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歪んだ愛情と裏切り

それまで元気に家族の万事を差配していた母の急逝は、家族を驚かせ、落胆させた。

とりわけ兄の憔悴は激しかった。

母の遺体に取り縋り、以来、出仕もせず食事もろくに取っていない。

兄に出仕を督促する王からの特使が何度も来た。


そんな中だが、母の葬儀を執り行わない訳にはいかない。

父もあれ以来気力をなくしており、俺は妹達と相談して盛大な葬儀を行った。


色々な手配はほとんど俺が行った。


当日、父と兄を激励してなんとか遺族の列にならんでもらう。

葬儀には親類縁者はもちろん、多くの貴族や高官、官僚、軍人、大商人などが集う。

父や兄の関係者も多いが、母の社交界での人脈も多い。


兄弟姉妹で並んで挨拶していると、聞えよがしな陰口も聞こえる。

特に俺のことが多い。兄の悪口は王に伝わればどうなるかわからないので、俺のことを言うのだろう。


「醜いアヒルの子が一匹いるな」などと嘲笑してくるのは兄のライバルのようだ。

俺も大人になり、憤る妹を抑えて知らぬ顔で聞き流す。


やがて驚きの声が上がる。

異例にも王が自ら来て、母の死を悼んでくれたのだ。


それから涙を流す兄の肩を抱きながら、部屋に行き二人きりで長い時間話し込んでいるようだった。


この前例のない厚遇に改めて、兄の寵臣ぶりが知れ渡る。


母の死後の家族が心配だがいつまでも軍務も休めない。

俺は隣国との最前線に配備された重要な方面軍の司令官に昇格していた。

隣国とは緊張関係にあり任地に早く戻らねばならない。


兄を慰め、妹達に後を託す。

そして時間を無理して伯爵家を訪れ、将来を約束した仲のグレースと別れを惜しんだ。


「フィル、あなたと早く一緒に暮らしたいわ」

グレースは涙ながらに訴える。


「兄に頼んで早く分家させてもらうよ。

そうすればすぐに結婚しよう。


しかし、国境沿いの辺境の暮らしは大変だ。

君が音を上げて帰りたいと言わないか心配だよ」


「あなたといればどこであっても楽しいのよ。

そんなこと言うわけがないわ」


他愛のないやり取りをして俺は任地に戻る。


しばらくして兄も出仕を再開したと聞き、安心していた頃に思いがけない出来事が起こる。


王宮から貴族の少年が送られて、隣国と遭遇戦が頻発する前線に送れとの指示がついてきた。

副官に聞くと、表に出せない懲罰として偶にあることで、実際には戦死又は事故死させろという意味だと言う。


しかしこの少年が何故そんな目に遭うのかと思い、俺は彼と余人を入れずに会ってみることとする。

見ると稀に見る美少年である。


「お前も王と同じ変態か!

いくら脅されても僕は屈しないぞ。殺すなら殺せ!」 


怯えた目をしながら虚勢をはる少年になんのことかと訊ねる。

彼の返事は俺には信じがたいことだった。


曰く、王は男色、とりわけ少年愛好家であり、美男や美少年を寵愛している。

王の側近は男色の相手ばかりであり、断れば出世は望めない。


少年は王に呼ばれて歓待され、その日は泊まるように言われ、寝ていたところを寝込みを襲われた。


思わず抵抗して足をばたつかせたところ、王の急所に直撃、激痛を覚え激怒した王が処罰を命じたという。


「知らないフリなんてするな!

お前の兄など淫売男の筆頭、身を売って自身や身内の出世を得ているくせに!」


少年の絶叫が俺の耳を撃つ。

思わず少年の頬を殴りつけると彼は他愛なく失神する。


少年を牢に入れるように副官に命じて、俺はその言葉を確かめるために密かに王都に向かう。


しかし、兄に直接聞くのも躊躇われる。

そう思えば色々と腑に落ちることも多い。


俺は妹達に聞くことにした。

密かに上の妹のメアリーの屋敷を訪ねると、下の妹アンも訪れていて折よく二人が揃っていた。


俺は単刀直入に少年の言ったこととそれが事実だろうかと聞いてみる。


妹達は顔を見合わせて、少し躊躇った後に頷く。


「私達も嫁いでから知ったの。

政府の高官、特に王の側近はお手付きじゃないとなれないわ。

貴族社会の常識だし、寵愛を受けた者は羨望の的よ。


その中でもルーク兄さんは抜群の寵愛を得て、目覚ましい出世を遂げたの。


私達はその恩恵を受けているけれど、フィル兄さんにはこんな話は知らないでおいて欲しかった」


「子供の頃から教会で教えられるように、男色は自然の摂理に反する大罪であり、死罪になる罪だぞ。

このことを教会は知らないのか?」


やはりかと諦めとともに俺は訊ねてみる。


「教会の幹部は貴族の出身。知らないわけはないでしょう。

王の権力と献金の前に黙っているの」


「腐っている!

