第31話
「はあ~…、ギリセーフぅ…」
なぎとは講義室を出て、安堵の息を落とした。
デッサンを無事提出し終え、咲夜に与えられたプレッシャーから開放されて、頭の中は晴れやかに冬休みモードである。
「さ~て、夢野家へ移動するか♪あっ、そうだ。デッサンのお礼もあるしスイーツでも買ってこ~♪」
なぎとはルンルン気分で廊下を歩く。
「石峯君」
背中から呼び止める声に瞳をキラッと輝かせ、
「その声は♪麗しのっ」
なぎとは舞い上がり軽やかに振り向く。
その視線の先には、
「花音せんぱぁ~い♪」
浮き足立って花音の元へと小走りする。
「珍しいわね?今日は一人なの?」
麗しき微笑になぎとはうっとりしつつ、
「はい♪亮太も夢食いちゃんも今ちょ~っと取り込み中で」
「…へぇ…、もしかして…デートかしら?」
花音は涼やかな微笑を浮かべて小さく笑いながら、なぎとを覗きこむ。
「まっさかぁあ~!あの二人に限ってそりゃ~ないですよぉお~♪」
なぎとは今朝の二人を思い出して、けらけらと笑いながら手をブンブン振る。
「…ねぇ?石嶺君。あの子…、亀井はちゃんと描いてるの?」
花音は少々心配そうに尋ねる。
「もっちろん!描いてますよ~ッ♪今回は何だかすっげー気合い入ってますから♪何気にちょっと作風変わってるしぃ~」
「…え…?作風が…?」
花音はなぎとの言葉に少しキョトンとする。
「はい、なんかきしょいダリから幻想的なシャガールへって感じです♪」
「シャガール…??」
不思議と興味深さが入り混じる顔で眉を潜めるの花音に、
「まあ、…多分、夢食いちゃんの影響かなぁと…」
再度二人を思い浮かべて愉快そうに肩を揺らした。
「…へえ、そうなんだ」
花音はゆっくりとひとつ頷き小さく笑みを浮かべた。
「ねぇ、石峯君、実は折り入ってお願いがあるんだけど…」
花音は少し真面目な顔でなぎとをじっと見つめる。
「はいっ、なんでしょう?」
「亀井の家に行きたいの。連れていってもらえないかしら…?」
「………ぇ…?」
なぎとは瞬時に表情をこわばらせるが、花音は気にすることなく、
「亀井の作品をちょっとだけ見せて欲しいのよ」
花音の唐突な申し出に、
「えええっ!…でも、それって…反則じゃ……」
同じコンクール出展者に絵を見せるなど無茶もいいとこ。
さすがのなぎとも軽はずみに「オッケー」は言えない。
「反則じゃないわよ。だって私、コンクールには出ないもの」
「ぃいい~っ…!?マ、マジですかぁああっ?」
なぎとは目を見開き仰天する。
「ええ。大マジよ」
真剣な眼差しで言い切る花音に、なぎとは盛大なため息をひとつ床に落として、
「それは…、さすがに亮太に聞いてみないと無理ですよぉ…。だって亮太は花音先輩の事…、相当警戒してるしぃ…」
苦笑を浮かべるしかない。
「だから亀井の親友の石峯君にこうしてお願いしてるんじゃない。ねっ、お願いっ」
花音は白魚のような手を合わせて笑みを浮かべて拝むポーズ。ダメだと言って簡単に引き下がるようなタイプではなさそうだ。
なぎとは腕組みをしてう~んと唸り数秒考えた後、
「まあ、いっかぁ。コンクールに出ないなら、問題ないと思いますし♪」
(なんてったって花音先輩のお願いだもん、断れないよね~♪)
「嬉しいっ♪ありがとうっ」
花音はなぎとの手を取り笑顔を咲かせた。
なぎとはむふふっ♪と頬をゆるませて、
「そうだ、今から夢くいちゃんの実家に行きますけど、一緒に来ますか?」
と花音に話を振る。
「うそっ!夢野輝先生のところにお邪魔できるの?」 花音は少し頬を紅潮させて声をあげる。
「あれ?花音先輩、夢パパさんを知ってたんですか?」
「ええ、もちろん。夢野先生は童話作家としても、画家としても素晴らしい方ですもの。まさかご本人にお会いできるなんて♪」
「大学から結構近いんですよ♪亮太も夢食いちゃんも今ちょうど夢野家にいるし」
なぎとは笑う。
「え?何故亀井が夢野先生のお宅に……?」
「それはですねぇ…実は……」
なぎとは亮太が夢野家で働いていることを簡単に花音に説明した。
「へぇ~、何だかとても楽しそうなことになっているのねっ♪♪」
花音はうふふっ、と楽しそうに笑顔を弾ませた。
◇
途中、なぎと御用達のスイーツショップに寄り、二人は夢野家に到着した。
「ここに夢野先生がいらっしゃるのね♪」
花音は立ち止まり、ワクワクしながらマンションを見上げる。
「超売れっ子なわりにはかなり普通の住まいですよね?」
なぎとはあはっと笑うが、
「あら、そんな言い方は失礼よ。住む場所がよければいい作品が書ける訳じゃあるまいし。
むしろ、才のある人間は生活にはこだわらないものよ」
花音は涼しげに笑う。
(こだわらなさ過ぎて、ゴミ屋敷で餓死するとこだったんだけどね・・・)
なぎとは惨劇を思い出し苦笑いした。
ピンポーン。
リビングにインターホンが鳴り響き、
「…この時間だとなぎとだな。おい、夢食い~、ちょっと玄関開けてこい。きっとなぎとだから」
キッチンで洗いものを片付けながら亮太は叫ぶ。
「なぎちゃんっ!?は~いっ♪今開けまぁ~す♪」
美味しいごはんと夢パパのお陰ですっかり元気になったのぞみは、トテテ…と玄関へ小走りする。
ドアについている覗き穴でインターホンの主を確認して、
「やっぱりなぎちゃんだ」ドアを開ける。
「なぎちゃぁ~ん♪お帰りなさぁいっ♪課題提出間に合いましたかっ?」
のぞみは息を弾ませ尋ねた。
「ただいま~っ♪マイシスタ~っ!
