第29話 オタクオッサンの出会い系アプリ奮闘記
会社の昼休憩中。
喫煙所にて、二人は雑談をしている。
後輩のリツはしっとりとした顔で一服している。
その姿は堂に入っていて、周囲の同僚たちは、チラチラと彼女の様子を伺っている
その横でハジメは、スマホの画面を落として、大きなため息をついた。
「村木、オレは女にモテると思うか?」
「いや、モテないと思いますけど、なんですか藪から棒に」
後輩からの毒舌をスルーしながら、本題に入る。
「実はな、最近出会い系アプリをやってみたんだ。幸せになるために」
「はあ!?」
リツは大きく目を見開いて、身を乗り出した。
「なんてね、です」
だけど、すぐに肩をすくめて、平静さを取り戻していく。
「まあ、すでに知ってたんですけど。驚いてみただけです」
「なんで!?」
今度はハジメが驚く番だった。
予想通りの反応だったのだろう。
リツはしたり顔で説明する。
「レイちゃんは、先輩のスマホやパソコンに侵入できますからね。エロ動画の検索履までバッチリ監視されてますよ」
「……今後は妹モノだけにしておくか」
「エロ動画を見ないという選択肢は無いんですか?」
リツは『ムッツリスケベめ』と言いたげな視線を浴びせながら
「それよりも、結果はどうだったんですか? 出会い系アプリをやったんですよね?」と話の続きを催促した。
「3人の相手と出会えた」
「ほほう。悪くないですね。どんな失敗談が聞けるか楽しみです」
リツは嫌らしい笑みを浮かべて、新しいタバコに火をつけた。
「失敗する前提かよ! 間違ってないけど、性格悪いぞ」
「人の不幸を聞くほど、タバコはおいしくなるんですよ」
「それはそれは素晴らしい味覚をお持ちで」
「ええ。自慢の舌ですよ」
リツは悪戯っぽく舌を出した。
薄いピンク色で、とてもかわいらしい形をしている。
ヘビースモーカーの舌とは到底思えない。
(村木は猫舌だけど、本当の猫みたいな舌をしてる)
そんな面白くないダジャレを考えながらも、閑話休題する。
「出会い系アプリに紹介された一人目。彼女は偶然にもメタマじゃくしだったんだ。しかも、SNSで相互フォローの人だったんだ」
「おおー。運命的じゃないですか」
「ああ。オレも運命を感じて、メタマちゃんについて語り合って仲を深めようとしたんだ」
「共通の話題があるのは強いですね」
「そのはずだったんだが――」
さっきまで明るかったハジメの顔が、突然曇っていく。
「少し長いメッセージを送ったら、連絡がつかなくなってしまった。しかもSNSでブロックされてしまったんだ……」
ハジメはため息混じりに言った。
「先輩。そのメッセージを見せてください」
「別にいいけど……」
ハジメがスマホの画面を見せると――
「げぇっ!」とリツは思わず、汚い声を出してしまった。
なんと、そこにはびっしりと敷き詰められた文字列があった。
よくよく読んでみると、メタマちゃんへの想いが書き綴られていることがわかるが、熱意が溢れすぎている。
「このメッセージを送って以来、全く連絡が来なくなった。SNSもブロックされてしまった」
「そりゃそうですよ。最後に『そんなメタマちゃんは、オレの双子の妹なんだ』って書いててますし……」
リツの言葉に、ハジメは露骨に不機嫌になった。
「メタマちゃんが妹なのは、事実だろ」
「事実でも、信じてもらえるわけないじゃないですか。相手目線、完全にヤバイ人ですよ」
「そうか……?」
「あー。時間がないので次に行きましょう」
休憩時間の終わりまで残り10分もない。
ハジメは渋々ながら、話を次に進める。
「二人目は、オタクじゃなかったから、無難なやり取りをして、リアルで会うところまでこじつけたんだ」
「大健闘じゃないですか」
「だけど、待ち合わせバックレされてしまったんだ。それ以降、連絡しても既読すらつかなくなった」
リツは全てを察したのか「あー」と声を上げた。
なにせハジメのアレの被害者なのだ。
「一応聞きますが、どんな服装だったんですか?」
「メタマちゃんTシャツ」
「それが原因に決まってるじゃないですかっ!」
リツが勢いよく指摘してのだけど、ハジメは納得いかなそうに小首を傾げた。
「完成度が低いのが悪かったのか?」
「それ以前の問題ですよ!」
「じゃあ、デートの服装ってどうすればいいんだよ!? 気合の入った服装ってなんなんだよ!? オレにとってはメタマちゃんのTシャツが一番のオシャレなんだよっ!」
「あー。はい。じゃあ最後のエピソードをお願いします」
リツは面倒臭くなってきたのだろう。
服装の話を無理矢理切り上げさせた。