そして、母はそれを知って兄を送りましたのかな?

兄はそれを喜んで受け入れているのか」


「そのことを知ってお母様に問いただしたわ。

もちろんそのことは承知で、ルークを思った以上に高く評価してもらったと笑っていらした。


兄さんを売ったのかと怒ると、今のこの国でこれ以外に上がっていく手段はない、ルークの才を生かす為にもあなた達のためにもこれが一番なのよとおっしゃっていた」


年長の妹メアリーに続き、アンも言う。


「ルーク兄様は最初は嫌悪していたようよ。

お兄様は真面目で敬虔だし、子供の頃に教会の司祭からは地獄に行く行為だと散々に脅されていたものね。


でも、大人になれば嫌なことでもやらなければならない、フィルも好んで軍人になって人殺しをしてるわけじゃないとお母様が説得したようよ。


そして王と交渉して我が家の処遇を上げながら、精神的にショックを受けた兄様のケアをしていたと聞いたわ」


なるほど、母の手の上で兄も俺達も転がされていたのか。

母が兄にかかりきりになるはずだ。


「そして母が死んで、兄のケアは誰もしていないのが現状か」


「お母様の代わりは誰もいないわ。

知らなかったとは言え、私達はルーク兄さんの恩恵を受けている。

できることがあればしてあげたいのだけど…」


妹達と話をしてから、俺は迷ったが兄の屋敷に行く。

兄はまだ帰っておらず、同居している父は母の死後からずっとそうであるように酒浸りであった。


長い時間待って深夜に兄は帰ってきた。


「フィル、どうした?

何かあったか」


疲れた表情ながらも兄はそう言って爽やかに笑った。


「兄さん!」


この笑顔の裏にどれほどの苦労があったか、そして何も気づかなかった自分が情けなくて俺は言葉が出ずに涙が溢れた。


「そうか、聞いてしまったんだな」

兄は俺の表情を見て溜息をついてそう言った。


「最初は嫌でたまらなかったさ。

あのジジイ、そんなことはおくびにも見せずに好々爺のふりをして、当直の夜に襲ってきた。


確かに母上からは王がなにかされても身を任せなさい、それがあなたや家族の為だと言われて何のことかとは思っていたんだ。


ことが終わりこれで地獄行きかと泣いていたが、次の朝に小姓組の班長や同僚からおめでとうと言われ、帰宅すると母上に褒められ、価値観がおかしくなっていった。


それでも嫌な気持ちは拭えなかったけれど、自分の異例の処遇、父の叙爵やお前達の配属や縁組を考えれば、僕が我慢すればいいだけだと言い聞かせていた。


何より母上が僕の出世を何よりも喜んでくれ、家に帰れば慰め、褒めて、子供の頃に戻ったかのように甘やかしてもらったしね」


「兄さん、それでいいのか。

母も死んだし、嫌なら辞めればいい。

首になっても、俺がこの鍛えた身体で傭兵でもして稼いでくる」


兄はフッと儚げに笑った。


「お前は勘違いしている。

あのジジイは本当に僕を愛している。


そして今では僕は彼を憎むと同時に愛しているんだ。

これは異常な価値観に長く付き合って染まってしまったのかもしれない。


それに権力の座につき、自分の考えを実行していくことは面白い。


母上が亡くなって、今の生きがいは王へのアンビバレントな気持ちと仕事、そして血のつながったお前達だけだ。


お前達の為なら僕はどうなってもいい」


「兄さん、そんなことを言わずに母に代わり、愛してくれる女性を妻に貰えばどうなんだ?