うんっ♪課題ギリギリセーフっ♪♪あ、調子どう?」 なぎとはのぞみの笑顔に安堵しつつ、おでこに手をあてる。
「はいっ♪絶好調です♪」 のぞみはえへへっと照れ笑い。
「こんにちは、夢野さん」 なぎとの斜め後ろには、見目麗しい微笑の、
「にゃにょっ…!かかか…花音先輩っっっ♪」
花音の突然の来訪に顔を真っ赤にして、バタバタ足ぶみするのぞみ。
「お邪魔してめもご迷惑じゃないかしら…?」
花音はうふふっと笑いのぞみに尋ねる。
「もももちろんですっ♪さ、さ、汚いところですが……」
若干、いやかなり舞い上がって上がり端にスリッパを並べる。
「ありがとう。お邪魔します♪」
花音はのぞみの頭をそっと撫でて、中に入った。
「夢食い~?なぎとじゃないのか?」
中々玄関から帰還しないのぞみに痺れを切らして、亮太は玄関に続くドアを開ける。
「げっ―――!!!!!」
花音を見て青ざめ、エプロン姿で固まる亮太……。
そして反して亮太を見つめてニヤリ…、と笑う花音…。
「本当に働いてるのねぇー、とても素敵よぉー、エプロン姿♪」
(ぐわぁあーっ!!!
なっ、なっ、なぜだーっ!な・ぜコイツがここにーーっっ!!)
心の中で盛大に悲鳴をあげて固まる亮太をスルーして、
「さっ、どうぞお座り下さい♪」
のぞみは、花音の為にダイニングテーブルの椅子を引く。
「ありがとう」
「花音先輩、コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」 のぞみは花音に尋ねる。「コーヒーを戴いても?」 ニッコリと微笑む花音の美しさに、
(びゅ~てぃほ~スマイルッですっ…♪)
のぞみはうっとりしつつ、
「亮太君!とびっきり美味し~いコーヒー入れて下さいっ!私はいつものですよっ!」
若干調子に乗っているのぞみにカチンとくる亮太ではあるが…。
「亮太~ッ、俺ミルクティーで♪」
花音を夢野家に連れてきたのんきななぎと(バカ)に更に腹を立てているのはいうまでもないだろう。
「…なぎと、ちょーっと来い…」
亮太は手招きしてキッチンになぎとを呼ぶ。
「ん~?何~♪」
なぎとはにこやかに亮太の元へ……。
「どーいう事だ…?なぜあいつをここへ連れて来たんだ?ぁん?」
鬼の形相である……。
相当怒っているようだ。
「だってさぁ、お願いされちまったんだもん♪
で、断る理由が見つかんなかったしぃ~」
なぎとはあはっ♪と笑う。
「お・前、解ってんのか?あいつはオレの敵なんだぞっ!」
亮太はなぎとのシャツの襟元を締めあげる。
「ぐゃっ!ちょ、ちょい待て!落ち着け亮太っ!」
なぎとはみるみるうちに青ざめて、
「だって!!花音先輩、コンクール出ないって!」
「……………は???」
亮太はなぎとを見つめて固まる。
「だ~か~ら~っ!花音先輩は今回のコンクールに出ないんだよっ!」
叫ぶなぎと。
「………マジ…か…よ?」
亮太は驚きをあらわにして花音を見つめる。
「ええ。大マジよ。コンクールには出ないわ」
花音はサラリと亮太に言い放った。
花音の突然の言葉に茫然自失の亮太。
何やらまたまたひと波乱の予感…である。