「三人目は、実際に会ってデートすることができたんだ」
「え? メタマちゃんTシャツで、ですか?」
「んー。そういえば、何も言われなかったな」
リツは噂話が好きなオバサンみたいに、ニヤリと笑った。
「絶対に何か裏がありますね」
「そんなことないぞ。ご飯を一緒に食べていると突然、とんでもないことを言われただけだ」
「お、どんなことを言われたんですか?」
「一目ぼれして結婚を考えている。でも病気の弟がいて、すぐにお金が必要なの、って」
リツは驚きのあまり、くわっ、と目を見開いた。
「結婚詐欺じゃないですか!」
「今思えばそうだったな。その時はピンとこなかったけど」
「え、じゃあどうやって撃退したんですか?」
「撃退というか、メタマちゃんの配信を勧めたんだ」
「なんでそうなるんですか……?」
困惑しているリツを前に、ハジメは自信満々に言い放つ。
「メタマちゃんの配信で元気になるかもしれないからな」
「えぇ……」
「結果、なぜか話の途中で逃げられてしまった」
「結婚詐欺師と狂信者のようなオタク。どっちもどっちですね。勝手に戦え、って感じです」
そこまで話し終えると、ハジメは突然項垂れた。
一通り説明を終えて、不甲斐ない自分に本気で落ち込んでしまったのだ。
「なあ、オレの何がダメなんだ? このままじゃ、幸せになんかなれない……」
リツは一瞬だけ天井を仰いでから、ハジメに言葉を投げかける。
「先輩って、誰にも甘いですけど、人に寄り添えない人間ですよね」
「うぐっ……」
図星をつかれて、ハジメは苦しそうに呻いた。
「ちょっとは加減してくれない?」
「手加減してコレですよ。ダメなところ、もっと挙げられますよ」
辛辣な後輩に向かって、ハジメは恨めしそうな視線を送る。
「なんか最近、オレへのあたりが厳しくないか?」
「ボクなりの甘え方ですよ」
「じゃあ、もう甘やかすのはやめようかな」
「えー。先輩から取り柄が無くなるじゃないですか」
リツは無邪気な笑みをこぼしていた。
その表情がレイに重なって見えて、ハジメは一瞬だけ息を呑む。
「なんか最近、レイに似てきてないか?」
「そうですか……?」
リツは意外そうな顔をしながらも、続ける。
「まあ、一緒に暮らしていますから、思考が似てきたのかもしれませんね」
「そうだよな。一緒に暮らしているんだよな……」
しんみりと呟いた後一拍置いて、ハジメは小さな声を絞り出す。
「村木はつらくないのか? レイが消えたら」
「そういうことを聞くからダメなんですよ。先輩は」
「……そうか。そうだよな。ごめん」
ハジメは叱られた気分になって、口を閉ざした。
だけど、リツは沈黙を嫌うみたいに、すぐに口を開く。
「ねえ、先輩。もしボクが後輩じゃなくなったとしても、こんな風に話してくれますか?」
(どういう意味だ?)
不思議に思いながらも、素直な気持ちで答える。
「何言ってんだ。当然だろ」
「そうですよね」
リツは嬉しそうに口角を上げながら、まだ残っているタバコを灰皿に捨てた。
「こんなにかわいくて、先輩みたいなオッサンに構ってあげる美少女なんて、レイちゃんかボクしかいないんですからね」
「……それは本当にそうだよ」
ハジメが含みのある笑みを浮かべると、それを見たリツが一歩近寄った。
すると肩が触れ合って、二人の体に甘い痺れが駆け抜ける。
「さっき、ボクがレイちゃんに似てきたと言っていましたけど、レイちゃんの代わりはできませんよ」
「そりゃそうだ」
「でも、穴埋めぐらいはできますからね」
「だったら、オレだって穴埋めできるかもしれないな。似てなくても、一応双子だし」
横を向くと、自然と目が合う。
しかも同じ表情をしていた。
切なくても、つらくても、必死に前を向こうとしている。そんな顔だ。
「確かにそうですね。レイちゃんがいなくなったら、代わりに一緒に住みますか?」
「んー。考えておくよ」
ハジメはとぼけた表情で曖昧な返事すると、リツは屈託のない笑みを浮かべて、暖かい息を吐いた。
「しっかり言質とりましたからね」
リツが言い切ると――
キンコンカンコーン、と。
ちょうど予鈴が鳴った。
「さて、午後の仕事に行きますか。先輩」
「はあ。出席したくない会議があるんだよなぁ」
「そんなこと言ってる暇があったら、さっさと終わらせてきてくださいっ!」
いうや否や、リツはハジメの背中をグイッと押した。
声は弾んでいて、顔はちょっぴり赤くなっている。
「ちょ、ま、待ってよ!」
(なんでこんなにテンションが高いんだ!?)
ハジメは困惑しながらも、背中を強く押されるのだった。