第4話
「お前さ、金がないっていってたなよな…?」
スーパーへ向かう足を動かしながら、亮太はぶっきらぼうに聞く。
「はい…。仕送りがまだ来ないんです。何回も銀行で確かめたんだけど…、残金が15円で…」
「……バイトは?」
「はい。社会勉強の為にと何度もチャレンジはしたんですけどお…、どうゆう訳かすぐにクビになっちゃうんだよなぁぁ~…」
のぞみは、苦笑いを浮かべて首をかしげだ。
(だろうな…。俺が雇い主なら面接で絶対アウトだ)フッ、と鼻先で笑う。
「じゃあ、遊園地とか路上で似顔絵でも描いて少しでも稼げよ。それなら誰にも迷惑かけることなく一人でできるし」
「いやぁ、実は絵はとても苦手でして、えへっ♪」
何故かしら照れくさそうに笑うのぞみを凝視して、「は…?じゃなんで美大になんか通ってるんだ?」
若干顔をしかめて亮太は尋ねる。
「え…とぉ。パパ様が修業に行きなさいって…」
「パパ様ぁ?―――それって親父の事か?」
亮太の問いかけにのぞみは、はいと頷いた。
「実はパパ様は童話作家なんです。それから、挿絵も自分で描いてて…。
私は絵本作家になりたいんだけど、絵本を書くのならそれに似合う絵も描けるといいよって……」
なんともしまりのない苦味混じりの笑みでそう話すのぞみを見て、
(なるほどね……。貧乏作家の娘で…仕送りが滞ってるわけか……。)
亮太はなにやら勝手に想像し、頷きながら同情し始めている様子だ…。
「パパ様、作品作りに没頭すると周りを忘れちゃうんですよぉ…。電話しようと思ったんだけど、実は携帯が止まっちゃってて…。てへへ…」
(はぁ、携帯を止められるなんて……よっぽど生活に困ってんだなぁ……)
ますます可哀相になってきたようだ。
「…ってお前…、朝104円だか何だか持ってただろ?」
「当座の凌ぎに全財産でんまい棒買っちゃったので……」
(はぁぁ…、それも…全部食っちまったしな……)
亮太は呆れ返り再度嘆息した。
「なんでその金で親父に電話しないのかね…」
「……はっ!!その手があったか!!気がつきませんでしたよっ!!!」
のぞみは大きく目を見開き、手をポンッと叩いた。「あ、でもね、お昼になぎちゃんが携帯を貸してくれたので、明日にはお金が銀行に振り込まれるはずです」
「じゃあ、まずは携帯代払う事だな。あと、菓子ばっかり食ってないで自炊くらいしろ」
亮太は、のぞみを睨み付け鼻を鳴らした。
「お料理できないんですぅ…。実は私の住む場所には洗濯機しかありませんので……」
のぞみはしゅんとして俯いた。
(洗濯機しかないなんて…こいつ、よっぽど苦しい生活してんだな。)
もはや、亮太の中ではのぞみは貧しさゆえの苦労人…。
可哀相に…バイトはろくにできないわ、頭はかなりアホだわ。(無理して仕送りしてる親父さんが更に気の毒だな…。さぞ苦労してるだろうに…)
苦労人は嫌いではない、そして何だか放っておけない意外と人情派な亮太は、うんうんとうなずきながら、
「なあ、お前の親父の作家名は?」
童話を一冊買ったとて、たいした貢献はできないかもしれないが…。
それでも売れないよりはましだろう……。(買うよ、本。だから、娘がアホでも頑張れよ、親父さん)
「夢野輝です。」
「夢野輝ね?ん?ゆめのてる……?
どっかで聞いた事があるような気が…」
「あのぉ、『ラッキースターマン』ってお話を書いているのですが…。えへへ、知らないですよね……?」
苦笑混じりののぞみの声を聞くや否や、亮太は歩く足をピタリと止める。
「マジ…か?」
切れ長の涼しげな瞳を見開きのぞみを凝視し、体を固めてつぶやく亮太に、
「えっ?もしや、知ってるんですか?ラッキースターマン♪」
のぞみの顔がパァーっと明るくなる。
「・・・・・」
亮太は思わず絶句した。そりゃ知ってるも何も…。
『ラッキースターマン』とは、きらら星からやって来た心優しき正義のヒーローがラッキースターマンが地球の愛と平和を守る為に大活躍するというお話で、
(俺も子供の頃テレビアニメを見て育ったし、水筒やら三輪車やらぬいぐるみやら―――持ってたし!!!
憧れのヒーローだったしーーーっ!!!)
今だにテレビアニメ放送続いてるし!
映画も年に一回やっている、あの超ロングセラー作品の…
亮太は、茫然自失でのぞみを見つめた…。
さすがにショックが大きすぎたらしい。
「つーか!お前のオヤジは超有名人で超ー金持ちなはずだろっ!!!」
我に返り、少しでも同情した俺が馬鹿だった!!と心から自らに怒りを覚える亮太であった。
「そうゆうことぉ、よくわかんないんですよぉ…私」 ますますもって苦笑いののぞみを見つめて、亮太はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみようと考えた。
「……ちょっと失礼な事だけど聞いていいか?」
「はい?」
「お前、仕送り…いくらもらってるんだ……?」
嫌な胸騒ぎがするが、聞かずにはいられない。
「…えぇ…と…、100万円くらい…かな?」
「ひゃ・・・・」
一般人には口に出すのは勇気のいる金額である。
そして、当たり前だが、亮太はわなわなと怒りに体を奮わせている。
「そんなに金貰ってんのになんで携帯代滞納するんだよぉおーーっっ!!!お前の金銭感覚はどぉおなってんだぁあっ!!!!」
「ぎゃ~っ!!ごめんなさい~っ!!!」
のぞみは思わず頭をかくして奇声をあげる。
「信じられね~よっ!100万だそっ!ひゃくまん!どうやったら100万なんて大金1ヶ月で使えるんだよ!普通あまっちゃうだろ?預金として通帳に残るだろ?」
怒涛の如く説教する。
そりゃあ無理もない…。
亮太の1ヶ月の総生活費用は25万円だ。バイトを掛け持ちしてせっせと働きやっとこの金額。
(不公平すぎるだろ……神様…)
「あのぉ、早く行かないとスーパー閉まっちゃいますよぉ…」
ほんやりと笑うのぞみを見て亮太は思う。
(こいつを捨ててやりたい…。産業廃棄物扱いで)
ここでまたひとつの疑問が…。
亮太の給料日までの残金は5千円である。
そして、その隣には金銭感ゼロ以下の産業廃棄物。
そして、二人がこれから向かう場所はというと?
「な、なんて事だっ!この産業廃棄物をスーパーに連れてくって事は!!!!」
哀れな亮太の悲惨な一日はまだまだつづく…。