスタッフに深々と頭を下げる。

「あ…いや、彼女は被害者ですから……。」

 スタッフは軽くお辞儀をし、男を連行し関係者室へと消えた。



「はぁぁ…、全く恐ろしい人だよなぁ~…」

 なぎとはクスリと苦笑う。

「ごめんなさい…、ちょっと頭に血が登っちゃって」 花音は深いため息をついて苦笑を浮かべた。


「…しっかし、そのほっそい身体から、あり得ない力ですね…。花音先輩、なんかやってますね?」

 なぎとは尋ねる。

「合気道よ。人に教えられる免許を持ってるわ」

「……」

 なぎとは思った。

(この人をあんまり怒らせないようにしよう…)

 心の中で重いため息をついた。


「…ひどいですぅ…」

 のぞみは花音の画用紙を拾いあげて目を潤ませた。

「…もう時間がないし画用紙もない…」

 花音は悔しげに唇を噛み締めた。

「これ、使って下さい!」

 のぞみは花音に自分の画用紙を差し出した。


「のぞみちゃん…」

「いいんですよ。受け取って下さい。私は絵を描くより、お魚さんを見てるほうが楽しいのです♪」

 エヘッと照れ笑うのぞみに、

「ありがとう…本当に、ありがとう」

「先輩、時間ないから、急がなきゃ!」


 時刻は12時30を過ぎていた。

「ええっ!頑張るわよ」

 花音はにこりと笑い、気合いをいれる。

 なぎと、のぞみはほっと胸を撫で下ろして笑いあった。

「なぎちゃん、もしものことがあると心配です。花音先輩の側にいてあげて下さい」

 のぞみはなぎとの袖を引っ張る。

「…でも、夢くいちゃんは?」

「私なら大丈夫ですよ~♪一人でのんびり散策してきます♪」

「…なんかあったら、すぐ携帯鳴らすんだよ。集合場所覚えてる?」

「は~い♪覚えてますよ。ちびっこ広場です♪それではまた後程♪」

 のぞみは元気に返事すると、とてとて歩きだした。


(よぉ~し♪とりあえずはランチですね♪)

 のぞみは、地図を片手にフードコートへ向かい歩き出した。



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