第11話
なんだかとてつもなく体がだるい……。
寝不足の体のダルさを和らげる為にシャワーを浴びたら、ほんの少し和らいだ頭の痛みなのだが…。
しかし、目がしょぼしょぼするわ思考回路はイマイチ回ってるのかわからないこの自身全てが、
(参ったなぁ…)という感じの状態で、亮太は深いため息をついた。
「とりあえず、仕事…」
熱いコーヒーを一杯飲んで、重い体をひきずり現場へと向かう。
任された仕事はどんな状態であれ手は抜けない。
人に迷惑は絶対かけたくないし、「今時の若いもんは」なんて言われる事はプライドが許さない。
交通誘導員の格好に身を包み、そんな事を考えながら、徒歩でバイト先の現場へとる亮太であった。
「おはようございますっ!」
今日は何だかカラ元気感丸出しで、ちょっとテンションの高い挨拶をする。
そんな亮太にちょっとした異変を感じる現場監督さんは、
「なんか今日はちょっとおかしいよ、亀井君…、大丈夫?」
と心配顔を亮太に向けた。
「え?何がですか?俺、いつもと全然変わりないですよ」
ニッコリと笑う。
(ほんとは全然大丈夫じゃね~、眠いしだるいし…) そもそも口の端をあげる程度にしか笑うことをしない亮太が、ニッコリと笑うこと自体ちょっとおかしいと思う監督さんなのだが
「ならいいけどね…、ほら、事故は困るからね」
監督さんはそう言って、現場打ち合わせの為作業員の元へと向かう。
「はぁ~~……」
監督さんの姿が遠退くと、真顔で重いため息がでる。
進まなかった絵…。
自分の作品に対するどうしようもない違和感…。
(そういえば、夢食いとなぎとはいつ帰ったんだろう。あいつ、ちゃんと仕送りしてもらえただろうな)
眠気防止の為、色々考える。
(ああ……しかし、暇だなぁ…。こんな人通りがない場所で交通警備なんて必要あるのか…?)
亮太の警備する現場は、亮太の家から5分程歩くとある、幅5メートル程の川の橋の補強工事だ。
住宅街の隅に流れるさほど大きくもない川で、人や車はほとんど通らない。
寝不足の亮太には、この暇な警備の仕事はかなり辛いようだ。
(こんな仕事するなら、体動かす仕事のほうが楽だろうな…)
執拗に襲ってくる睡魔との闘いに耐えながらも、
「ふぁ~~ぁ…」
あくびとため息が混じり、体が揺れる。
時折遠くを見つめる目は…余りピントが合ってないように感じる。
11月だというにも関わらず、こんな時に限ってのポカポカ陽気。
(昨日は結構寒かったのにな…)
ぼんやりした頭で考える。
眠気覚ましに再度遠くに目をやろうとした瞬間…、
「ここは、不思議な世界の入口です……」
「!!!!!」
あり得ないモノを見てしまったかのような衝撃に、一瞬で亮太の脳みそはバケツの冷や水をザバーっとかけられたかのように活性化した。
(な、何故ここに奴がいる!?)
とてとて歩き、ぶつぶつつぶやき、手を指揮者のようにふわふわと動かし…。忙しいんだかのんびりしてるんだか、いまいち理解し難い動きで歩くのぞみをみつめて、亮太は困惑する。
「はぁ~っ♪いいお天気ですねぇ。ぽかぽかと気持ちの良い朝です♪」
(だ・か・ら・何故ここにいるんだ!)
叫びたい衝動を押さえるのに精一杯の亮太。
「あ、さかなさぁ~ん♪おはようございます♪」
(さかななんていね~よっ!)
そうツッコミたいらしいが今は勤務中なので耐える亮太。
のぞみは川のさくをのぞきこみ何やらじっと見つめている。
(おいこら、前につんのめり過ぎだろ!)
まるで我が子を見つめるかのように、ハラハラする亮太の心情など届くわけはなく、さらに川をのぞきこむ。
(あぁ!マジ怖ぇ~!ちょっっ、落ちるだろうが!) 亮太の心配度は増すばかりである。
「あれぇ、なんかいますねぇ~♪」
鉄柵に足をかけようとしている。どうやら越えるつもりらしい。
(何やってんだ!危ないだろう!)
ママ(亮太)に我慢の限界が訪れた。
「そこに入っちゃいか~~~~んっ!!!」
叫び声を上げた瞬間、
「しまった・・・・」
即座に後悔の声が漏れた。
「あ~~っ♪亮太君だ!」 嬉しさ丸出しで、まるで子犬のようにかけてくるのぞみを見つめて、ふと「よしよし」としてやりたいな、なんて思う自分を腹立たしく思い、
(もう…嫌…、こんな俺の性質…)
本当にに小動物に弱い。そんな自分が情けないとかなりうなだれる亮太であった。
「昨日はどうもお世話になりました」
のぞみはにこやかに笑いお礼を言ってぺこりと頭をさげた。
「お前、なんで…ここにいるんだよ?」
亮太は眉をひそめてのぞみを見つめた。
「え…と…。えぇ~…とぉ………」
「?」
「お、お散歩…、そうですっ!お散歩をしているのですっ!」
何だかぎこちない返答をするのぞみに、
「は?散歩だぁ……?」
もちろん、怪しい…、嘘クサイと勘ぐる亮太。
そして、気になっていることをのぞみに尋ねた。
「ところでお前、銀行には行ったのかよ?」
「は、はいぃ…、行きました」
みるみるうちに萎れてゆくのぞみを見つめて、
「…ま、まさか…、入金無しか…?」
亮太がそう尋ねると、さらにしゅん…、としてのぞみは小さく「はい…」と頷いた。
(オ・ヤ・ジぃぃ~っ!あんたは一体何をやってんだよ~っ!)
