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第1話



「あぁ、給料日まであと5日か…。」

 とある街なかで、ため息をつきながら財布を覗く一人の男がいる。

 彼の財布の中には、ペイデイまでの生活残金が5千円と小銭が少々。

 

「うん、大丈夫だ。堅実にいけば、全然余裕。米はあるし、調味料もちゃんと揃ってる。あ…、洗濯洗剤が切れそうだな。帰りにドラッグストアに寄らなきゃ。あの洗剤確かまだ特売やってたし…。」


 この、ベテラン主婦のように独り言を言いながら歩く青年。

 彼の名は亀井亮太かめいりょうた

20才の美大2年生である。

 18才で父の反対を押し切り、画家を目指しこの街にやってきたのだ。


『手切れ金じゃ!2度と戻ってくんな!馬鹿息子-っ!』

『絶対に戻らねーよ!俺は誰が何と言おうが画家になるっ!!そう決めたんだ!!』


 父は田舎で曾祖父の代から畳屋を営む畳職人。

母は亮太が10才の時に病で他界している。

 男手ひとつで育てた息子である亮太に、いつの日か畳屋を継がせようと期待をしていたのだが亮太の突然の《画家になりたい宣言》で大層派手な大喧嘩になり、二度と故郷には足を踏み入れるべからずと、手切れ金(?)をなげつけられたのである。


 そのお金で何とか入学金をまかない、学費から生活費用から全てを自らで賄う『自称』苦学生。

 それが、亀井亮太という青年である。


「もっとバイト増やしたいけど、コンクールまでは描く方に時間欲しいしなぁ……。」


 彼の学舎(まなびや)である緑川美術大学で開催される絵画コンクールが3ヶ月後に迫っている。

コンクールで金賞に輝くことができれば、卒業までの学費が免除という、苦学生にとってはまたとないビックチャンス!

「学費が免除にさえなれば、バイトをもっと減らして、絵を描く事にもっと時間が取れる!

去年は最終選考まで残って銀賞だったから、今年こそは必ず…」


 亮太はカーキ色のパラシュート生地でてきた大きめのカジュアルなバッグに財布をしまいながら、


「今は生活にゆとりがないから、ライフスタイルは無駄遣いせず節約、堅実にいかなくては。」

うんっと一人しっかり頷いた後、大学へ向かい歩く足を軽快に進めた。



「あぁ~…、どうしましょう……」

 ひとりの女は、大学へ続く通りのコンビニの前で悲壮感いっぱいのため息を地面に落とした。

「お財布に104円しか入ってない…。パパ様からの仕送りはいつでしたっけ…?」

 小銭を手のひらにのせてぽつりとつぶやいた。


 彼女の名前は夢野希望ゆめののぞみ

同じく20才の緑川美大の大学2年である。


 彼女は、緑川美大で《夢くい》と呼ばれる、ちょっと―――いや…かなり変わりもので有名な女の子だ。


 彼女の家も父一人娘一人。しかし実は、父は世間でとても有名な童話作家であり、生活には十分困らない家庭のはずなのだが……。

 父は仕事に没頭すると周りを全て忘れてしまう、筋金入りの熱中型大ボケパパであり、案の定今回も娘のピンチにも全く気付く事なく、ファンタジーな世界へトリップ中なのである。


「携帯止まってるし、パパ様にも電話ができないし。どうしましょう……」

 難しい顔でう~んとうなること数秒、


「はぁぁ…、お腹が空いたままだと悩んでもいいアイデアが浮かびませんね。

よしっ、こんな時こそ『んまい棒』です♪このお金で買えるだけ買って食べましょう♪」


 普通ならば、その手に持つ小銭で、公衆電話から家に電話をするはずだが…

もちろん彼女にはそんな常識は通用するはずはなく…

「う~ん、どうしましょう、一円足りませんねぇ…

お金、数えたら増えませんかねぇ~…」

 そんな馬鹿な事を考えて小銭をまじまじと見つめている。

「うわっ、ちょっと時間やべぇな!急がねえと遅刻するかも」

 携帯で時間を確認し、少々焦り亮太は走り出す。

「あっ…!お金が~っ!!」 1円玉が手のひらから落ち、のぞみは慌ててお金に駆け寄っていく。


「うわっっ!!!」

「ふにゃ~~っ!!!」


 ドスン――――っ!!!

 チャリーン…………


「あああぁぁ~…」

情けない声をあげて茫然とするのぞみの腕を掴み起こして、

「あっ、悪いっ!」

 慌てて小銭を拾う亮太。

「100…いち、に、さん、し……。104円?落としたの」

 亮太はのぞみに小銭を渡すが、

「足りないんです……」

「え、足りない?いくら?」

「んまい棒…、10本で105円なんです。」

「は…?」

「私の全財産は104円…い、一円…足りないんですぅぅ~~…」

「はぁああ???」

亮太の目はまさに点である。

「お~ね~が~い~しますぅぅう~っ!!!一円貸して下さぁ~いっ!」


(な、何なんだ…、こいつ・・・。なんか面倒臭そ~な臭いがするぞ。ちきしょう、もう時間ねーじゃん!一円くらいなら…)

 亮太はいそいそと財布の小銭入れから一円をだし、無言でのぞみの手のひらに落とした。

「あぁ、ありがとうございますぅ~♪このご恩は一生忘れません。必ずお返ししますから~っっ♪♪♪」


 亮太はのぞみのはしゃぐ声を無視して、走り去る。

(なんか頭がやばそうな奴だったな…。まぁ、金輪際関わることはなさそうだからいいか…)


 亮太はやれやれと思いながらも大学へ向けて走る足を速めた。


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