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微妙な関係

赤野木(アカノギ)伊澄(イズミ)です。中学ではバレーでした。高校でも入るつもりです。よろしくお願いします」


余計なことは話さず、淡々と自己紹介を終える。

受け取る側の気持ち次第では素っ気ないと思われてしまうだろうが、この場にいる人間は誰一人そんなことは思わなかった。


というの、ほとんど全員が彼女の顔に見惚れていたからである。

自己紹介中も絶やすことなく笑みを浮かべていたのだ。


最も、それはある一人の人物にのみに向けられた笑顔だということに、幼なじみを覗いて誰も気が付かない。


赤野木が席に着くと、その後ろの席の人物が教壇に上り、順番に自己紹介をしていく。

冗談を交えて笑いを起こす者、声が小さすぎて聞こえない者、逆に声がデカすぎる者、自身の好きなことを声を大にして布教する者など、様々だ。


そんな中、笹原は…。


「笹原優太です。皆さんと仲良くできると嬉しいです、これから一年間よろしくお願いします」


という、特に当たりさわりの無い自己紹介をして、次の皐月に繋げる。


「皐月肈です!こんな名前だけど、誕生日は5月1日じゃなくて6月12日なんでお見知りおきを!漫画家になるのが夢なんで、おもしろいエピソードとかあったら教えてください!」


