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第12話


「久しぶりのお里帰りです♪」

 のぞみはうきうき感を醸し出し、なぎとの運転する車の後部座席の窓の向こうの、流れ過ぎる景色を見つめている。

「久しぶりって、どんだけ帰ってないんだよ?」

 助手席の亮太は、運転席の後ろ側ののぞみにジロリと視線を向けた。


「実は一人暮らしを始めてからまだ一度もお家には帰ってないのです。なんせ、修業中の身ですからっ」

 エッヘン!と胸を張りちょっと得意げな顔を見せるのぞみをフロントミラー越し見て亮太は思う。


(一年半…、よくもまあ死なずに生きてたよな…)


 のぞみの常識外れの自由人ぶりを思うと、当たり前のようにため息しか出てこない亮太であった…。


「でもさぁ♪有名人に会えるなんて、ちょっとドキドキするよねぇ~!」

 ハンドルを握るなぎとは、ミーハー心丸出しで浮かれた声を発した。


「そんなに有名人なのかなぁ…、パパ様って」

 のぞみは不思議そうな顔でそうつぶやいて、小さく首を傾げた。


 実は彼女は父親の知名度など、全然解っていないのだ。

父親が素晴らしい童話作家というなのは勿論理解しているのだが、有名人なんて感覚は全然ない。


 何故かというと、のぞみはテレビを観ないからである。

 『ラッキースターマン』のアニメ放送も、小さい時ちょっと見た程度で、その後全くと言ってもいい程観てないのだ。


 のぞみが好きなのは、童話のラッキースターマンであり、テレビの中で動くラッキースターマンではない。だから、お菓子売り場やオモチャ売り場のラッキースターマンは、のぞみにとっては全然『別のモノ』くらいの認識しかないのだ。

 のぞみは極めて世間知らず―――というより、あまり世間を深く考えて生活をするタイプではないのだ。

「えっと、この辺だよね?夢くいちゃんの実家」

 なぎとがのぞみに尋ねると、

「ここ…、原山市って言っても、池下市のすぐ隣じゃねーか…。ここからなら俺ん家より大学近いし…。つーか、お前の今住んでるマンションてどの辺だよ」

「池下の市役所の近くです」

「は?……じゃあ、実家のほうが断然大学に近いじゃねーか!市役所から大学までは駅4つだから、お前ん家、俺より大学から遠いし」

「てか、何げに俺ん家、夢くいちゃんの家の近くみたいだね。だって俺、塚田駅のすぐ近くだもん」

 なぎとは少し驚いて笑った。

「へぇ~、そうなんですか?塚田駅で降りたことがないのでよくわかりませんが」

 当たり前のように地理には全くもって無関心なのぞみは、にこやかに笑って再度小さく首を傾げた。


(ホンっト、無計画な女だよな……)


 亮太は苦々しい顔をして、こめかみを指で押さえた。

(なんか頭痛が酷くなってきたぞ…。つーか、なんかとんでもなく嫌な予感がする…)


 のぞみの実家を目前に、亮太は急に言いようのない不安に襲われ、背中に悪寒が走った……。


「あっ!あの茶色いレンガのマンションです」

 車を大通りから一本中道に入り2分ほど走らせると、のぞみは右手の煉瓦造りのマンションを指さした。

「「………」」

 赤信号で車を一旦停車させ、マンションを見つめる亮太、なぎとは共に無言になった。


 そして、二人共に同じ事を考えていた。


(……かなり普通のマンションだな……。

もっとこう、豪邸に住んでるイメージがあったのに………。いや、よく見ると結構古めかしい物件じゃね……?)

 思わず顔を見合わすなぎとと亮太。

(なんか…嫌な予感が増したような…)

 そんなことを考えたら、更に頭痛が増したような。

 夢食いの産みの親…。

いや、産んではないが…。間違いなく親の遺伝子は子供に受け継がれているわけで…。

だから、子供は親に似るわけで…。

(夢食いがあんなめちゃめちゃな性質なら、…親父は一体全体……)


 いやがおうにも、またまた悪寒に襲われて、亮太は小さく身震いする。


「な、なあ…夢食い。親父さんて、家政婦くらいは普通に雇ってる…よな…?」

 何となく恐る恐る尋ねてしまう亮太である。


「もちろんですよ!パパ様は、お料理もお掃除もお洗濯もな~んにもできませんので、お手伝いさんがいなければ、大変なことになってしまいますから」

 のぞみは珍しく真顔でそう言い切った。


「ははっ…だよなぁ~♪」 安堵からか、亮太はちょっと無駄にテンションがあがり、声のトーンを半オクターブばかりあげて笑った。

 そんな亮太を横目でちらりて見て、(亮太って…ちょっと潔癖症っぽいとこあるよね…)と言わんばかりに苦笑するなぎと。


「???」

 亮太の後ろ姿を見つめて、頭にはてなを浮かべるように首を傾げなんとなくニッコリと笑うのぞみであった。



   ◇



「よしっ!乗り込むぞっ!」

 駐車場へ車を止め、3人は歩き出し、マンションのエレベーターへと向かう。

 のぞみの実家は5F建てマンションの最上階、5Fの角部屋。

降りてきたエレベーターに乗り、5階にたどり着き、のぞみの案内で歩きながらも視線をあちこちにやる亮太となぎと。

(本当に普通ーの賃貸マンションだなぁ…とても有名作家が潜伏しているようには思えないね…)