寝不足のイライラに加わった怒りで若干目眩がする亮太。
「亀井君!休憩入っていいよ~、あれれっ?彼女?」
現場監督さんがのぞみに気付き小さく笑いながら問いかける。
「恐ろしい冗談はやめて下さい」
亮太はそれを全力で否定するが、
「うちの亮太君がいつもお世話になっております」
深々と頭を下げるのぞみを見て、(何気取りだよ!) とのぞみを睨む。
「へぇー、可愛いい子だね、亀井君」
監督さんはのぞみに向けニッコリ笑い、
「あ、亀井君。今日はもう上がりでいいよ」
「えっ?まだ昼ですよ?」 戸惑う亮太に、
「なんか今日はあんまり体調子良さそうじゃないしね…。まだ現場は工事始まったばかりで暇だから、今のうちに体休めたほうがいいよ」
心優しき監督様である。「いや、でも…」
(ぶっちゃけ給料減ると困るしな…)
「大丈夫、今日は特別に1日分の時給はちゃんとつけとくから、心配しなくていいよ」
「えっ!本当ですか?」
監督さんはニッコリと笑って頷いている。
「亀井君、休まず真面目によく働いてくれるからね。倒れられたら、現場が困るから。
ほら、彼女も来てくれたみたいだから、帰って看病してもらいなよ」
(いやだから彼女じゃないって…)
そう心で否定しながらも、
「…すみません。では今日だけはお言葉に甘えて…」 監督さんに深く頭を下げた後、
「いくぞ、夢くい」
「は~い♪ママ♪」
亮太に呼ばれたのぞみは手を繋ぎ笑う。
「だからそれやめろって!」
即座に手を払いのける亮太。顔が若干赤いのは気のせいであろうか…?
◇
家につき、亮太は着替えを済ませこたつに入ろうとする。
「!!!」
しかし、まるで我が家のようにこたつでねっころがっているのぞみに苛立ちを露にして、
「邪魔だ!どけっ!」
追い払おうとはするが、
「いやですっ!ここは私の縄張りなんですからっ!」当然の如く動く気無しののぞみ。
「お前…、ここ俺ん家だぞ……」
「こたつの権利は早い者勝ちと決まっているのです」
と、勝手な自分ルールを発動した。
「そんなルールは知らん!」
亮太は鼻を鳴らして無理矢理のぞみを追い出そうとするが、
「ぎゃ~っ!スカートめくれたぁあ~っ!亮太くんのえっち~っ!」
「!!!!」
のぞみの悲鳴に思わず赤面して声を失う亮太…。
こうなると、こたつに手出しできずに固まってしまう。
今時珍しい純情っぷりである…。
「もういいっ!」
焦りを誤魔化すように、コーヒーを入れに台所に向かい歩き出した。
「あ、私はお砂糖とミルクたっぷりのカフェオレで♪」
「・・・・・・」
(マジで息の根を止めてやりたいぜ…)
そう思いつつも…。
おいしいカフェオレを作って出してしまうのが、おもてなし上手なカリスマ主婦亮太なのである。
「はぁぁ~、おいしい~♪しあわせですぅ~♪」
何だかんだ思えど、のぞみのこの至福の笑みに何故だか弱い。
亮太もコーヒーを飲み、しばしゆっくりとするが、忘れてはいけない。
のぞみの通帳は未だゼロだということを。
「はっ!そうだ!仕送りっ!」
亮太はのぞみを見つめる。
「へ…?」
他人事のようにニッコリと笑うのぞみ。
(いや、お前の一大事でしょ…)
「…お前さ、実家どこだよ?」
「原山市内です。」
「原山って…すぐ隣の市じゃねーか」
亮太は嘆息してなぎとに電話する。
5度ほどコールの後、
『ふぁ~い……何…?』
「寝てるところスマン。今から車出せるか?」
『あ~…?うん?どした?なんかあったの~?』
電話の向こうのなぎとはまだしっかりと目が覚めていない様子だ。
「今から夢食いの実家に行く」
亮太の言葉になぎとはシャキッと起き上がり、
『…!マジですか?』
途端に口調もしっかりとする。
「仕送りがまだなんだよ!直接親父に請求しに行ったほうが早い!」
若干怒り混じりの亮太の声に、
『了解っ、ボス♪至急そちらな迎いまぁ~す!』
まるで部下であるかのような口調で言い放ち、慌てて身支度を始めた。
(いや~、退屈しない人生って素晴らしい♪)
暇を満たすという、己の欲には労力を惜しまないなぎとである。
その行動力をもっと他に使えば、彼の未来はもっと素晴らしいものへとなりうるはずだが………。
かくして…。
3人は、伏魔殿―――いやいや、のぞみの実家へと向かうことになるのであった。