元気よく言い切ると、皐月は自分の席に戻る。

下手をすればシラケた空気になってしまいそうな自己紹介ではあるが、彼の明るい雰囲気がそれを阻止した。

このような場所で大切なのは、やはりテンションなのだとよく分かる例だ。


席に着いた皐月は笹原の肩甲骨のあたりをつんつんとつつく。

笹原が振り向くと、皐月はイタズラっ子のような笑みを浮かべ、


「そういうことだから、よろしく」

「?」


そういうこと、とはどういうことなのだろうと思いながら、笹原は曖昧に頷いた。


渡會(ワタライ)奏汰(カナタ)です。ずっと野球してきたんで、ここでも野球するつもりです。よろしくお願いします!」


礼儀正しくお辞儀をして自己紹介を終える。

最後に爽やかな笑顔を浮かべると、女子生徒達は息を飲んだ。

もちろん、幼なじみ以外。


全員の自己紹介を終えると、箔屋が教壇に立つ。


「はい、皆さん素敵な自己紹介をありがとうございます。これから一年間、よろしくお願いします」


さて、と一呼吸置いて箔屋は続ける。


「高校生活の三年。皆さんは長いと思うでしょうか。早く卒業して大人になりたいと思う人もいるかもしれませんね。

…だけど、この三年間は人生においては、とても短い。どうかその貴重な時間を、思う存分楽しんでください。

それでは、この時間はこれで終わりです。話はしても良いですが、チャイムが鳴るまでは外に出ないように。それでは」


にこりと穏やかな笑みを浮かべて箔屋は廊下へと出ていく。


それを合図に、各々が好きなように行動を始める。

早速勉強を始める者、携帯をいじりだす者、近くの者と雑談を始める者。

一種一様ではあるが、とりわけ目立つ二箇所があった。


教室の端と端。

すなわち、赤野木と渡會の席周辺だ。


赤野木には男子が、渡會には女子がそれぞれ群がっていた。

この時、二人はもちろん笹原の元に行きたかった。


しかし、行く前に呼び止めれられてしまった。

周りの静止を振り切ってても行きたかったが、高校入学前に笹原と交わした会話のせいでそれはできなかった。


その会話というのは―


「もうすぐ高校生かあ」


始まりは赤野木だった。

胸元まである髪が風にはためくのを抑えながら、街に沈む夕日を眺める。


「なんだ、珍しくしおらしいな。不安でもあるのか?」

「珍しくってなに?失礼なやつ」


感傷的な雰囲気の幼なじみをからかいながら、渡會も同じように夕日を眺める。

からかってはみたものの、自身も不安な気持ちが無いわけではなかった。


不安の中心には、もちろん笹原がいた。


渡會は中学二年の頃に笹原と同じクラスになり、関わりを持った。

その後、彼の中心にはずっと笹原がいた。


しかし、進級すると笹原は別のクラスになってしまった。

休み時間の度に会いに行ってはいたが、それでは足りなかった。


本当は部活の時間だって笹原といたかったけれど、さすがに部活を優先した。

笹原にも部活があったから、というよりも、部活を蔑ろにした時には物凄く怒られてしまう。


『解釈違いだ!』


と。


言葉の意味はよく分からなかったが、笹原を失望させてしまったということはよく分かった。

それ以来、渡會は部活を優先にしながら笹原との時間を楽しんでいた。


しかし、やはりできるものなら長い時間を過ごしたい。

なので、今の彼…いや彼らの不安はもっぱら、笹原と同じクラスになれるかどうかというものだった。


「僕も少し不安だな」


そんな二人に挟まれていた笹原は、遠慮がちに声を上げる。


「えっ、笹原も?」


笹原は滅多に弱音を吐かない。

それは二人の前でも例外ではない。

むしろ、吐かなすぎて少し寂しいと思っているふしさえあった。


そんなわけで、不安を顕にする笹原に、二人は不謹慎ながらも少しだけ嬉しく思った。

だからだろうか。


「二人にはさ、僕以外にも友達を作って欲しくて」


笹原から出た言葉に、二人は相当なショックを受けた。


「さ、笹原…それって…」

「俺たちはいらないってことか!?」


冷静に考えれば、そんなわけが無いということは分かるはずだが、今の二人には冷静に考える余裕などなかった。


二人の頭には、

僕以外にも友達を作って欲しい=僕以外の人間と遊んでほしい=二人はもういらない

という式が出来上がってしまっていた。


「え…?」


そんなことなど知らない笹原は、突然出てきた意味の分からない言葉に目を丸くする。

しかし、二人が勘違いしていることをすぐに察知し、かけるべき言葉を探すために口元に手をあてる。

そして、十分に考えてから口を開く。


「二人はさ、僕から見るととても凄い人達なんだよ」


唐突な褒め言葉に、今度は二人が目を丸くする。

そんな様子など気にもとめずに言葉を続ける。


「というか、僕だけじゃなく、他の人から見ても凄い人なんだ。そんな人を僕だけが独占するだなんて、もったいないことだと思うんだ」

「そんな!むしろ独占してほしいのだけど」

「そうだそうだ」


反論する二人に、ありがとうと微笑んで首を横に振る。


「気持ちは嬉しいけど、それじゃあダメなんだ。二人の素晴らしさを他の人にも知ってほしい。

…それから、他の人達からも良い影響があると思うんだ」

「「笹原…」」


二人は感動して目を潤ませる。

どうして、と思うかもしれないが、二人にとって笹原の言葉はどうしようもなく重い。


たまに先程のようにネガティブな方向に解釈してしまうこともあるが、基本的にはポジティブな方向で解釈が行われる。

よって、先ほどの言葉はこう解釈される。


『とても素晴らしい二人を僕が独占するのは勿体ないから、仕方なく他の人にもおこぼれに預からせてやるよ』


と。


「笹原、お前ってほんとに欲がないというか…懐の深い男だよな!」

「ほんとに!でもそんな笹原だからこそ…」


私たちは好きなのだと、言葉を続けようとして止める。

赤野木と渡會には笹原に関して、暗黙のルールがあった。


それは、笹原に“好き”という言葉を使わないこと。


それは話の流れで友情の意だと分かるような場面でも同様だ。

とにかく、態度には出しても言葉には出すなということだ。


「ん?」

「…んーん、なんでもない!」


不自然に言葉が途切れたために不思議そうな表情をする笹原に、赤野木は笑顔を返した。

笹原はそれ以上は何も言わず、また会話を再開させる。

奇妙な関係ではあるが、この三人は絶妙なバランスでその関係を保っていた。


―――――――――――――――――――――


そんな出来事もあり、二人は下手にクラスメイト達を突っぱねることが出来ずにいた。

自身の発言のせいで二人がフラストレーションを溜めていることなど露ほども知らない笹原は、後ろの席の皐月と親交を深めていた。


「で、ほんとはどういう関係なの?」

「ホントも何も、普通に中学校からの友人だよ。別に珍しくないと思うけど」


先ほどから同じ質問を三度程繰り返し受けているが、笹原はのらりくらりとかわしている。


「そうじゃなくてさ〜」


皐月もめげずに食らいつくが、暖簾に腕押し。

全く進展しない様子だ。


「…」


そんな彼の様子を見て、机の上に置いたままの文庫本に目を落とす。


「別に君がおもしろいと思うような関係じゃないと思うよ」


幼なじみの二人と、その二人とたまたま仲が良くなった。

事実としてはそれだけだ。

少し変わっているというのであれば、それは…。


「おもしろいかどうかはオレが決めることだ!」


皐月の言葉にハッとして、我に帰る。

驚いて皐月を見ると、黒縁メガネの奥から、意思の強い目でこちらを見ている。


「…ふはっ」

「なぜ笑う」


思わず吹き出すと、不機嫌そうに唇を尖らせる。


「ごめん、つい」


不快にさせてしまっただろうかと、口元に手をあてて謝罪をすると、皐月も口角を上げる。


「お前ってそういう顔もできんだな」

「え?」

「なんつーか、さっきからずっと感情抑えてるみたいな感じ?ま、今日一日見てただけだから分かんねーけど」


そう言われ、笹原は口の両端を人差し指で触ってみる。


実際、笹原は表情に乏しかった。

それは無意識というかは、意識的にしていることだった。


今口元を触っているのも、自身の表情管理が見破られてしまったことへの驚きからだった。

笹原にとって、表情管理はとても大事にしてきたものだった。


丁寧に、自然に、バレないように。

バレてしまえば関係が崩れてしまうから。


そんな大事にしてきたものが、たった一日前に出会った男にバレてしまったのだ。

笹原の焦りは尋常なものでは無い。


「…ま、あんま気を遣いすぎなくても良いんじゃねーの?友達なんだろ」

「…」


笹原は焦っていた。

それはもう、今までに無いほどに。

だから口を滑らせてしまった。



「友達なんて、烏滸がましい。あの二人は神様だ」

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