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「「「…」」」


ポカポカとした陽気に包まれながら、三人で無言で弁当をつつくことはや五分。

なんとも言えない空気が流れていた。


視線の行きどころが無くて、四分一くらい手をつけた弁当を眺める。


中学の頃であれば、ずっと話をしていて、視線の場所なんて探しもしていなかったのに。


もちろん、話を切り出そうとはした。

だけどその度にどう話したものかと考え出してしまって止まらなくなってしまう。


(これではずっと同じままだ)


箸を持つ手に少し手を入れる。


きっかけなんて、なんでもいい。

とりあえず話を切り出そう。


「あ、あの!」


声を出すと、思いの外震えていた。

我ながら情けないけれど、止まっている場合では無い。


二人は動かしていた箸を止めて、こちらを見る。


「僕、高校はずっとバイトするつもりなんだ」


まだ決まっていないけど、と付け足すと、二人は静かに頷いた。


「高校を出たら、大学に行かずにすぐに働くつもりで…だから」


震える声をなんとか抑えて、伝えたいと思っていた言葉をなんとか絞り出す。


「一緒にいれる間、少しでも仲良く過ごしたい…」


こんな風に口を聞かなくなって、そのままになるなんて嫌だ。


これは、僕のただの我儘。


二人がそんなこと知らないと言ってしまえば、叶わないような願い事だ。


「…ダメかな」


それなのに、こんな風に聞くのは我ながらずるいと思う。

二人の顔が見れなくて、目線を落とす。


断ってしまえば、二人が悪者になってしまうような聞き方だ。

だけど、そう思っていても、聞かずにはいられなかった。


「ダメなわけないじゃん」


赤野木さんの声に、落としていた視線を上げる。


すると、二人は笑っていた。

困ったような笑みではなくて、優しい笑み。


太陽の光が二人にさして、元々眩しい二人をさらに輝かせる。


思わず見とれていると、渡會くんは目を逸らす。

その頬は、少しだけ紅いように見えた。


「私達は、笹原のことが大切だよ。だから、ずっと一緒にいたいし、こんなことで喧嘩なんてしたくない」


赤野木さんの言葉に、渡會くんは何度も頷く。


「その、なんていうか…あー…」


渡會くんは言葉を探すように、上を向いて視線をさ迷わせる。


赤野木さんも僕も、そんな渡會くんのことをじっと待つ。


「要するに、その…嫉妬、してたんだよ」


目をギュッとつぶって、観念したようにそう言うと、今度は吹っ切れてしまったのか、眉を怒らせて腕を組む。


「そもそも、あいつ誰なんだよ!いきなり出てきやがって、笹原に名前で呼ばれて!俺らも名前で呼ばれてないのに!」


勢い良く今まで溜まっていた愚痴を吐ききると、満足したように「ふう」と息を吐いた。


渡會くんの言う『あいつ』というのは、きっと肇くんのことなのだろう。


僕が名前で呼んでいるいきなり出てきた人というのは肇くんしか思い当たらない。


ということは、つまり…。


「違ったらごめんね。二人とも、名前で呼んでほしかったの?」


僕がそう言うと、二人はビクリと肩を震わせた。

そして、顔を紅くして控えめにコクリと頷く。


さすがは幼馴染というべきか、行動がシンクロしている。

…と、そんなことに感心している場合ではない。


「そっか。…そっか」


名前で、呼んでほしいのか。

緊張で顔が強ばってしまう。


今名字で呼んでいることでさえ烏滸がましいと思っているのに、名前で呼ぶなんて、緊張でどうにかなってしまいそうだ。


(だけど…)


他でもない二人が、呼んでほしいと言っているのであれば。


「あの、無理とかはしなくて良いからね」

「そうだぞ!勝手に言ってるだけだからな」


焦りながら言う二人。

きっと、僕が曖昧な態度を取っていたせいだろう。


顔を上げて、まっすぐ二人を見る。


「慣れないから、また戻っちゃうかもしれないけど。改めてよろしくね…伊澄さん、奏汰くん。…なんだか恥ずかしいね」


どうにも恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じる。


それにしても、改めて口に出すと二人ともとても綺麗な名前だ。


この名前を付けた親御様はさぞ素晴らしい方なのだろう。

二人にこんなに素晴らしい名前を付けられた親御様方に感謝…。


そこまでトリップして、また我に返る。

二人を見ると、なんだか小刻みに震えているようだった。


名前で呼んでほしいとは言ってみたものの、実際に呼ばれると不快だったと思われていたらどうしよう。


その時はもう腹を切って詫びるしかない。


「あの…」


とにかく、様子がおかしい二人に呼びかけてみる。

不快すぎて具合が悪くなったとかだったら大変だ。


「ご、ごめん笹原…今噛み締めてる」


噛み締めてる?


「俺、もう死んでもいいかもしれない」

「だ、ダメだよ!?」


なんだか物騒なことを言い出してしまった。

そんなに嫌だったのだろうか。


だけど、なんだか表情は明るいような気がする。

少なくとも、嫌で死にたいとかいう表情ではない、と思う。


だとしたら、喜んでくれている?


(僕が名前を呼んだだけで…)


そう思うと、なんだか胸が暖かくなる。


僕が二人を喜ばせることができた。

そんな事実が、とんでもなく嬉しい。


「…本当に、嬉しい」


二人に聞こえないように、そっと呟いて目を細めた。

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