今の兄さんならよりどりみどり、誰でも来てくれるだろう」


兄はまた昇進し、侯爵の位と宰相、それに相変わらず側用人を兼ねている。

公爵は王家しかなれないので、臣下として位を極めた地位にいることとなる。


「女か。

確かに王からも結婚しろと勧められている。

あの変態ジジイめ、僕の子供も愛でたいそうだ。


女どもは僕の顔と身分に惹かれて、火に集まる蛾のように寄って来る。

変に隙を見せると襲われそうだ。


僕が欲しいのは美貌でも才気でもない。


フィル、肉親以外の女はどうすれば本当に愛しているのかを区別できるのだろうね」


兄は絶望を感じさせるような暗い声で呟いた。


「どころで伯爵家の令嬢と結婚するのか」


「ええ、兄さんに別家を立てる許しを貰えばグレースと結婚したいと思ってます」


「フィルは甘いからなあ。

僕がよく見てあげるよ」


兄は謎のようにそう言って笑いかけた。


結局俺は何もできずに任地に戻る。


まもなく父が死んだ。

驚きはない。母の死後、父は緩慢な自殺をしているように思えた。


父の葬儀は兄が喪主となったが、ここでも王の列席があり、王族と見間違うほどの葬儀であった。


葬儀に来た王の姿を見て俺は平静でいられなかった。

好々爺然としたこのジイさんが兄をいたぶり苦しめているのか。


その細首ならば1分とかからずに折れる。

王に挨拶に行くときに俺はその誘惑と戦っていた。


葬儀の中で俺は参列にきたグレースを兄に紹介した。

「君がフィルの相手か。フィルを愛しているかい」


「…ええ、彼に救ってもらって以来、心から愛しています。

早く彼の妻になることだけが願いです」


「なるほど、そうなるといいね」


兄に微笑まれてグレースは顔を赤らめて、上気した表情で答えた。

俺は嫌な気がした。

昔から偶に連れてきたガールフレンドを兄に会わせるとこんな顔をして、まもなく兄にモーションを掛けるのだ。


いや、グレースは違う。

彼女は容貌は十人並みだが、優しく思いやりがあり、思慮深い女性だ。

そんな軽はずみなことはするはずがない。


彼女を家に送っていく間、彼女は兄のことばかりを聞いていた。


任地に戻り、いつものように彼女と手紙をやり取りする。

これまでの二日に一通のペースは段々と減ってきて、3ヶ月後に最後の手紙が来た。


『本当に愛する人が見つかりました。

申し訳ありませんが、あなたと結婚することはできません』


同時に兄から手紙が来た。

その中にはこうあった。


『お前からも言われたとおり、結婚することにした。

相手はお前が紹介してくれたグレースだ。

式には参列してくれ』


それを読んだ俺は副官だけに告げて、任地を抜け出し、王都に馬を走らせた。

夜だったが、そのままグレースの屋敷に行き、顔見知りの門番にグレースに会いたいと伝える。


門番は一旦は屋敷に戻るが、すぐに出てきて「お嬢様は会いたくないと言われています。

お引き取りを」と気の毒そうに告げた。


グレース本人どころか、これまで将来の婿として手厚く接してくれていた伯爵も夫人も嫡子も誰もでてこない。


屋敷は静まり返っていた。


その屋敷に向かって俺は叫ぶ。


「グレース、なぜなんだ!

あんなに愛していると言ってくれていたじゃないか!」


門番は黙って門を閉めて中に引っ込んだ。


冷たい雨が降ってくる中、俺はそこで立ちすくむ。

何も考えられない。


どれほど時が経ったのだろう。

気づくと膝を折り、茫然と空を見上げていた俺に誰かが傘を差し掛けてくれた。


「フィル、だから簡単に他人を信じちゃいけないと言ってただろう。

お前が愛する気もない相手と結ばれなくて良かったよ。


すっかり冷えてしまったな。

さぁ、家に帰ろう。

温かい風呂と夕食を用意してある」


聞き慣れた兄の声が聞こえる。

俺は兄に手を引かれるまま馬車に乗り込み、兄の屋敷に帰った。


銀英伝で言うと、フィルはラインハルトの立ち位置です。異例の出席に、軍内では王の寵臣の身内贔屓のお陰と言われながら若手からはその実力を認められてるというところです。

ルーク兄さんはアンネさんとリヒテンラーデを兼ねた絶大な権力者です。

王様はフリードリヒ4世よりも有能かつ好色ですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] この話でやっと王国名の読みが分かった! 例の事務所だ。
[気になる点] 若干、誤字脱字が多い様なので訂正された方が。 [一言] グレースが誘ったのか兄が誘ったのか・・・。 まあ兄からの人を良く見ろの警告ですかね。 しかし、これからどう転がるのか。 王は男色…
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