 なぎとは思う。

(なんか、普通過ぎて逆に怖えな…)

 なんだか得体の知れない頭痛が止まないのは何故だ?と亮太は思っていた。


「503号室、ここです」

 ピンポーン。

のぞみは呼び鈴を鳴らす。なぎと、亮太は家政婦が登場するであろうドアわ見つめて、ちょっと緊張しながら待つ。

しかし、20秒程しても反応が無い。


「あれぇ…?」

首を傾げるのぞみは、

 ピンポン

 ピンポン

 ピン ポーン!


 呼び鈴を連打。

しかし、人の気配はおろか、反応はまるで無し。


「もしかして留守…?」  なぎとはのぞみを見つめる。


「おかしいですねぇ、パパ様はお仕事の用事がない限りは外には出ないはずなのですが…」

 のぞみは口を尖らす。 「仕事の予定は?」

亮太が尋ねると、

「電話をした時は今日は出かける予定はないみたいでしたが……」

「まさかさぁ…、中で倒れてたりして…」

 なぎとが不吉な事をボソリとつぶやいた……。


「…夢食い、鍵は?」

 亮太は緊張感を隠しきれない顔でのぞみを見つめる。(家政婦はどうなってんだよ…)

「あ、ありますとも!」

 のぞみもさすがに少し焦り、ガチャガチャと鍵を開けた。


 ギーーッ………。

ドアが軋み開く音の不気味さに、なんとなく3人は息を飲む。

(マジで倒れてたら洒落になんねえぞ…)


 一瞬、恐ろしい想像が頭を過ぎりつつも、足早に玄関をあがり、リビングへと三人は小走りに歩く。


リビングへ続くドアを勢いよく開けると、


「うわぁああああああああいああああーーッ!!!!!」

「!!」

「!!!」



 ドアの向こうを見て、凄まじい悲鳴をあげたのは、…のぞみでもなく、なぎとでもなく………。


 顔面蒼白になった亮太だった。

「ゴ…ゴッゴゴ…」


「・・・・・」


 なぎともさすがに目の前の様子に、リアクションに困り固まった。

のぞみは小さくため息をついて、(またですか…)と心の中で苦笑いした。


「ゴミ屋敷じゃね~かぁぁぁあああーーッ!!」

 叫ぶ亮太の目の前には、散乱した紙屑やビニール袋やら紙袋やら・・・・

なんだかぐちゃぐちゃと床に散乱している。

「……いかん…、無理、俺帰る」

 頭痛を通り越して目眩がする亮太……。

さすがになぎともこの惨状に引いて、言葉がでない。

「ああっ!パパ様がっ!」のぞみが指さすゴミの中に何かが埋もれている…。

「うっそぉ…!」

「ちょ、マジかよっ!」

なぎとと亮太は青ざめて、慌てて人影に向かい走る。

「パパ様っ!」

のぞみもコンマ数秒遅れて駆けより、

「パパ様ぁああっ!!!しっかりして下さいっ!!!」

 亮太となぎとは、紙屑の山の中からのぞみの父らしき人物を救出し、意識を確認する。


「大丈夫ですか!?」


 声をかけると、目を少し開けて、亮太を見つめると、「あぁ…」と小さく声をもらしたその人をみて亮太は思う。


 頭がひよひよの薄毛で、銀色の縁の眼鏡がちょっとずれてていて、ひょろりと棒きれのような、若干浮浪者と言っても過言ではないような、なんとも風貌の小汚いオッサン……。

 この、しみったれたオッサン(自宅で遭難中)が

あの、ラッキースターマンの作者、夢野輝…であるのか?と。


「ううぅ……、お水を…食べ物…を下さ…い。」

 虫の息であるかのようなオッサンのうめき声に、亮太の清らかな子供心はバリバリと音をたてて崩れ去っていくのを感じた。


(さらば……俺のヒーロー…ラッキースターマン)


 作者の現実の姿をまの当たりにして…亮太はそっと心で泣いた。


この日亮太は、

知らないほうが幸せな事って、ほんとにあるんだなと言う事を学んだのであった…。


(ああ……全国のちびっこ達よ…あんな素敵なヒーローを書いた人は、1番なってはいかん…、最低な大人の見本でしたよ…)


 亮太の悲しげな顔を見て、なぎとはそっと亮太の肩に手をのせて、憂いを含んだ笑顔で小さく頷いた。


(きっと人はみな、こうして色々なことを知りながら大人になってゆくもんさ。ドンマイ、亮太)


 二人とも、何とも複雑な心境で数秒見つめあった。


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